パンデミック ドライブ
国道55号線から高須に向けて車を走らせる光汰。
しかし、助手席に座る少女の顔色は白く、額には汗も浮かんでいる。
その事に光汰も気づいているのか、運転をしながらチラチラと少女の方に視線を向けている。
「だいじょうぶかい?」
「だいじょうぶ…じゃないかも。この乗り物うるさくて…おなかから何か出てきそう」
少女の発言に光汰はゆっくりと停車し、すぐさま車のエンジンを切ると、車から下車すると周囲を見渡しながら、助手席の扉を開けて少女を抱きかかえる。
「ほら、ここなら我慢せずに吐いていいよ」
「うっ、うげげ、げほっ!げほっ!」
「お水。嫌な味が無くなるまで、口の中でぐちゅぐちゅってして吐きだして?」
「でも、お水は飲むために…」
「また俺が見つけるからいいんだよ」
「ありがとう。ガラガラガラ…うへぇ」
「ま、まぁ、いいか」
少女の背中を擦りながら、車を見つめる光汰。
少女は『うるさい』と言っていたが、光汰が家から乗ってきたのは、ミニバンの中でも特に静粛性が優れているアルフォード。気密性も高く、ノードノイズや風切り音が車内に届きにくいはずだが、少女は一体なにが煩かったのか?
「ごめんな。普段車に乗らないから、俺の運転荒かったかな?」
「ううん。走ったときに…私のドキドキしてる音でも…気持ち悪くなるから、お兄ちゃんのせいじゃない」
少女の言った事を理解できないのか光汰は首を傾げる。
「ドキドキしてる音ってのは……心臓の音ってことかい?」
「分からないけど、ここでドクドク動いている物の音」
そう言って、少女は自分の胸に手を当てる。
どうやら、少女の言うドクドク音とは自分の心音の事で間違いないようだ。
「お兄ちゃんのドクドク……早くなったよ?」
「バレちゃったか?」
「うん!だって聴こえるもん」
「はは、聞こえるか。まったく良い聴覚ををもってるね」
光汰は再び車の方に顔を向ける。
少女は心臓の音が聴こえるほどの聴力をもっている。
いくら静粛性の高い車といえ、少女にとっては音の爆弾なのだろう。
車は移動手段だけでなく、後部座席に荷物も載せられる便利な物だが、少女が音酔いで体調を悪くすることを考えると、車ではなく徒歩で移動した方がいいが、光汰はどうするのだろうか?
「わたし我慢するから、だいじょうぶだよ」
「何かしら考えるから、子供は我慢しなくていいの」
「じゃ、おなかすいた!」
「さっき吐いたばかりなのに、本当にいろいろ凄い子だねぇ」
「えらい?」
「あぁ、我慢せずに言えて偉いぞ」
「えへへ。いただきます!んむんむ、そう…いえば…」
「ポロポロ落ちてる。ゆっくりでいいから、どうしたんだ?」
「ごく。くるま?の反対側にいる人はお兄ちゃんのお友達?」
少女の発言に光汰が車の反対側を覗き込むと、30メートル以上離れた位置からゾンビが近づいてきていた。
「よく……あの人の音も聴こえたのかい?」
「うん。お兄ちゃんと…ちがって……ドクドクは…聴こえないけど」
光汰は少女を助手席に乗せ『すぐに戻る』と言うと、少女を車に残して近づくゾンビの方へ走り出す。音か姿か光汰の存在に気づいたのか、ゾンビも猛ダッシュで光汰に近づいてくる。
「掌底」
胸を殴られけたたましい轟音とともに、10メートル近く吹っ飛ぶゾンビ。光汰に殴られたゾンビは体をピクピクと動かしてはいるが、胸骨と肋骨が陥没し、背中から内臓が吹き飛んでいる影響なのか立ち上がろうとはしない。
「う~ん。この先どうすっかなぁ」
光汰は頭をポリポリ搔きながら、少女の待つ車へと引き返す。
助手席の扉を開けると、助手席では少女がうとうとしていた。
その姿を見た光汰は目を丸くしたが、静かに座席を倒して上着を掛けると扉を閉め、車の上にひょいと跳び乗り、ブラックコーヒーの蓋を開ける。
「そういえば……あの子の名前聞いてなかったな」




