2話 悪役令嬢と誤解の加速
リリアナが目覚めて数日が立った、ある日のこと。
銀糸で刺繍されたテーブルクロスの上には、朝陽に照らされた銀の食器がお行儀よく並べられ、朝食だと言うのに、肉や魚が豪勢に盛り付けられている。
木製かごには、整然と並べられた色鮮やかな果実や焼き菓子。
(さすが、侯爵家。食う寝るだけには困らないんだろうけど。
ただ、ごろごろ食っちゃ寝してるだけでは、断頭台の運命からは逃れられない)
リリアナは、大きな腸詰を慣れないフォークとナイフで切り分け、口まで運んだ。
(日本人だから箸が恋しいけど、ワガママは言ってられないしな。
加工肉に、しっかりと塩味があるだけ良しとするか)
舌鼓を打ちながらも、リリアナは今後の生存戦略を考えていた。
侯爵や侯爵夫人が語り掛けるが、リリアナは話半分、上の空。
「リリアナ、あなたの大好きなマドレーヌ。
キャラメルホイップのバターシュガー掛けですよ!」
(それは、糖分で錬成した禁忌の化け物です、母上)
「結構ですわ」
中身は40歳男子。
リリアナに、甘いものは別腹と言う概念はない。
「午後は、水魔法の授業が控えているんですの」
廊下の石畳をリズムよく鳴らし、食堂を後にする。
それを見て、侯爵は眼を細めた。
「リリアナは、目覚めてからというもの、歌や踊りや社交を、全部魔法と戦闘と陰謀に変えてしまった。
おまけに、肉や燻製、漬物を好むようになり、ワシと同じものを好んで食うのだ。
それはつまり、侯爵を継ぐ意思の現れということだな!」
満足そうに言った後、侯爵は雌鹿のモモ焼きにかぶりついた。
「でも、リリアナは……前より甘いものをあまり食べなくなりましたし、縫物や、お歌を一緒にしてくれませんの」
クララはしょんぼりとしながら、キャラメルホイップのバターシュガー掛けを口いっぱいに頬張った。
★☆
堅牢で知られる大きな白壁によって守られた侯爵家の屋敷。
その中庭に立つリリアナは、熱心に水魔法の練習に励んでいた。
地面いっぱいに、杖で書いたであろう魔法陣。
額からは汗が滴り落ちていた。
「おい、ノルノ。
リリアナの汗を拭いてやれ」
屋敷の窓を開け、侯爵が獣人のメイド【ノルノ】に声を掛けた。
「は、はい! 頑張るのです!」
侯爵の指示を受けたノルノは、猫耳を震わせながら、あっという間にリリアナに近づいた。
黒地で要所にフリルがあしらわれたメイド服。
二つに結んだ桃色の髪の上、白いヘッドドレスからぴょこんと猫耳が飛び出している。
日に焼けた肌が、ノルノの活発さを表していた。
「……ねえ、あなた。
私に近づいた後、口を開けて……なぜずっと黙っているのかしら」
リリアナの質問にも、ノルノは黙り込んでいた。
(無言の猫耳もかわいいけど……空気が重い)
「あなた。
私に、何か話すことがあるのではなくて?」
「……リリアナ様、水をかけてしまって、ごめんなさいです!」
ノルノはぐいっと頭を下げた。
(思い出した。
この猫メイド――ノルノがバケツをひっくり返して、私は水をかけられたんだ。
その後、高熱を出したから、侯爵や執事長エドガーから、ノルノはこっぴどく叱られていたっけ)
遠巻きに見ていたメイドたちは、ノルノに冷たい視線を投げる。
「またあの猫のドジのせいで、私たちまで説教されるわ」
「ほんと迷惑よね」
(おーい、キミたち聞こえてるよ。
……陰口はせめて小声でやれ)
水をかけたことを怒られるとおもっているだろう、ノルノはぶるぶると震えている。
「ノルノ。
私は怒っていないわ。
だから、あなたがぎゅっと握りしめているそのタオルで、私の汗を拭いてくれると嬉しいのだけれど」
「は、はい!」
その言葉にほっとしたノルノは、リリアナの顔を丁寧に拭く。
不器用なノルノが一生懸命に拭くが、こそばゆくてリリアナの眉がピクピクと動く。
「あんなに眉をひくつかせて……やはりリリアナ様の怒りは収まっていない!」
「「ひいい!」」
はたで見ているメイドたちは震えあがった。
(いや、こそばゆくて眉が動いただけなんだが……)
「おーい、リリアナ。
最近一生懸命練習している、魔法を見せてくれ」
侯爵は遠くから、リリアナに注文を付けた。
(正直面倒だが、侯爵の言うことを聞いてやったほうが、面倒は少ないか。
しかし、この習いたての魔法は危ないし、ノルノに令嬢っぽく、どきなさいってどう言えばいいんだ?
まあ、カッコよく言うか)
「おどきなさい!」
ノルノの身を案じた言葉だが、リリアナの威厳ある声に、メイドたちは委縮し、震え上がった。
(んー、少し声を大きく出し過ぎたか?
怖がらせるつもりは無いんだが……)
「身も凍る冥王のささやきに、眠っていた妖精たちよ。
目を覚ませ、人の身において、自由を約す。
水精の遊園!」
習いたての水魔法を詠唱しながら陣を描くと、魔法陣が光り出した。
(え……光が強すぎる……)
魔力の大きさは、リリアナの想像を遥かに超えていた。
「皆、離れなさい!」」
バシャーン。
叫びに反応して皆が逃げ終わる前に、魔法は暴発。
水が砂を巻き込み、轟音とともに泥が噴き上がった。
冷たいしぶきが頬を打ち、衣服には瞬く間に重い泥水が張り付く。
「「きゃああああああ!」」
ノルノだけでなく、距離を取っていたメイドたちも例外ではなかった。
「やっぱり怒ってらっしゃるんだわ!
リリアナ様は自分がやられたことと、同じことを私たちにやり返したんだわ!
すみません、すみません!」
メイドたちは泥にまみれながら謝り続ける。
「見事だ! これぞ侯爵家の魔力の底力!」
侯爵は拍手しながら笑っている。
(あの、侯爵様。
少しは部下のメイドたちを心配した方がいいと思いますよ……。
それにしても、メイド達はリリアナを恐れ過ぎているようだ。
……ねえ、神様。誤解ってどうやって解けばいいんですかね)
リリアナは天を仰いだ。
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