第拾弐話
日本国東京都千代田区永田町にある首相官邸内の閣議室では議論が紛糾していた。
「そんなバカなことがあるか!」
声を荒らげるのは、農林水産大臣の酒井崇だ。
配られた資料に目を通していた大臣たちが、一様にその驚愕的な内容に目を疑い、資料の真偽を疑っていたが、真っ先に声を上げたのが酒井崇だった。
彼らの手元に配られたその資料には、グンマー帝国についての調査内容が書かれており、赤城帝と名乗る人物と、その背景に暗躍する組織に関するものが事細かに記載されていた。
「これは本当に調査したものなのか。ブラフじゃないのか。」
落ち着いた声でありながらも、そこに怒りを隠しきれない声色で発言したのは、外務大臣の江良直也である。
「お静かに!
この情報は確度の高い情報です。既に陛下からもこの情報の真偽については疑いのないものであることが、宮内庁を通じて通達されています。陛下ご自身もご存知の組織であり、日本国を築き上げるのに助力いただいた経緯もあるというお話でした。」
内閣総理大臣の築城心桜が場を鎮めるように、良く通る澄んだ声で一喝すると、天皇陛下のお言葉を皆に伝えた。
「いくら陛下といえど、このような荒唐無稽な絵空事を信じろと仰っても、私は信じませんよ。」
築城心桜を睨み付けるようにして反論したのは環境大臣の白髪鈴蘭だ。
「そうです。総理、そんな世迷い言を本気で信じているんですか。いくら陛下といえども、そこはきちんと諫言すべきではありませんか。」
酒井崇が追い打ちをかけるように、畳みかけてくる。
「お二人とも不敬ですよ。陛下はこれまでも我々国民のためにと尽力されてきたのです。此度のグンマー帝国建国においても、身を切られる思いであると仰った、そのご心痛たるや幾ばくのものか、あなたたちに分からないはずはないでしょう。それを言うに事欠いて、諫言しろですって。不敬にも程がありますよ。」
怒りを露わにして築城心桜が二人を睨み付ける。
「いいえ別に私はそんなつもりで申し上げたのではありません。」
先程の勢いはどこへやら、白髪鈴蘭は顔を伏せている。
「別に不敬を働いているつもりはないですよ。私は間違ったことを間違っていると言っているに過ぎません。」
酒井崇はそこまで言われても不遜な態度である。
「そうですか。この陛下のお言葉ですら信用出来ないというのであれば、今後あなたの言葉を信用することは、私も出来ないでしょう。」
築城心桜は酒井崇を睨み付けるように言う。
「総理、それは言いすぎじゃありませんか。我々は日本国の将来を憂い、こうして未知の存在に対処しようと頭を付き合わせているのですよ。その発言はあまりではないですか。」
横から口を挟むように江良直也が諫言する。
「そんなことないと思うぞ。あまりに不敬な発言、そしてそれを反省もしないその不遜な言動、信用に値するとも思わぬ。私も総理の言に同意する。」
江良直也に向かって言葉を発したのは、それまで腕組みをして黙って成り行きを見ていた舛水礼生防衛大臣である。
「それにだ。グンマー帝国においては、未確認飛行物体の目撃情報が多数ある上に、自衛隊においても、その飛来物に関しての確認も行っている。
日本とグンマー帝国は既に国際航空法に基づき、二国間航空協定を結んでおり、グンマー帝国国際空港を発着するすべての便において、我々はその航路、発着便を含むすべての情報を共有しておる。
だが、それにもかかわらず、未確認の飛行物体が飛来していることもまた事実であり、我々はグンマー帝国にその情報提供を求めてはいるのだが、『日本国の上空を飛んでいないのだから問題ないだろ』と突っ返されているのだ。
この意味が卿等に理解出来るか。」
舛水礼生は、苦虫を噛み潰したような表情で、酒井崇等に向かって言葉を続けた。
「そんな情報を我々は知らないぞ。隠蔽でもしていたのではないのか。貴君は、我々に隠れてコソコソ何をしているのか分からないからな。」
酒井崇は売り言葉に買い言葉とでも言うように、今度は舛水礼生に当たる。
「おい、言葉に気を付け給えよ。この情報は総理を始め、ここにいる大臣全員に既に告知している情報であるぞ。外務省とも連携を取って進めている話である。それを知らないとは、卿の方が仕事もせずに遊び歩いていると発言しているようなものであると心得よ。」
舛水礼生も酒井崇を小馬鹿にしたような表情で言い返す。
「二人とも辞めなさい!ここは、小学校や幼稚園じゃないのですよ。いい加減にしなさい。」
築城心桜が再び大きな通る声で、場を鎮める。
閣議室は一瞬にして静まりかえったが、それにもかかわらず発言する者があった。
「ですが、総理、あまりにこの報告内容は荒唐無稽すぎて、凡人の我々には理解に苦しむものがあります。もし、よろしければ、後学のためにも、この情報を信じるに値するとする、その根拠を示してもらえませんか。」
口を開いたのは文部科学大臣の澤城音緒である。声色は優しく、遠慮がちではあるが、そこには資料内容に対する不信感が滲み出ていた。
「そうですね。分かりました。今グンマー帝国で何が起こっているのか、陛下から賜った言葉も含めて、皆さんにお話ししましょう。」
そう言って築城心桜が大きく深呼吸をし、トゲトゲしくなったこの場を鎮めるように全員の顔を一通り見渡し、全員の視線が自分に集まったことを確認した上で、この荒唐無稽な絵空事を信じるしかないような、荒唐無稽な理由を語り始めた。
「時は四世紀頃にまで遡ります。群馬の地は当時、今の栃木県なども含めて、毛野の国と呼ばれていました。」
「ちょっと待ってください、そんな昔の話はどうでも良いんですよ、今の話をしてくださいよ。」
築城心桜が話し始めると、突然江良直也が口を挟む。
「いい加減にしないか。総理の話をすべて聞いてから、無駄話かどうか判断すれば良いだろう。」
舛水礼生が一喝する。
二人が睨み合っているのを横目に、築城心桜は呆れたように溜息を吐いて、言葉を続けた。
「当時、この毛野の国には豪族が権力を握り、朝鮮や大陸などとも交流を持っていたと伝わります。西の大和朝廷とは対等の立場ではありませんでしたが、それなりに権力を保持していたようです。大和朝廷が西の雄なら、毛野の国は東の雄と言っても過言ではなかったでしょう。
そんな時、宇宙から飛来物があり、赤城山麓に落ちたと伝わります。現地では墜星伝説として伝わる昔話にも成っています。
この墜星伝説は、これまで隕石落下の話として伝承されてきましたが、実はこれが宇宙船であったという話なのです。」
築城心桜がそこまで話すと、閣議室の空気は一変した。
端から聞く耳を持っていなかった大臣たちはともかく、話半分で聞いていた大臣たちは、この荒唐無稽な話に耳を傾けざるを得なくなり、ザワついていた室内は、一挙に静まりかえった。
築城心桜は大臣たち全員を再び見渡すと、徐に話を続けた。
「当然、そんな話は一朝一夕では信じられませんでした。ですが、この報告書にあるように、赤城帝こと星野誠翔と、宇宙人との関係は、経済的、技術的支援を伴い、既に我が国を凌駕するような科学技術がグンマー帝国にもたらされているとする内容は、その報告内容が事細かであることを鑑みれば、信じざるを得ないと言えます。
また、この報告書が届くのと同じ頃、陛下のお言葉を聞き、この情報は信じるに値すると知ったのです。
それは、陛下がこの宇宙人を、ヌトミュカ星人であると断定されたからです。」
「何だそれは!」
酒井崇が築城心桜の言葉を遮って、声を上げる。
漸く静まりかえり、築城心桜の声だけが響いていた閣議室は、再びザワつき始めた。
大臣たちは互いに顔を見合わせ、その奇妙な名前の宇宙人について聞いたことがあるか、互いに確認しているようだったが、皆初耳のようだった。
大臣たちのザワつきが収まるのを待って、築城心桜は言葉を続けた。
「恐らく誰も存じ上げないでしょう。私もこのヌトミュカ星人については聞き及んでいませんでした。皇室のみが知る極秘中の極秘事項であり、歴代の総理大臣ですら知らされてはいないのです。皆さんが知らないのも当然と言えるでしょう。」
「では、なぜ、陛下は今になってその存在を明らかにされたのですか。」
澤城音緒が当然の疑問だと言わんばかりの表情で質問する。
「そうですね。私もその疑問は当然のように持ちました。ですが、陛下に直接問い質した訳ではありませんので、その真意の程は分かりません。ただ、宮内庁職員に依れば、『グンマー帝国に肩入れするヌトミュカ星人を放置しておけば、我が国は傾くことになるだろう』、とそう仰ったそうです。」
少し悲痛な面持ちで築城心桜が応える。
「だが、陛下はその異星人とは面識もおありなのだろ、なんとか成らんものなのか。」
今度は江良直也が声を上げる。
「恐らく何とも成らないでしょうね。
もし、懇意にしているのであれば、ヌトミュカ星人がグンマー帝国に肩入れすると言うことはなく、我々日本側に助力してくれるはずです。しかし、実際はグンマー帝国側に付いた。この意味は、お分かりになりますよね。」
築城心桜はそう言って、大臣全員を見渡すが、大臣たちの表情は、一様に沈んでいた。
それもその筈で、自分たちの国は見限られたのだと言うことが、全員の脳裏に浮かんでいたからだ。
「なぜ、その異星人とやらは、グンマー帝国なんぞに肩入れをしたのだ。他にも地方都市はあるし、我が国と対立する国家は周辺にいくつかあるではないか。そういったものと組まずして、なぜ、グンマー帝国なんぞを起ち上げ、彼らに肩入れをしたのだ。」
酒井崇が詰るような口調で言う。
「ヌトミュカ星人の真意は、陛下のお言葉においても言及されていませんし、私自身も推測の域を出ませんから、何ともここで言及は出来ません。」
築城心桜はあしらうように応える。
「総理は、私なんぞの質問にも答える気が無いというのか。」
酒井崇が語気を荒らげる。
「黙れ!卿は本当に自分でものを考えるということが出来ないのか。」
舛水礼生が更に強い口調で酒井崇を一喝し、言葉を続ける。
「我が国が見限られた。それは揺るぎない事実である。そして、異星人はグンマー帝国に肩入れした。これも揺るぎない事実である。すなわち、日本はそれだけの価値しかない、いや、価値など見いだせなくなった。ただそれだけのことではないか。」
「そんなことは、充分分かっておるわ。私が言いたいのは、なぜかという理由なのだよ。少なくとも我々日本国の方がグンマー帝国よりは経済的にも上、利用出来る土地も多くある。たとえ、彼らが群馬を拠点としていたからと言っても、グンマー帝国を建国する意義もなければ、彼らに肩入れする理由など見当たらないではないか。」
酒井崇が舛水礼生の一喝にもめげずに反論する。
「卿は、そんなことも理解できぬのか。
今後彼らがどのような動きをするかは確かに分からぬ。だが、想像してみろ。異星人が一つの国を建国したのだぞ。その先にはその国を足がかりにした侵略を目論んでいるとしか考えられぬではないか。
異星人に限らずとも、侵略者の歴史が既に物語っているのだぞ。我が国も大陸を侵略した際、満州国を建国した。同じことがこの群馬の地に起きた。ただそれだけのことである。恐らく、彼らはこの先、日本を潰しにかかってくるだろうし、延いては地球侵略を目論んでいると考えてもおかしくはないだろう。」
「ちょっと待ってくれ、地球侵略だって、そんなこと許される訳がないだろ!そんなことになったら、諸外国が黙っていないぞ。もし、そんなことが公になったら、米国、中国、ロシアあたりから、先制攻撃といわんばかりに、グンマー帝国を壊滅させようと軍事行動を起こす可能性だってあるだろう。」
酒井崇はまだ何かを言いそうだった舛水礼生の言葉を遮って、輪を掛けて荒唐無稽な想像をする。
「ああ。確かにその可能性は否定出来ない。核でも撃ち込まれたら、我が国は三度目の被爆をすることになる。」
舛水礼生も酒井崇の言葉にそう応じる。
「とにかく、まだ、そうと決まった訳ではありません。我が国は米国との連携を強め、グンマー帝国がこれ以上増長しないように手を打たなければなりません。でなければ、お二人の言うような未来が現実のものと成りかねません。
我が国としては、その異星人であるヌトミュカ星人の動向も注視する必要があるということも重要ではありますが、まずは、正式な外交ルートを以てグンマー帝国の皇帝である赤城帝に会談を申し込み、我が国として出来ることを模索するしかないでしょう。」
築城心桜はそう言うと、大臣全員の表情を改めて一人一人じっくりと観察する。
誰からも反論の言葉が出ないことを確認した築城心桜は、閣議を締めた。
しかし、彼女の心は、日本の舵取りを間違えると大変なことに成るだろうという、大きな不安に押しつぶされそうだったのだ。
この閣議において日本国は初めてヌトミュカ星人の存在を知り、築城心桜が日本国の運命を決めてしまった総理大臣として、後世の歴史家たちが歴史の一頁に刻んだことは、ここに言及するまでもないだろう。




