第拾捌話
「これはどういうことですか。なぜこんなものが帝国から送りつけられなければならないのです。」
日本国東京都千代田区永田町にある首相官邸内の閣議室で、築城心桜内閣総理大臣は江良直也外務大臣に詰め寄った。
「どうもこうも、私にはさっぱりです。」
江良直也も寝耳に水の話であり、謂われのない追求であると言わんばかりの表情だ。
築城心桜が苛立ちを見せているのは、先日の日群首脳会談において発生した暗殺未遂事件に関する報告書で、グンマー帝国側から突きつけられた内容が、日本国によっておこなわれたことになっていたからだ。
どうにか友好ムードの中、会談を終え、赤城帝星野誠翔とも今後の両国発展のために交流を深める旨を約束してきたばかりだった。
それにもかかわらず、暗殺未遂事件に関して、日本国政府主導によって引き起こされたと断定され、その責任追及をされているのだ。
言いがかりだと突っぱねても良かったが、相手はグンマー帝国、そしてそのバックにはヌトミュカ星人が控えている。確実に確信を持って詰め寄ってきているに違いないのだ。
こんなことでは、友好も何もあったものではない。何のために意を決して帝国を訪れ、和やかなムードを演出してきたのか、すべてが水の泡となってしまった、と嘆くしかなかった。
「まさか、この中に、誰か裏で手引きをした者がいるのですか?!」
築城心桜は悲鳴にも似た声を上げ、雁首揃えて居並ぶ大臣たちを一人一人見渡していくその目は怒りに震えていた。しかし、大臣たちは知らぬ存ぜぬという態度だ。
「総理は我々を信用出来ないんですか。そんなことする筈ないじゃないですか。」
口を開いたのは酒井崇農林水産大臣だ。
「黙れ、卿が一番信用ならんから言っとるんだろ。」
バカにしたような声を発したのは、舛水礼生防衛大臣である。
「私を疑っているのか!バカも休み休み言え!」
酒井崇が半分腰を上げる。
「卿の態度は、終始無礼だから言っておるのだ。」
「私のどこが無礼だというのだ。言うことは言い、窘めるものは窘め、諫言を躊躇なく出来るからこそ、健全な政治がおこなわれるというものだ。貴様のような軍人かぶれのイエスマンでいたら、かつて我が国が陥った過ちを繰り返すだけだと知れ。いや、まさに今その轍を踏んでいるのではないのか。」
「言うに事欠いて、イエスマンだと!巫山戯るのも大概にしろ!卿のように好き勝ってにしていたら、統制が取れなくなる。自由と規律をはき違えるような馬鹿者には理解出来ぬ高尚な意識があることを知れ。」
「いい加減にしなさい!そんなことを言い争っている場合ではないのですよ。一月後には帝国外政省の西隈琉衣氏が訪れることになっているのです。それまでに明確な回答が出来なければ、軍の派遣も辞さないと言われたのですよ。そんなことで言い争っている場合ではないことを知りなさい。」
いつもの冷静な築城心桜ではなかった。目は怒り、言葉は震え、今にも決壊しそうな理性を、辛うじて繋ぎ止めているようだった。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、皆口を噤んでいたが、その目は犯人を捜すように、互いが互いを探っていた。
「総理、万が一犯人を突き出せなかった場合、もしくは犯人は日本人ではないと断定できなかった場合、どうなるのですか。」
澤城音緒文部科学大臣が、重苦しい雰囲気にもかかわらず口を開く。
「それは、……はっきり言ってどうなるか、断定は出来ません。
帝国軍は少なくとも一個師団、多くても三個師団が存在すると言われていますが、自衛隊にかかればそれぐらいはものの数にもなりません。ただし、当然の話ですが、それは装備が拮抗していた場合に限ります。
ですが、帝国にはヌトミュカ星人が付いています。赤城帝は会談で否定をしていましたが、確実に存在しているとみて間違いないでしょう。であれば、自衛隊でも歯が立たないことは目に見えて分かります。それが、どういう結果をもたらすか、想像に難くない。
私たちは赤城帝の慈悲に縋るしかないのです。」
築城心桜は一言一言、言葉を選ぶように語る。
「あんな小国に何が出来るというのだ。たとえ宇宙人がバックに付いていたところで、所詮小国、我が国自慢の自衛隊がなんとかしてくれるのだろ。」
イヤミ半分に酒井崇が半笑いで言う。
「卿はイヤミでも言わなければ、自分を保てないのだな。可哀想な精神の持ち主だ。憐れみで笑いが止まらぬわ。」
舛水礼生はガハハハと高笑いをする。
「二人とも、止めなさい!」
築城心桜は声を張り上げる。だが、その顔に血の気はなく、蹲るようにおでこに手を当て、テーブルに肘を突いて、大きな溜息を吐いた。
「総理は、犯人の目星が付いているのですか。それとも、誰かを人身御供にするおつもりですか。」
白髪鈴蘭環境大臣が、そんな様子の築城心桜に遠慮なく詰め寄る。
「私は、あなたたちを信じています。あなたたちの中に、あのような暴挙に出る者など存在するはずはないと考えています。
ですが、我が党の人間であれ、他党の人間であれ、それがたとえ日本政府と関係のない人間であったとしても、もし本当にそんな人間や団体が存在するのであれば、徹底して糾弾し、帝国に差し出すつもりです。それがこの国の、延いては日本国民を守るためであると私は信じるからです。」
築城心桜は先程とは打って変わり、しっかりと全員の目を見て、力強く語った。
「もしかして、総理は帝国側から既に何か情報を得ているのですか。まるで、日本人の中に犯人がいて、それを差し出すつもりであるかのように、窺えますが。」
白髪鈴蘭が更に追求する。
「私は言いましたよね。信じていると。日本人の中にそのような暴挙に出る者などいないと。それとも、あなたは何かご存知なのですか。」
築城心桜は白髪鈴蘭の目をキッと睨み付ける。
「そんなはずありませんよ。それこそ、言いがかりです。帝国にちょっかいをかけて、私に何の利があるというのですか。いい加減にしてください。」
白髪鈴蘭は苛立ちを隠せなかった。
「もう、止めませんか、そんな不毛な言い争いは。
結局、誰かが後ろで糸を引いたから、あの男は暴挙に出た。あの男が単独であそこまでの行動が出来る筈はありません。
ましてや、使われた銃も相当精巧に作られたものだったと、報道されています。あれだけのセキュリティを潜り抜けることは、個人では至難の業。であれば、そこに後ろで手を引いた人間がいてもおかしくはない。帝国は恐らくその人物や団体を既に特定しているのでしょう。しかし、それを伝えてこないということは、こちら側の誠意を推し量っている。そう考えるのが妥当。
まずは、帝国側の意向に沿って、誠意を見せるのが筋というものではないですか。」
大臣たちの中では一番の年長で、派閥の一角を形成する重鎮である、連敬一郎厚生労働大臣が蕩々と語った。
「そうですね。連大臣の言うとおりです。まずは、どのような人間や組織が関与したのか、こちらできちんと調べ上げなければなりませんね。話はそれからです。
それから、もう一点、暗殺未遂はあの会見場だけではありません。これは、報道もされていないですが、しかるべき筋からの情報に依ると、あれから数日後、赤城帝の車列に特攻した若者がいたという話が、報告として上がっています。これに関しても、帝国側は日本国の関与を疑っているようです。ですから、会見場での暗殺未遂事件のみならず、車列に突っ込んだ人物についても、日本国側は身の潔白を証明するか、犯人を突き出すしかないのだと言うことです。
いずれにしても、この件については、裏で手を引いた人物の洗い出しをおこなってください。結果の如何によっては、この国が滅ぼされてしまう可能性があることを、肝に銘じて置いてください。」
築城心桜はそう言うと、各大臣に今後の対応を指示し、この件については一旦持ち帰りとなった。
* * *
「あのバカ。何をしでかしてくれたんだい。」
友実キクは、心の底から悔しさを滲ませていた。
居合わせた西蓮寺芽瑠と、矢島虹華の二人は言葉も無かった。
土屋碧海が、赤城帝の乗る車列に特攻をかけたことは、三人に大きな衝撃を与えた。
ただでさえ、作戦が動き出した矢先に、記者会見で暗殺未遂が発生し、計画の変更を余儀なくされたのに、その上、友実キクが孫や曾孫のように可愛がっていた土屋碧海がことを起こしたのだ。友実キクの内心は様々な感情が渦巻いていた。
「あれだけ口酸っぱくして、バカなことはするんじゃねぇって言い聞かせとったのに、なんてことをしでかしてくれたんだい。」
友実キクの目からは悔しさのあまり涙が滲み出ていた。
「どうやら、記者会見場で暗殺未遂をしたのが選挙事務所の同僚だったようで、恐らくそれに触発されての凶行だと考えられます。」
西蓮寺芽瑠が冷静な分析を聞かせるが、友実キクは大きく溜息を吐いた。
「そんなこたぁ百も承知だんべ。前田裕也って男が前から怪しい動きをしとったからな。何かしでかすんじゃねぇかとは思っとった。だからこそ、碧海には釘を刺しとったんさ。それをあん子は、人の気持ちなんぞ知りもせず……。」
友実キクは、もう最後は言葉になっていなかった。
「キクさん、で、どうするの。彼を助け出そうか?」
矢島虹華がやるならいつでも動くぞという態度だ。
「バカ言うんじゃねぇ。助け出してぇのは山々だんべ。だけど、助け出してどうすんべ。一生、当局から追われる身になるだけだんべが。それに、国外へ逃がしたところで、あん子に生きていく術なんぞありゃしねぇ。
それにな、この国のセキュリティは異常なんさ。これまでの常識なんざ通用しねぇ。おそらく宇宙人がかかわっとるんだんべ。そんな中へお前さんを送り込むなんて、口が裂けたって言えねぇよ。」
そう言うと友実キクは再び悔しそうな溜息を吐いた。
「そうは言うけど、碧海君は大切な子なんでしょ。」
「そうさねぇ。あん子は赤ちゃんポストに入れられてな。困窮しとったのか、単に責任が持てなくなったのか、とにかく親に捨てられたんさ。
そのまま養護施設へ預けられてな。高校を卒業するまでは、そこに居ったんだんべ。
わしと知り合ったのは、あん子が高校生の時だったかねぇ。福田紗蘭議員のビラ配りをしに、このビルにも定期的に来とったんさ。
その時、偶々出くわしてな。人を化け物呼ばわりしやがったから、どやしつけてやったんさ。まあ、こんな薄暗ぇビルから、こんな老婆が現れりゃあ、驚くのも無理はねぇけどな。
それからだんべ。あん子がここに通うようになったんは。」
友実キクは懐かしそうに目を細めて語った。
「それでは、尚更助けに行くべきなんじゃないですか。」
今度は西蓮寺芽瑠が心配そうに友実キクの目を覗き込む。
「ええんさ。こんなことになってしもうたのも、何かの運命だんべ。あん子に運があるなら、無事に生きて出てこられるさね。悪運の強ぇ子だからな。」
そうは言うものの、友実キクは最悪の事態を覚悟しているようだった。
「ですが。」
「だけどさ。」
西蓮寺芽瑠と矢島虹華が同時に口を開く。
「ほら、バカなヤツのことはほっとけ。帝国をぶっ潰すんだんべ。これからどうすんべ。
完全に世論は赤城帝に同情しとる。人々の感情は帝国民として一つに纏まりつつあるからな。クーデターを誘導する道は、完全に断たれたんさ。プランBも頓挫したんだからな。」
二人の言葉を遮るように、友実キクは捲し立てる。
「もちろん。このまま手を拱いている訳にはいきません。来月には帝国の外政省が動き出すという情報もあります。もし、そこで日本国との交渉が決裂した場合、軍隊が出動するという情報もあります。戦争という話になれば、おそらく日本は太刀打ち出来ないでしょう。それは、この虹華の報告書からも理解出来ます。
とは言え、帝国側はベテランの西隈琉衣氏が立ちます。それに対し、日本国側は若手の江良直也氏です。彼の外務大臣としての手腕はそれなりに評価は高いですが、手練手管に長ける西隈氏には遠く及ばない。科学技術でも勝ち目がなければ、人的にも勝ち目はない。日本国としては、完全に負け戦なのですよ。
これを打破するためには、起死回生の満塁ホームランでも打つ必要があります。」
西蓮寺芽瑠が、淡々と語る。だがその言葉の端々に、諦めが滲み出ていた。
「そうね。芽瑠が言うとおり、満塁ホームランでも打たなければ、この現状を変えることは無理だし、帝国をひっくり返すなんて、もっと無理だわね。
そもそも、キクさんはどうして帝国打倒に拘るの?今の帝国でも充分すぎるぐらい生活できるし、何の不自由もないじゃない。」
矢島虹華がそもそも論を友実キクにぶつける。
「そうさねぇ。確かに今の生活も悪くはねぇさね。帝国が建国したばかりの時は、食料も物資も不足しとったからな。生きていけなくなるんじゃねぇかと、本気で思ったもんだんべ。
それが今じゃ、群馬県だった頃なんざ及びもつかねぇぐれぇ、物が溢れとる。何の不満があるんだって言われりゃ、それももっともだんべな。
だけどな、碧海が望んどるんさ。あん子が帝国の世をぶち壊して、自分たちに群馬を取り戻すんだって、ずっとがんばっとるんだんべ。
だったら、応援してやりてぇじゃねぇか。
寂しく人生を終えようとしてる、こんな老婆でもな。そんくらいの楽しみがあったって、罰は当たんねぇだんべ。」
友実キクはどこか寂しそうに、そしてどこか嬉しそうに目を細めて語るのだった。




