第拾参話
赤城山麓には、立派な神社が存在する。その名は墜星宮という。この地に伝わる墜星伝説の舞台とも成った神社である。
その昔、宇宙から飛来した隕石がこの地に落ち、人々は神の怒りを鎮めるために、大和朝廷に直接許可をとってこの神宮を建立したと伝わる、由緒正しい神社なのだ。
広大な境内の奥に鎮座する本殿は、総檜皮葺の神明造で、平入切妻屋根を架けた荘厳な佇まいは、伊勢神宮を思い起こさせる。特に平木が立ち上がるその姿は、まさに神社としての風格と、威厳を今に伝えているようだ。
本殿正面の広場には、御神体として、長年人々の信仰を集めてきた、注連縄が巻かれた、高さがおよそ五メートルにもなる巨石が上屋の中に鎮座していた。
更にその正面には拝殿が設けられ、連日多くの人々が参拝に訪れ、様々な願いをこの巨石に託していくのである。
この日も、大勢の参拝客が訪れ、巨石に対して手を合わせ、社務所では御守りや御朱印を求める人々でごった返していた。
この墜星宮がこのように連日混雑するようになったのは、グンマー帝国が建国してから数年が経ってからである。
もちろん、それまでも正月の三が日や、各種例祭などにおいても、大勢の人が詰めかけてくることはあった。特に三が日は十万人を越す人々が初詣に訪れて来たし、夏の墜星祭、秋の例大祭でも、それぞれ数万人規模の人々が訪れる程の賑わいを見せてはいた。
しかし、建国後はその様相に拍車がかかり、なんでもない平日においても、引っ切りなしに参拝客が訪れるようになった。中にはバスツアーで来訪する人々も現れる程、もはや観光地の様相を呈し、年間の来訪者数は、百万人を遙かに超えるようになったのだ。
だが、考えてみればそれもその筈で、グンマー帝国の皇帝である赤城帝が懇意にしている神社ともなれば、その御利益に肖ろうと、人々が殺到するのも当然と言えば当然である。
皆考えることは同じなのか、参拝客や観光客は、帝国内からだけでなく、国外からも多く訪れるようになったのだ。
そんな墜星宮に、最小限の警備で黒塗りのリムジンが乗り付けた。リムジンはそのまま関係者だけが入ることを許された地下駐車場へと入っていき、奥に設けられた車寄せに停止した。
リムジンから降りてきたのは、スーツに身を纏った星野誠翔だった。グンマー帝国の皇帝にして赤城帝と称される男である。
グンマー帝国建国から十年、滞りなく国政を運営できてきたわけではなかったが、それでも、星野製作所のボンボンとまで揶揄されてきた専務時代とは違い、今となっては、国家元首としての風格が備わったと言っても良い雰囲気を醸し出していた。
ただ十年歳を取っただけだと言えばそうなのかも知れないが、歳を取っただけでは醸し出せない顔つきと、風格があった。
そんな風格を身に纏ってリムジンを下車した星野誠翔は、守衛の確認を受けた後、SP二人を連れて、奥へと続く廊下を進んでいく。
壁は打ちっぱなしのコンクリートで、特に何か内装が施されている訳ではない。客人を迎えるためではなく、あくまでも関係者のための専用通路といった感じのこの廊下は、どこかの地下道を歩いているかのような、殺風景な印象を受ける。一応、照明は設置されていて、暗闇を歩くということはないのだが、最低限の明かりしかないため、どこか薄暗さを感じる。
墜星宮の地下には、今、星野誠翔が歩いているこの廊下を中心に、本殿や社務所などの建屋に繋がるよう、このような廊下が張り巡らされていた。そのため廊下の分岐地点には、道を間違えないよう、必ずと言って良い程、案内板が掲示されていた。
この墜星宮の敷地面積は隣接する公園も含めると、およそ五十万平方メートルもあり、本殿の裏には自然豊かな森が広がる。
もともと、この地は隕石が墜落した場所であったため、何もない原野が広がっていたと伝わる。そこに、御宮を建立して墜星宮とし、その周囲に広がる土地は自然と森が形成されていったという。
今では公園として遊歩道が整備され、参拝客たちの憩いの場所として広く利用されてはいるが、その地下に、広大な施設が存在していることなど、誰一人知る者はいないだろう。
地下の廊下を十分以上かけて進んだ星野誠翔は、漸く廊下の突き当たりに到着した。
付いてきたSP二人をその場に待たせ、重い扉を開けた。
「お待ちしておりました。皇帝陛下。」
星野誠翔の姿を認めた人物が、奥から声を掛けてきた。この墜星宮の宮司を務める星宮文也である。
「星宮さん、こんにちは。二人きりなんですから、その呼び方はやめてくださいよ。ところで今日はどんなご用件ですか。」
星野は星宮の顔を見るなり、要件を確認しようとする。
「まあ、忙しい身なのは分かりますが、そう要件を急かさず、ゆっくりしていってください。」
星宮はそう言うと、応接セットのソファーを勧め、部屋に備え付けの冷蔵庫から冷えたお茶を出してくれた。
「ありがとうございます。いただきます。」
星野はソファーに座ると、出されたお茶を一口飲んだ。
「本日お越しいただいたのは、この十年の総括と言いますか、誠翔さんを労うためにお呼びしたのですよ。」
星宮も星野に相対して座ると、お茶を一口飲んでから、口を開いた。
「労うって。何をしようというのですか。」
星野は星宮が何を考えているのか計りかねた。
「まあ、そう警戒しないでください。別に取って食おうと言うつもりはありませんから。」
星宮は口角を上げて微笑む。
「十年前もあなたはそう言って、私を皇帝に仕立て上げた。警戒するなと言われて、ハイそうですかとは成りませんよ。」
星野は何を言われるのか、何をさせられるのか、警戒心を上げてしまう。顔には引きつったような笑みがへばりついていた。
「そういえば、十年前もそんな風にして皇帝の座へ着いて貰いましたっけね。
とはいえ、あなたは本当に良くやってくれました。皇帝として大いにその手腕を発揮し、グンマー帝国をここまで発展させたのですから。私はあなたに感心していますし、感謝もしているんですよ。」
星宮の笑みは一段階上がる。
「そう言って私をおだてても、もうこれ以上の要求は呑めませんよ。群馬の民のためであればこそと思い、こうして皇帝になり、粉骨砕身グンマー帝国を発展させてきました。
だが、あなたは裏で何かを画策している。いったい群馬を、この地をどうしようというのですか。」
星野の表情には笑顔に替わり、怒りの色が浮かび上がる。
「そんな、酷いこと言わないでくださいよ。私は何も画策なんてしていませんし、群馬のためを思えばこそ、あなたへ皇帝になるよう勧めたに過ぎないのですから。」
星宮の笑みに少し悲しみの色が加わる。
「確かに、あなたの提案に乗ったのは私だ。グンマー帝国を建国したからこそ、群馬は発展出来た。人々の暮らしも向上し、安心して暮らせる群馬の地を確立出来た。それについては私も大いにあなたと、ヌトミュカ星人の御仁には感謝しています。」
星野は怒りを露わにしながらも、感謝の言葉を述べる。
すると後ろから突然声が聞こえてきた。
「感謝を述べなければならないのは、私の方ですよ。」
星野が声のした方を見ると、そこには細マッチョという言葉が似合いそうな男性が、いつの間にか入り口のドアを開けて中に入ってきていた。
「マデェサさん、いらしてたんですか。」
星野はその人物を認めて、思わずその人物の名を呼ぶ。
その人物とは、マデェサ・ゼルジ・ハマロミダという名前のヌトミュカ星人である。
外見は彫りが深く、緑色の眼球と、福耳であることが目立ちはするが、それ以外は何ら地球人と変わることはなく、その風貌は、異形や奇形は見られず、異星人と言うよりも、東南アジア系の人間だと言われても、否定は出来ない容姿である。
七福神の一角、毘沙門天が鎧を脱いだらこんな感じではないだろうか、と想像してしまうような雰囲気をマデェサは醸し出していた。
「はい。星野さんこんにちは。ご無沙汰しています。」
その外国人のような風貌から、群馬アクセントが混じった綺麗な日本語が聞こえてくると、多少の違和感を覚えそうではあるが、星野も星宮もそこには何も感じていないようだ。
「ようこそ、マデェサさん。こちらにどうぞ。お茶で良いですか。」
星宮が星野の隣に座るよう促した。
「どうぞ、お構いなく。」
そう言いながらも、マデェサはソファーに座ると出されたお茶を一口飲んだ。
その所作は、異星人と言われても気付かない程、日本人そのものだった。
「星野さん、私は、あなたに心から感謝しているのですよ。」
そう言って、マデェサは星野に向き直ると、改めて感謝の意を表明し言葉を続ける。
「私たちの祖先であるヌトミュカ人は、偶々この地球に辿り着いた。
もう、千年以上も前の話になります。これは、あなたに初めてお目にかかった時にお話ししましたよね。」
「はい。伺いました。遠い場所から命からがらこの地球に辿り着いたと。」
星野はマデェサから聞いた話を脳裏に思い浮かべていた。
遠い遠い宇宙の彼方。この地球から何百、いや何万光年も離れた、銀河系の外縁部にヌトミュカ星人の故郷であるヌトミュカ星は存在していたと、以前マデェサは語っていた。
ヌトミュカ星はマバメという恒星を中心とする星系に属していたが、僅か数光年離れた近隣に位置するコデチ星系には、エズベギ星という敵対勢力が存在していたという。
そう、マデェサが言うとおり、今から千年以上も前の話である。
ヌトミュカ星とエズベギ星とは小競り合いに継ぐ小競り合いが続き、相手を見たら攻撃するという、泥沼の戦争を、数百年に亘って繰り広げていたそうだ。
そんな中、ある時大規模な戦闘が両勢力の間で勃発した。数千を数える規模の艦船が激突したと伝わるその大戦は、多くの犠牲を伴ったそうだ。
そして、その戦闘で大きな被害を被った一隻の戦闘艦が、戦闘宙域から離脱するために、ワープを試みた。ところが、ワープ座標の入力ミスなのか、コンピュータの暴走なのかは分からないが、彼らが漂着したのがまさに我々の地球が存在する太陽系だったのである。
母船から遠く離れてしまった彼らは、補給することもままならず、地球に漂着したのだ。
ヌトミュカ星へ戻ろうと、再びワープを試みるようとするも、ヌトミュカ星へ帰れる程のジャンプは到底出来ず、戦闘で損傷を受けた艦はこれ以上の長距離航行にも耐えうるような状態ではなかった。
ましてやこの艦は巡宙艦であるため、長距離航行を耐えられるようには設計されていない。補給出来なければ、それは乗組員の死を意味するのだ。
そのため、彼らにとって、ヌトミュカ星への帰還を選択することは不可能で、目の前にあるまだ未開の星とはいえ、食糧の確保が望める地球に不時着するしか生き延びる選択肢はなかったのだという。
しかしながら、問題はそれだけではなかった。いくら未開の星とは言え、地球には既に文明が発生しており、高等生物である人間の存在が確認出来たのだ。であれば、未開惑星の人間との接触、干渉を厳しく禁止する法律の存在が彼らに重くのしかかってくる。いくら緊急事態とはいえ、非接触、非干渉を旨とした法律を、またその法が施行されている意義を破る訳にはいかなかった。
そのため、艦内では、現地人と接触しないようにして食料を調達するとか、未開人のフリをして食料のみを調達するとか、近隣の星系に望みを掛けて移動するとか、議論は紛糾に紛糾を重ねた。
しかし、結局、背に腹はかえられず、地球へ降り立つことを決めたのだ。
そして、彼らは、毛野の国、今の群馬県赤城山麓の墜星宮が建つこの地に降り立ち、総員八十九名はこうして毛野の国の人々に助けられ、誰一人欠けることなく、全員が一命を取り留めたのである。
その後は、毛野の国の豪族たちが、大和朝廷に掛け合って、この地に御宮を作り、宇宙船を隠し、隕石伝承を広めたとされるのだが、特に赤城彦別という人物は、ヌトミュカ星人たちを神の使いとして崇め、彼らの御輿である宇宙船を人々の目から隠すために尽力したという。
これがマデェサが語った、ヌトミュカ星人が地球に飛来したことの顛末である。
マデェサは言葉を続けていた。
「私たちの祖先は、地球の、この群馬の地に辿り着き、一人も欠けることなく天寿をまっとう出来ました。それは、偏に毛野の国の人々が、我々ヌトミュカ人を受け入れ、助けてくれたお陰なのです。」
「感謝をしてくれることは大変ありがたいですが、もう、良いんじゃないですか。既に千年以上も経ってしまっているんですよ。あなたたちを助けたのは、昔の人間であって、今の私たちではありません。ですから、私たちに恩義を感じる必要なんて、微塵も無いと思いますよ。」
星野はマデェサの気持ちを汲みつつも、そう言って口を挟む。
「そんなことありません。私たちヌトミュカ人は、現在、純血の者は二十三名となりましたが、地球人との混血を含めれば、追跡出来ているだけで千人を超すまでに増えました。あなた方は、私たちヌトミュカ人を受け入れ、子孫繁栄という最高の贈り物を授けてくださった。死を覚悟した八十九名が天寿をまっとうしただけではないのです。
私たちがこれを感謝しなかったら、祖先や毛野の国の人々にはもちろんのこと、群馬の人々にも顔向け出来ません。」
マデェサは強い口調で言い切る。
「それは、あなた方がこの地球の環境に馴染み、日本人の生活習慣を習得しようと努力した結果ではないですか。それこそ、私たちのお陰なんてことはない。あなた方がご自身で切り開いた結果なのですよ。私たちは関係ない。」
星野はマデェサの言葉に、それでも反論する。
「そうかも知れません。言葉も通じなかった当時、理解して貰うことすらままならなかった祖先たちの苦労は計り知れなかったでしょう。
ですが、それを考慮したとしても、あなたがたは私たち祖先を受け入れ、その後も排斥することなく、こうしてこの地に根付かせてくれた。
受け入れてもらえたことは、感謝しても仕切れない御恩なのです。」
マデェサはそこで大きく息を吐いた。そして星野誠翔の目をしっかりと見て、更に言葉を続ける。
「そして、もう一つ、あなたは私たちの心願であるこの感謝を受けるために、グンマー帝国の皇帝と成られた。
群馬の民が帝国を建国することは受け入れがたい苦痛を伴った筈です。それは我々の本意ではありませんでしたが、群馬が置かれた立場や状況を考えたら、放っては置けなかった。仕方がなかったでは済まないが、それでも仕方がなかった。
だからこそ、あなたに皇帝となることをお願いし、グンマー帝国を建国して貰った。これで、私たちは誰に遠慮することなく御恩返しが出来るのです。
ご尽力くださった星野さんには、感謝しても仕切れないのです。」
マデェサはそういうと、感極まったように星野誠翔の両手を取り、握り締めた。
星野誠翔は両の手を握られながら、長く苦しかったであろうヌトミュカ星人たちの歴史に思いを馳せた。その心には彼らへの同情心が芽生え、自分が皇帝として苦労していることなど、取るに足らないことだと思えるのだった。
しかし、こと群馬のことを思うと、本当にこれで良かったのかと、疑問が沸々と湧き上がり、自分が皇帝になったことが本当に群馬のためだったのか、猜疑心が持ち上がってくるのだった。
後世の歴史家は、このグンマー帝国の歴史書を紐解くことで、日本の古代史を大きく書き換えることにはなるのだが、それは後世の話であって、ここで言及することではないだろう。
だが、これだけはここに記しておきたい。星野誠翔はこの時大きな決断をしたということと、その決断が後にグンマー帝国の運命を大きく左右したのだということを。




