↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グンマー帝国史乗  作者: 劉白雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/24

第拾壱話


 グンマー帝国が建国してから、すでに十年の歳月が過ぎ去っていた。

 今年もまた、蒸し暑い夏を迎え、前橋や高崎でも気温が四十度を越える酷暑日が続く程で、人々は涼を取るために、水辺に集ったり、冷房の効いた屋内に籠もったりしていた。


 帝国の経済は上向きとなり、景気が良くなってきたとはいえ、こう暑くては経済活動も滞ってしまう。ほとんどの商店は開店休業状態で、夕方から夜にかけて、ほんの少し商売になる程度である。

 企業も従業員のヤル気を引き出すために、あれやこれやと工夫を凝らすが、こう暑くては、仕事どころではなく、冷房の効いたオフィスでならまだしも、客相手の商売や、外廻り、ましてや建設業などの炎天下で作業する人々は、仕事になんてならなかった。


 それでも、グンマー帝国は、どうにか国家としての体裁を整えることが出来、帝国民の生活は徐々に向上はしていたし、景気自体は悪くなく、高崎に新しく出来た証券取引所においては、開所以降、株価は右肩上がりなのだ。


 一頃は、食糧難に見舞われたり、物資不足が叫ばれるなど、帝国民がパニックに陥る場面もあったが、グンマー帝国国際空港が開港してからと言うもの、食糧も、生活物資も、滞りなく供給出来ており、生活が困窮することはほぼ無くなった。


 治安においては、国防省が警察組織と自衛隊を以て維持しており、外国人排斥運動のような過激なデモ活動なども落ち着き、概ね治安は良くなったと言える。

 法律改正も功を奏し、移民がかなり大量に入国してはいたが、そもそも入国のハードルが高いためか、さして大きなトラブルなど無く、新たに設けられた移民法も順調に運用出来ているようだ。更に、帝国内の刑法も、罰則等が厳しくなったお陰か、軽犯罪を含めて、犯罪率は格段に減ったようだ。


 元来、日本は治安の良い国として知られていたが、帝国建国後は更なる改善が見られ、帝国民の多くが安堵して暮らせる世となったことは、当時の諸記録からも窺い知ることが出来る。


 確かに、建国当初は、国家転覆を企む不穏な動きも一部あり、人々は物資不足も相まって不安に駆られる日々を余儀なくされてはいた。しかし、こうして治安が安定し、不穏なことを企む人物や集団が悉く逮捕され、収監、もしくは国外追放の憂き目に遭った今となっては、帝国政権の舵取りは帝国民に受け入れられ、今や赤城帝の下一つに纏まっていると言っても過言ではなくなったのだ。


 そんなグンマー帝国が軌道に乗る中、漸くと言って良い程、待望の人物が帝国内に侵入していた。そう、矢島虹華やじまななかである。

 彼女は、日本国のエージェントとしてミッションを任され、日本国埼玉県本庄(ほんじょう)市における放水路の工事現場から密かに掘られた坑道を通って、グンマー帝国内に潜入したのだ。

 潜入坑道はバレている可能性が高いという話だったが、どうやら、それも杞憂だったようで、何事もなく潜入を果たすことが出来た。

 もしかしたら、泳がされている可能性もあると、矢島虹華は考えてはいたが、取り敢えず潜入ミッションは成功裏に終わったと言えるだろう。


 そんな矢島虹華は、潜入後すぐに西蓮寺芽瑠さいれんじめると、彼女が拠点としているアジトにおいて再会を果たした。

「芽瑠久しぶり。ほらこれ、胡子えびすの親っさんから。」

 虹華は芽瑠の顔を見るなり、懐から小さな黒い箱を取り出して手渡す。


「ありがとうございます。これは、……。」

 箱を開けて中を見た芽瑠は、口角を少し上げて笑みを零す。


「なんなの、それ。」

 虹華が興味深げに覗き込もうとする。

「いや、これはお見せ出来ません。」

 そう言って芽瑠は慌てて蓋を閉め、懐へしまった。

「そうなの?親っさんとの愛の証とかじゃないわよね。」

 虹華がからかう。

「そんなんじゃありませんよ。胡子さんは素敵な方ですが、そういう関係では決してないですから。」

 芽瑠は真面目にキッパリと切り返す。

「もう、冗談よ。そんなに真面目に切り返さないでよ。」

 虹華は笑う。

「虹華さんは相変わらずですね。私には付いていけません。」

 芽瑠は溜息を吐くように、呆れた表情で呟く。

「あら、いつものことじゃない。って、もう十年以上会ってないものね、私のことなんて忘れちゃったんでしょ。」

 虹華は芽瑠の目を覗き込む。

「忘れませんよ。ただ、慣れないだけです。」

 芽瑠は大きく溜息を吐く。

「そんなに溜息ばかり吐いてると、幸せが逃げるわよ。」

「誰のせいで溜息吐いてると思ってるんですか。」

 虹華の言葉に、呆れたように芽瑠が言う。

「私のせい?芽瑠ちゃん酷いなぁ。会って早々それはないんじゃない。……ところで、それ、本当になんなのよ。気になるじゃない。運んであげたんだからさ、ちょっとは教えなさいよ。」

 再び、虹華は芽瑠のポケットにしまわれた黒い箱のことを追求しようとする。

「ダメです。これは企業秘密だから。胡子さんとの愛の証とかではないので、それはキッパリと否定します。」

 そう言うと、芽瑠は仕舞った懐をポンポンと叩き、話をはぐらかしたのだった。

「企業秘密って、あなたね。……まあ良いわ。気にはなるけど、追求はしないであげる。……で、私は何をすれば良いの。」

 虹華は少しガッカリした表情をしたが、芽瑠が仕事モードの表情に成っているのを見て、渋々話題をミッションの内容へと移した。


「虹華さんにしていただきたいのは、これです。」

 そこには土屋碧海つちやすかいからの依頼書があった。土屋碧海とは福田紗蘭議員の運動員として働く人物で、芽瑠が友実キクを通して受けた依頼である。

「まさか、こんなことのために呼んだ訳じゃないでしょ。」

 虹華がさっと目を通すと、そのあまりのくだらなさと、内容の拙さに、呆れたような表情で溜息を吐いた。

「ええ。もちろんです。これはあくまでもこのミッションを隠すための隠れ蓑に過ぎません。」

「本命は、他にあるのね。」

 虹華は安堵の表情を浮かべ、その薄っぺらい内容の依頼書から目を離した。


「もちろんです。我が国の指令としては、赤城帝せきじょうていである星野誠翔ほしのまさと氏に関する情報収集と、その資金源を暴くこと。そしてなによりも、グンマー帝国を裏から支えていると言われている国家、もしくは組織などの存在を暴いて欲しいのです。」

「いまだに、それは突き止められていないと言うこと?」

 虹華は呆れてものも言えないといった表情だ。

「はい。皇帝一家、すなわち、星野製作所と、赤城あかぎ山麓にある墜星宮ついせいぐうの宮司に、なんらかの関係があることは、周知の事実なので、その関係は掴めていますが、そこに関わる資金供与などの関係は見いだせていませんし、贈賄を含めて、日本国の法的にも怪しい部分は見受けられません。調査は暗礁に乗り上げた状態なのです。」

 警察庁ではエリート扱いされる芽瑠ですら、調査が進まないのだ。彼女自身、自分の不甲斐なさに嫌気が差し、そういう報告しか出来ないでいることに困惑しているようだった。


「その怪しい関係って言うのは、日本の法律に照らしてと言うことで、グンマー帝国の法律ではたとえ合法であってもって言うことよね。」

 そんな芽瑠の気持ちなど関係なく、虹華は何が阻害の原因か、質問を重ねようとする。

「はい。そういうことです。裁く裁かないでも、裁ける裁けないという話でもなく、法的、倫理的にどうかというだけの話で、不適切な関係性を見いだせれば、国民感情を扇動し、帝国の国家体制を崩壊に導くことは可能であるため、その事前調査となるのですが、いかんせん、尻尾すら見つかりません。」

 芽瑠は、虹華が上を見るような目線を認めながら、断定的な口調で答えるが、その口調には少し不安の色が混じっていた。


「なるほどね。いつものように結論ありきの先走り調査ね。ホントにグンマーもグンマーなら、日本も日本よね。同じ穴のむじなだわ。」

「あまり、そういうことを仰らない方が良いかと……。」

 芽瑠は少し戸惑った表情を見せる。

「良いのよ。どう転んだって、グンマー帝国が建国したのは、日本側の落ち度なんだから。なにも私が咎められる筋合いはないわよ。」

 それに対し虹華はどこ吹く風だ。


「そうかも知れませんが。あまり、発言が過ぎると、私もあなたを信用出来なくなってしまいますから。」

「あらそう。それならそれでも良いわよ。私は貰えるものさえ貰えばそれで良いんだし、仕事に支障があるなら、私は降りるだけだから。他の人を探して。」

 芽瑠の発言に、虹華は強気だ。先程から手で弄んでいた土屋碧海の依頼書を突き返そうとさえしている。

「そこまでは言っていませんが。」

 芽瑠は少し慌てて言葉を濁す。

「あら、同じことよ。信用出来ないなら、仕事はしない。当たり前のことだと思うけど。

 ただ、これだけは言っておくわ、仕事をするなら、あなたが私を信用する云々は関係ないってこと。ただし、精度に関わることだけは、しない方が良いわよ。損をするのは私ではなく、あなたなのだからね。それだけは覚えておきなさい。芽瑠ちゃん。」

 虹華の言葉にすっかり撃沈された芽瑠に、虹華は口角を少し上げて微笑んだ。


「はぁ~。まったく、虹華さんは相変わらずですね。もぉ。あなたを信用しない訳ないじゃないですか。ただ、発言が過ぎると私も庇いきれないんですから。あんまり、私に心労を与えないでくださいよ。」

 芽瑠は肩を落とすように溜息を吐くしかなかった。

「分かってるわよ。芽瑠ちゃんの頼みだから、グンマーくんだりまで来てあげたんだから。こっちこそ、よろしくね。」

 そう言うと、虹華は芽瑠にウインクをして見せた。


「はぁ~。お褒めの言葉として受け取っておきます。」

 芽瑠は虹華の言葉を受け取りつつも、呆れたように首を項垂れる。

「もう、つれないんだから。……まあ良いわ。でも、調査が目的じゃないんでしょ。私を呼んだんだから。」

 虹華は改めて芽瑠の目をしっかりと見る。

「もちろんです。その先は、証拠としては残せない話なので、良く聞いてください。詳しくはそちらでしましょう。」

 芽瑠が少しもったい付けたように言って、応接セットのソファーへ座るよう促した。


 虹華がソファーに座ろうとしている間、芽瑠はペットボトルの水を冷蔵庫から出して、コップと共にテーブルへ置いた。

 二人はテーブルを挟んで向かい合うと、それぞれコップに水を注ぎ、一口飲んで、喉を潤した。

「それにしても、グンマーは暑いわね。埼玉も大概だったけど。」

 虹華が一息吐くと、そう零す。

「冷房弱いですか?」

 芽瑠が慌てて聞き、冷房のリモコンを手にしようと手を伸ばした。

「この部屋は充分涼しいわよ。ありがとう。私が言ってるのは外の話。」

 虹華がすかさず訂正する。

「ああ、外の話ですね。で、このミッ……。」

「そうよ、外の話よ。十何年前から酷暑日とか言われ始めたけど、今年は余計に酷くないって話。群馬って涼しいんじゃないの。」

 芽瑠が話を戻そうとするのを虹華は遮った。


「確かに、今年も酷く暑いですよね。山からの風が吹くので、それなりに涼しくなるはずですが、温暖化の影響なのかは分かりませんが、高崎でも、前橋でも四十度を越える酷暑日を連日記録してますからね。」

 芽瑠がすこし苛ついたように早口で応える。

「そうなの。それは堪らないわね。聞いた話だと、東京の廃熱で温められた空気が埼玉や群馬に流れ込むってのは聞いたことがあるけど、あながち間違った話じゃなさそうね。」

「東京も暑いですもんね。もう、十年以上帰ってないので最近はどうか分かりませんが。」

「そうよね。東京も相変わらずよ。冷房無しじゃ、生きていけないわね。」


「そうなんですね。で、そのミッションの話に戻しても良いですか。」

 芽瑠が痺れを切らしたような表情で、本題に戻そうとしていた。

「あら、ごめんね。あまりに詰まらないミッションだから、もうちょっとあんたと積もる話でもって思ったんだけど。」

「もう、だから、あんまりそういう事言わないでくださいよ。私だから聞き流しますけど、他の人には絶対ダメですからね。」

「分かった、分かったって。芽瑠ちゃんだからこんな軽口が言えるのよ。感謝してるわ。」

「はい、はい。ありがとうございます。」

 芽瑠は呆れたような表情だ。


「でも、そのミッションの最終目的っていったって、どうせ、赤城帝政権を潰せとか、そんなことなんでしょ。」

 虹華は、コップの水を飲み干して、熱の籠もった身体から熱を追い出した上で、呆れたような表情をしながらミッションの目的を言い当てる。

「はい。そのとおりです。流石ですね。」

 芽瑠も話題が戻ってきたことで、再び真剣な仕事モードの表情で応える。

「何を言ってるのよ。これだけのお膳立てをされて、それに気付けないようじゃ、それはただの素人よ。」

 虹華はテーブルの上に放り投げていた土屋碧海の依頼書を一瞥して言う。

「まあ、そうかも知れませんが。とにかく、それは最終手段であって、絶対的目的ではありません。グンマー帝国を瓦解させ、日本国に復帰させることは、我々の悲願ではありますが、群馬県民を路頭に迷わせ、混乱させることは日本政府としても望んではいません。」

「まあ、そうでしょうね。腐っても元日本国民だもんね。」

「今でも日本国民です。」

 真剣な眼差しで芽瑠は虹華の言葉尻を否定する。


「まあ、まあ。芽瑠ちゃんがどう思おうと勝手だけど、実際は国境が出来ちゃったんだし、そこは認めるしかないんじゃないの。」

「そうですけど。それと、これとは……。まあ、それについては議論の余地がありますが、今はそれを議論している場合ではないので、保留にします。」

「あら、あら、意固地ね。芽瑠ちゃんって昔からそういうお堅いところあるから、好きよ。」

「はい、はい。からかわないでください。とにかく。グンマー帝国を瓦解させる材料を集めるところからです。」


「分かってるわよ。それじゃ、具体的な作戦を練りましょうか。ところで、協力者はこの土屋碧海とかいう人だけなの?」

「いえ。彼は福田紗蘭ふくださらという、元県議会の議員で、今はグンマー帝国議会の議員の下で働く運動員です。」

「ふーん。で、その男がこの依頼書を作ったの?」

「そうです。彼は友実ともざねキクという、友実探偵事務所の所長とも懇意で、その方の紹介で、この依頼を受けました。」

「友実キクって、もしかして探偵事務所をやってるおばあさん?」

「ええ、そうですが。ご存知なんですか。」

「知ってるも何も。彼女は昔日本のスパイとして暗躍していたぐらいよ。私も直接教えて貰ったことがあるわ。」

「なるほど。それで虹華さんのことご存知だったんですね。矍鑠かくしゃくとしてらっしゃったし。何か過去がおありだとは思いましたけど。まさか、スパイをなさっていたとは。」

「相変わらずのやり手ね。こんなことに首を突っ込んでくるなんて。ところで、彼女は元気だった?私についてなんか言ってた?」

「ええ、杖を突いてはいましたが、足腰もしっかりしていらしたし、頭の回転も速く明晰でいらっしゃいましたよ。ただ、虹華さんについては特に何も仰いませんでしたね。お名前を告げたら、ああって感じで、ご存知の風だったので、お知り合いかなとは思いましたけど、それ以上は特に何も。私からも過去を詮索するような質問は出来ませんし。」

「あらそうなの。なんだか、つれないわね。一緒にミッションも熟した仲だというのに。」

「そうなんですね。やはり人に歴史ありですね。」

「そうよ。もう引退されてから随分になるから、どうされているのか心配してたけど。まさか、群馬にいらしたとはね……。」

「……。」

 懐かしそうに語る虹華に、芽瑠は言葉も無い。


「ごめんなさい。まあ、キクさんとの思い出話はこっちに置いといて、本来の目的とやらを聞きましょ。」

「はい。興味はありますが、優先事項はこちらですから。」

 芽瑠はそう言うと、このミッションの核心について語り始めたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。