6話 悪役令嬢と串刺しの騎士
「なるほど、魔法陣のこの図形は遠くへの射出か。
この図形は、氷のシンボル。
これは攻撃……なるほど」
陽光が差し込む秋の中庭で、魔導書を読みながら、時折不敵な笑みを浮かべ、ブツブツとつぶやき続けるリリアナを見て、メイドたちは足早に通り過ぎる。
「うちのお嬢様、引きつる笑顔がやばすぎる……」
「攻撃とか氷とか言ってたわよ、下手打ったメイドにどんなお仕置きをしようか考えてるのよ……」
メイドが震えているその仕草が、リリアナの眼には入っていないようだ。
知識欲が満たされていくのを全身で感じ、悦に入るリリアナには、クララの接近すら気づかなかった。
日傘を差したクララは、リリアナの前で、わざとらしく咳払いをしたり、スカートの裾をひらりと揺らして気を引こうとした。
「……お母様、カニの真似してどうしたというのですか?」
「リリアナがお母様に気づかないんですもの。
カニの真似くらい、したくなりますよ?」
クララは頬を膨らませて怒っているようだ。
(何だ、この可愛い生き物は)
「お母様の接近に、つゆほども気づかない私を許してくださいませ、お母様。
私は、魔法の勉強に集中していたのですわ」
(オレだってさすがにお嬢様言葉も板についたか?)
クララは不意にリリアナの魔導書を取り上げた。
「お母様、何をなさってるの?」
「リリアナが、最近、笑ってないって気づいたの」
「……笑ってますわ」
口角を上げたが、ヒクヒクと筋肉が強張った。
(……サラリーマン時代に鍛えた営業スマイルが見抜かれた。
さすがに、母はごまかせないってヤツか)
「それ、顔が引きつっています。
メイドさんも怖がりますよ?
心から笑ったときのリリアナは、とっても可愛いのに!」
(そうか、笑ってない自覚はオレには無かった。
大人になればなるほど、感情を隠そうとする……どうしてだろうな)
クララに感情を読まれるのが怖かったのか、目を伏せた。
「たまには息抜きをすると、とてもいいのよ?
お母様と一緒に、王都にお買い物に行きましょ?」
クララの声は、春風のように柔らかかった。
「……お買い物?」
「そうよ、女の子はみんな買い物が好きなの」
クララの眼は、完全に自説を信じ込んでいるようだった。
「ねえ、リリアナ。
誰を連れていきましょうか」
(オレだって、この世界の王都には興味がある。
ホントは独りで気ままに回りたいんだが、侯爵令嬢の立場上、そうもいかないか)
「だれか、護衛が必要ですわ」
「お給料日には、肉と魚が舞い踊る♪」
歌を歌いながら近くを通ったノルノと目が合った。
(魚は躍るかもしれんが、さすがに肉は踊らないと思うけどな)
「ふみ、ふみゃあああ! リリアナ様!」
自作の歌を聞かれたノルノは、顔を真っ赤にしていた。
(近くに誰もいないと思って、鼻歌を聞かれるのって恥ずかしいよな。
微笑ましくはあるが)
リリアナは微笑みを浮かべ、ノルノに話しかけた。
「ふふ、ノルノ。
護衛が必要なのですわ。
私と一緒に、王都に買い物について来てくれるかしら?」
「……うー。
でも、楽しみなのです!」
どうやら、ノルノの中でオリジナルソングを聞かれた恥ずかしさより買い物欲が勝ったようだ。
自室に戻る途中で、騎士見習いと目が合った。
背が高く、短い栗色の髪の線の細い美少年。
眼があった瞬間、少年は頭を深く下げたまま礼をすると、微動だにしない。
「あなた……」
丁寧な所作の好青年だが、リリアナは瞬時に3歩後退した。
急に動悸が激しくなり、荒い息を吐いた。
(何やら命の危機を感じた。
この好青年が一体何をしたって言うんだ?)
「私が許します。
顔を上げなさい」
「は……お嬢様の許しとあれば」
騎士見習いは、顔を上げるとすぐに背筋を正した。
低く、落ち着いた声。
「……ヒース・トーテンランゼ」
思い出すより先に、口が覚えていた。
「名前を憶えていてくれたのですか!」
瞳を潤ませ、まっすぐに見つめてくる彼を見て、確信した。
(乙女ゲーム「恋は火炎&氷塊」の登場人物、侯爵令嬢リリアナの護衛騎士「ヒース・トーテンランゼ」。ユーザーが選択を間違えれば、ヒロインもヒーローも容赦なく串刺しにして、公式サイトにすら、「ミスターバッドエンド」といじられている)
「いやああああ!」
思わず叫んだリリアナに、ヒースは首を傾げた。
「どうしました、お嬢様?」
その面持ちに、殺気は一切ない。
ただ、静かで、忠実な騎士の顔。
(この好青年が、あの「ミスターバッドエンド」……?
人を刺しながらくるくる回るランスの幻影が脳裏をよぎる。
いや、やめろ、串刺しの記憶!)
リリアナの身体の震えは止まらない。
(いや、待てよ。
オレは今リリアナなんだ。
ヒース・トーテンランゼ。
誰よりもリリアナを思い、その憧れのために、その身を狂気に染めた騎士見習い。
……この世界に、こいつより頼りになる奴、いないかもしれない)
フラグを間違えれば、ヒーローもヒロインも串刺しにする悪魔の槍。
(オレに使いこなせるか?)
数秒の沈黙の後、リリアナは口を開いた。
「ねえ、ヒース。
私、所用で王都に行くのですけれど……ついて来てくださるかしら?」
ヒースは目を見開いた。
「わ、私で良ければ喜んで!」
頬を染めるヒースを見てもなお、リリアナは恐怖で身体を震わせていた。
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