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グンマー帝国史乗  作者: 劉白雨


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第拾漆話


 日本国内閣総理大臣築城心桜(つくしろこころ)と、グンマー帝国赤城帝(せきじょうてい)星野誠翔(ほしのまさと)の両首脳会談は、何事もなく終わりを迎えようとしていた。


 互いに腹の探り合いを続け、会談では多少の駆け引きはあったものの、概ね穏やかで、和やかな雰囲気の下、会談は進められた。グンマー帝国による歓待に日本国側の一行は満足し、日本国側の態度にグンマー帝国側も好印象を抱いていた。

 成果らしい成果は上がらなかったものの、互いの友好を確かめ合うという目的は、取り敢えず合格点を獲得したと言えるのではないだろうか。


 最終日、両国は会談の成果として、合同記者会見を開催し、築城心桜と赤城帝は二人揃って会見場に現れた。

 築城心桜はイメージカラーである薄緑のスーツに身を包み、赤城帝は仕立ての良い紺のスーツに、帝国国旗をあしらったネクタイを締め、二人は和やかな表情で壇上に上がってきた。


 官庁に用意された会見場内に多くの記者が集まり、シャッター音や、原稿を打つキーボードの音が引っ切りなしに鳴り響いていた。集まっているのは両国の記者団だけでなく、世界各国から派遣された記者もいて、その注目の高さが窺えた。


 当然、セキュリティのため、記者団に対する身分確認を始めとした、保安検査は徹底しておこなわれ、持ち込む機材なども、X線などで徹底的に調べられた。二人の傍にはSPが立ち、報道陣の後ろには電子銃を構えた警備員が数名控えており、この会場に於いて、危険はないはずだった。


 記者会見は順調に進んでいった。

 まずは築城心桜が今回の訪群についての感想を述べ、両国で同意を得た内容や、相互交流の確約などについて語ると、それを補足するかのように、赤城帝からも今回の会談が如何に有意義だったかという感想に加え、具体的な二国間協定策定に向けて、今後前向きに協議を重ねていく旨が報告された。

 内容的には前向きではあるものの、中身のない報告ではあった。しかし、両国の関係が一歩前進したことは大きく、帝国独立後初となった首脳会談としては、まずまずの成果だったと、後に評価される内容ではあった。


 二人の報告がにこやかな表情のまま、穏やかに進み、最後には二人が握手を交わし、写真撮影の時間が設けられた。


 日群両国の友好の象徴として、後に歴史の教科書にも掲載される写真は、この時に撮られたものである。

 そうこの時はまだ、二国は友好の絆を築こうとしていたのだ。


 だが、その機運に水を差す、数発の乾いた銃声が、突然会見場に鳴り響いた。

 咄嗟に星野誠翔は、築城心桜の前に出て、彼女の身を庇うように立ち塞がり、後ろへと下がった。そのまま、一旦会見場を後にし、司会者からは会見の中止が言い渡された。


 幸い、銃弾はすべて両国首脳の身体から逸れ、一発も当たることはなかったが、場内は騒然となった。

 衝撃的な出来事があったこともそうだが、この後の質疑応答の時間がそっくりなくなってしまったことに対する苛立ちもあり、記者団は不平不満を口々に言いながらも、この事件の様子を報道すべく、犯人にカメラを向けるのだった。


 犯人はカメラに仕込んだ銃弾を、至近距離から両国首脳、特に赤城帝へ向けて撃ったようだが、すぐにその場でSPに取り押さえられた。手錠が掛けられ、改造カメラは押収され、そのまま身柄を警察署へと連行されていった。


 ことの一部始終は、全世界にテレビやネットで生中継され、両国首脳の安否を気遣う声が多数上がった。

 それと同時に、これだけの厳重なセキュリティをどう潜り抜けたのかは分からないが、組織的な犯行だろうと多くのテレビコメンテーターが発言していたし、ネットでもそのような論調が大半を占めた。

 ただ、両国の友好ムードに水が差され、全世界に衝撃が走ったのは確かだった。


 後に捕まった男は、政治運動員の前田裕也まえだゆうや四十二歳と判明し、その所属先である、福田紗蘭ふくださら選挙事務所は当局から家宅捜索を受けることとなった。そして、疑惑は福田紗蘭議員本人にも向けられたが、前田裕也単独の所業と言うことで、お咎めはなく、どうにか議員生命を絶たれることはなくなったが、その印象はかなり悪いものとなってしまった。


 話を戻すと、襲撃を受けた築城心桜と赤城帝の二人だが、そのまま会場を後にし、共同記者会見は中止とはなったものの、この事件を切っ掛けとして、両国の関係にひびが入るなどと言うことは、どうやらなかった。


 だが、友好ムードに水を差されたことは確かで、この後予定されていた、市民を交えてのセレモニーはすべてキャンセル。互いに不信感を募らせたのは言うまでもなく、関係者だけの会合もピリついていた。

 それでも、当の築城心桜総理も、赤城帝星野誠翔も互いに互いを咎めることなく、粛々と予定を熟し、最後には固い握手を交わして、昼過ぎには日本国訪群団一行は帰国の途に就いたのだった。


* * *


 その日、福田紗蘭選挙事務所は蜂の巣をつついたかのように大騒ぎだった。

 事務所で会見の様子を見ていた運動員たちは、あまりの出来事に衝撃を受けたのだ。それもその筈、これまで何年にも亘って共に頑張ってきた仲間が、凶行に及んだのだ。驚かない方がおかしい。

 いくら政敵とは言っても、命を狙うまでのことなど誰も考えてはいなかった。漸く福田紗蘭が帝国議会でその存在感を強め、いずれは国民の手に政治を取り戻し、大統領制に移行させようと奮闘していた矢先の出来事でもある。だからこそ、皆その凶行に対し、何をしでかしてくれたんだという怒りと、疑問と、嘆きで満ち溢れていたのだ。


「みなさん、とにかく落ち着いてください。

 私たちの仲間がこんなことをしでかしたことは、大変遺憾ですが、私たちは彼と共に身を滅ぼす訳にはいきません。彼を切り捨てる訳ではありませんが、私たちは身の潔白を証明し、これからも国民の支持を得なければなりません。

 皆さんのお力添えが必要なのです。どうか、気を鎮め、今一度何が起こったのか、なぜこういうことになったのか、誰が彼を動かしたのか、そのことをきちんと見極めていきましょう。

 とにかく、今は皆さん落ち着いて行動してください。よろしくお願いします。」

 そう言って、福田紗蘭は深々と運動員たちに向かって頭を下げた。


「そうだな。たとえ仲間のしでかしたこととはいえ、我々は彼と一蓮托生ではない。彼を糾弾していても始まらない。しかるべき法に則って、彼にはこれからきちんと罪を償ってもらい、我々はそれを見守るだけだ。そして、私たちは国民へ真摯に謝罪していかなければならないと思う。皆もそう思うよな。」

 古株の一人、竹内たけうちが福田紗蘭の言葉を受けて、皆に呼びかけた。


「そうです。先輩がこんな凶行に及ぶなんて信じられませんが、俺たちは先輩とは違うんだと言うことを、皆に見せなきゃいけないです。いつも先輩は言ってました、バカなことをするなと。そんな先輩がこんなバカなことをしたんです。きっと何かあるに決まってます。俺たちはそれを知らなくちゃいけない。知って、この先どうするか考えなくちゃいけない。そうですよね。」

 土屋碧海つちやすかいも悔しさを滲ませながら皆に同調する。

 内心、率先してバカなことを強行したことに、腹立たしくもあり、悔しくもあり、悲しくもあった。


「で、彼はいったいどうなるんだい。」

 別の誰かが福田紗蘭に尋ねる。

「そうですね。まだ、逮捕されたばかりですし、彼が単独でやったのか、誰かにそそのかされてやったのか、そのあたりも含めて、捜査が進むことになると思います。いずれにしても、ここに当局が踏み込んでくることは間違いないでしょう。私たちは何もやましいことはありませんので、気にすることはありませんが、そのつもりではいてください。

 それからもう一つ。これからは一挙手一投足に国民の目が光っていると思い、自分を律し、信頼を損なうことのないよう、より一層、行動には気を付けるようお願いします。」

 再び福田紗蘭は深々と頭を下げた。


「先生、頭を上げてください。私たちは仲間じゃないですか。仲間の危機は、私たち全員の危機。皆で乗り越えましょう。彼の凶行は許せませんが、彼が悪の道へ踏み出すことを止められなかったのは私たちの罪です。

 それに、彼も仲間であることには変わりありません。ですから、この先何があっても、彼を見放すことはしませんよ。皆そうだろ。」

 再び竹内は皆を鼓舞するように声を掛けると、そうだ、そうだと口々に声が挙がる。


「そうですね。凶行は断罪すべきですが、人を憎んではいけませんからね。彼はこれまで群馬のため、私のために尽力してくださった仲間です。その仲間を切り捨てるなんてことはできませんね。」

 まるで自分に言い聞かせるかのように、福田紗蘭は竹内の言葉を受けて、大きく頷いた。


 だが、土屋碧海の感情はグチャグチャだった。

 信じていた前田裕也が、自分を置いて先に突っ走っていった。もう、そこにあの頼りになる先輩はいないのだ。どのような処罰が待っているかは分からないが、外国人ですら見せしめのために処刑を全世界に配信するような国である。最悪のシナリオは彼の脳裏から離れなかった。

 悔しさと、悲しさと、喪失感と、焦燥感と、そして言い知れぬ怒りが、彼の心の中で渦巻いていたのだった。


 友実キクは既に作戦を実行していると言っていた。だから、変な気は起こすなと釘を刺されてはいた。だからこそ、彼女の指示に従い、噂を流し、人々の感情を操作し、クーデターの機運を高めていたのだ。

 だが、前田裕也の凶行で、赤城帝に同情が集まる恐れがあり、土屋碧海はそれを危惧したのだ。彼の怒りとは、プロ集団が作戦を動かそうとしているのに、素人の前田裕也が何をしでかしてくれたんだという感情であった。


 彼の中には、もう一つ、沸々と湧き上がる感情があった。それは闘志である。

 先を越されたという思いは、どこかにあった。友実キクが何かをしようとしている事は知っていても、具体的に何をするかは聞いていない。だからこそ、その出し抜かれたという気持ちは、いくら信頼し、親密であった前田裕也に対しても、止めることが出来なかった。


* * *


 あれから、何日が過ぎただろうか。

 土屋碧海は、牢屋の中にいた。

 居ても立ってもいられなくなった彼は、前田裕也同様、凶行に走った。


 いつものように、赤城帝が墜星宮参拝へと向かう途中を狙って、車で特攻をかけたのだ。だが、それは当然の如く失敗に終わった。

 確かに、彼が運転する車は、車列に向かって突っ込み、狙いどおり赤城帝の車に突撃できた。だが、車はその手前で見えない壁に阻まれ、赤城帝が乗る車には傷一つ付けることはできず、逆に彼が乗った車は前面が完全に押しつぶされる程、大破をしたのだ。


 土屋碧海はその場でSPに車から引き摺り出され、手錠を掛けられた。

 結局、彼も何も出来なかった。いや、成し遂げることができなかったのだ。




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