第壱話
『たかさき~、たかさき~。
お降りのお客様は、足元の案内に従って二列になってお進みください。列を外れますとお客様の安全を保証出来ません。皆様の安全のためにも案内の指示には必ず従ってください。
なお、11番線に到着の電車は15時15分発、はくたか567号日本国金沢行きです。お乗りのお客様はお間違えのないようにお願いいたします。お間違えになりますと日本国への入国が出来なくなることがありますので、十分ご注意ください。
Attention, all arriving passengers, please follow the designated floor guidance and form two lines to proceed. For security and immigration purposes, ……。』
到着した新幹線からは大勢の人々がここグンマー帝国に入国しようと、思い思いの荷物を持って列車から降りてきた。
高崎駅の新幹線ホームは人の流れでごった返していて、皆どこかピリピリとしていた。なぜなら、ホームに設けられた見張り台には、これ見よがしに銃を構えた警備員が監視の目を光らせていたからである。
皆おとなしく口を噤み、一言も喋らず案内板の指示に従って二列で階段へと向かう列に並んだ。身体の不自由な乗客のために設けられたエレベーターにも車椅子と付添人の列が出来ていた。
「止まりなさい!Halt, sir!」
突然ホームに響き渡る大きな声がスピーカーから流れた。
ホームを監視していた警備員がマイクを通して、ホームドアを乗り越えて線路へ降りようとしている男に命じた。
「……そこの男、止まりなさい!止まらないと命の保証はないぞ! STOP NOW! If you run, we will use force!」
しかし、警備員の制止を聞かず、ホームドアを乗り越えて行った男は、たちまちのうちに電子銃が撃ち込まれた。
その銃声はまるで轟く雷鳴のようで、一瞬にしてその場にいた人々を恐怖のどん底に突き落とした。
一発の銃声を皮切りに、人々の叫び声や子供の泣き声がホームに響き渡り、怒号が飛び交っていた。反射的にしゃがみ込み頭を守っている欧米人やグンマー人とは違い、銃声に慣れていないアジア人や日本人たちは、大半が右往左往し悲鳴か怒号を上げていた。
電子銃を撃ち込まれた男は、全身に流れる電流に耐えきれず、手足をヒクつかせて線路の上に倒れ込もうとしていた。
そこへ、運悪く次の電車が入線してきてしまった。
列車入線の注意を促す自動音声がホームに流れる中、ドンという鈍い衝突音がしたかと思うと、耳を塞ぎたくなるような破砕音が聞こえ、耳を劈くような急制動を掛けた車輪の金属音が辺りに響き渡った。
電車が止まると、世界から一瞬音が消えた。
男性たちの怒号も、女性たちの悲鳴も、子供の泣き声さえもなかった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
銃声がした途端、床にしゃがみ込み、耳と目を塞いでいた女性は、ホームに飛んできた肉片に気付いて悲鳴を上げた。
その悲鳴を皮切りに、ホームにいた人々は我先にと階段へ殺到した。
再びホームには阿鼻叫喚の怒号と悲鳴、泣き声が響き渡った。スピーカーからは警備員の制止する怒号が飛ぶが、誰の耳にも届いてはいなかった。
パニックになった人々を制圧するために、再び電子銃の銃声が響き渡るのに時間はかからなかった。
* * *
場所は変わって、ここは高崎駅の入国審査場である。
入国審査を待つ長蛇の列は、改札口へと続くコンコースを改造された審査場からホームへと延びていた。係官のブースでは一人一人順番に審査を受けていたが、入国者があまりに多すぎて、列は遅々として進んでいなかった。
「すべての荷物をそこに置いて、こちらでパスポートを提示してください。」
「はい。」
そう言われた男性は、かなり大きなトランクと手荷物をすべて荷物検査機の上に置き、窓口でパスポートを提示した。
「滞在目的は。」
係官は手元のモニターに表示された荷物のスキャン画像を見ながら、男性に尋ねる。
「仕事です。」
「仕事内容は。」
「商談です。」
「申請書類を提示してください。」
「はい。」
係官が書類を確認し終わると、突然警報音が鳴り響き、ブースに天井から鉄格子が降りてきて、男性を閉じ込めた。
「これはどういうことですか。」
男性は驚いたように鉄格子をガタガタさせて抗議の声を上げる。
「両手を頭の後ろに組んで、その場にしゃがんで!」
警報音を聞いて駆け付けて来た警備員の一人が、男に電子銃を向けて命令した。
男は大人しく言われたとおり頭の後ろで手を組んで、しゃがんだ。
「何かの間違いだ。私は商談に来ただけの人間で、疚しいことなんて何もない!」
男は無実を訴えた。
「このトランクを開けますので、暗証番号を提示してください。」
警備員はそんな男の言葉など聞く耳を持たず、粛々と男へ命令する。男は渋々といった感じでトランクの暗証番号を教えた。
警備員は男に銃口を向けたまま、別の者にトランクを開けさせる。
「止まれ!止まらないと撃つぞ!Stop Now!」
突然トランクから飛び出してきた男が、警備員の制止を聞かずに、他のブースから強行突破しようとした。
しかし、男が突破しようとしたその時、電子銃が放たれ、天井から鉄格子が降りた。
男が電流に身体をヒクつかせてその場に倒れると、周囲から悲鳴が上がった。
警備員たちは、そんな人々に銃口を向け、静かにするよう命じ、粛々とその男たちを別室へと連行していった。
* * *
外国人による国境越え事件は後を絶たなかった。
もちろん主要駅だけではない。グンマー帝国は日本国と陸続きであるため、主要街道に設けられた出入国管理所でも日々事件が起きていたのだ。
かつては酷道とも呼ばれた国道299号も例外ではなく、国境警備に手抜かりはなかった。
現在、日本国長野県側は国道299号線として、相変わらず酷い道が続いているが、グンマー側は帝国道299号に名称が変更され、かつての酷道としての名残はほぼなく、立派なバイパス道路が開通し、沿道には大型商店が点在していた。
特に国境である十石峠に設置された出入国管理所周辺には、宿泊施設や飲食店、免税店などが並び、旅客の用に供していた。
そういった賑やかな部分がある反面、国境の拠点として物々しい警備体制が敷かれてもいた。
国境には高圧電流が流されている高さ10m程の有刺鉄線が張り巡らされていた。この有刺鉄線はグンマー帝国を取り囲むように設置され、違法入国を阻止していた。
また、国境警備隊の隊員が電子銃を構えて巡回し、不審な人物があれば、容赦なく捕らえて尋問に掛けていたし、いくつも建ちならぶ監視塔からは、不審な入国者がいないか目を光らせていた。
こんな場所でも、入国するために訪れる人は後を絶たず、長い車列が長野側の狭い街道に続いていた。独立前には考えられなかった光景である。
「はい、次。」
国境警備員が次の車を検査場に誘導する。
「エンジンを切って、全員のパスポートを出してください。」
運転手に対し命令する入国審査係官の脇には、車内をスキャンした映像がモニターに映し出されていた。
「入国する人数は?」
係官がモニターを確認しながら、運転手に尋ねる。
「3人です。妻と子供、それに私の3人です。」
運転手が明らかにおどおどした感じで答える。
「ほう、3人ですか。」
係官がそう言うと、警報音がけたたましく山中に響き渡り、警備員が銃を構えて車を取り囲んだ。
「全員車から降りろ!」
警備員の一人が命じると、運転手は渋々降りてきて、妻と子供にも従うよう促す。
「他にも乗っているだろ。全員降ろせ。」
運転手は項垂れたように、警備員の命令に従い荷物室を開けて中に隠れていた男女10人を降ろした。
「これで全員か?」
警備員が確認する。
「はい。全員です……。」
運転手が答え終わらないうちに、
「まだ一人残っている。」
入国審査係官がモニターを見ながら言う。
「だめだ、その子は、その子だけは頼む。見逃してくれ……」
運転手は縋るように警備員に懇願するが、警備員は係員の指示に従い、偽装した床面を引き剥がし、その下に隠れていたまだ10歳にも満たない子供を引き摺り出した。
子供はギャン泣きしていたが、警備員は容赦ない。
「これで全員だな。」
「ああ。全員だ。」
係官が頷いたのを確認した警備員は、全員を入国管理棟へと連行していく。残された車は警備員が運転して押収車を並べてある場所へと移動する。
「次!」
こうして再び粛々と入国審査が行われていった。
* * *
西暦二千三十年、グンマー帝国暦元年の四月一日、群馬県は日本国からの独立を宣言し、グンマー帝国として、赤城皇帝陛下を頂点とした帝政国家をこの地に誕生させた。
グンマー帝国が独立を果たしてから十数年経った現在、かつては交通の要衝として栄えた群馬県も、今や入国が難しい国家としてその名を世界に轟かせるまでに至った。
この帝国制移行がこの地にもたらす功罪は、後の歴史学者の判断に任せるが、今や日本だけでなく、世界から挙って人々が押し寄せて来るまでに、政治的にも経済的にも発展し、G8としてサミットへの参加が認められるまでに至った。
その昔秘境と呼ばれていたこの地は、グンマー帝国として新たな時代を歩み始め、世界中から人々が集まり、観光や経済活動をおこなっている。
しかしながら、グンマー帝国は治安維持のために、入国制限を厳しくおこなっていた。入国には厳しい条件があり、それを満たさなければ、入国は出来ない。
だが、入国出来ない人々も含めてグンマー帝国に入国しようとする人々が、大挙として押し寄せていたのである。
こうしてグンマー帝国は、限界集落が点在していた山間部にも、人の目が届くようになり、人口もここ10年で2倍の400万人にまで膨らみ、在留外国人も100万人を越えるまでになっていた。この国は500万人が住まう国家として、その名を世界に轟かせたのだ。
そして、また、国境を越えようと画策する一人の人物が現れた。その名は矢島虹華。彼女は綿密な計画を以てグンマー帝国に入国しようとしていたのである。




