パンデミック4日目 爆弾発言と察し
パンデミック4日目の夜……地下研究所
ここは職員が体を休める宿直室だろうか?
壁沿いに並ぶ二段ベッドの一つに点滴を受けながら横たわる女性と、そのすぐ隣で心配そうな表情で姉のことを見つめる陽翔。
「これでお姉ちゃん、良くなりますか?」
「良くなってくれると良いが、後はお姉さん次第かな」
「……」
「お姉ちゃんはあんな状態でも陽翔くんを心配する強い人だ。そんなお姉ちゃんが陽翔くんを置いていくわけないだろ?」
「う…うん」
「きっと良くなるからそんな顔するな。さ、これでも食べながら、お姉ちゃんの傍にいてやってくれ」
「お兄さんは?一緒に居てくれないの?」
「俺はさっきの部屋でふうちゃんと話をする約束があるんだ。でも、お姉ちゃんが起きたり、何か変化があったら呼びにきてくれ」
「わかりました」
「頼りになるな。それじゃ、お姉ちゃんの事は任せたぞ」
光汰は陽翔の頭を撫でた後、ベッドが並ぶ部屋から出て行く。
「光汰お兄ちゃん。あのお姉さんだいじょうぶだった?」
「んあ?まだ話しかけてないのに、よく俺だって分かったね」
「足音とドクドクって音が光汰お兄ちゃんだったからね」
「すごい判断力だ。あのお姉さんならだい……いや、正直助かるか分からん」
「そっかぁ。早く元気になるといいね」
「ああ、そうだね」
椅子に座り足をパタパタさせる少女と、それを見ながらコーヒーを飲む光汰。
女性を運び込む前は、この部屋で話し合いをしようと言っていた気がするが、お互いに何を考えているのか話を切り出そうとしない。
「「ねぇ…あっ」」
「ど、どうしたの?光汰お兄ちゃん?」
「ふうちゃんこそ、俺に何か聞きたいことがあるんじゃないかい?」
「う、うん。それじゃ…なんで、あのとき私を助けてくれたの?」
少女の問いに光汰のコーヒーを傾ける手がピタリと止まる。
「少し長くなるけどいいかな?」
「うん。お話は好きだから聞かせてほしいな」
「ありがとう」
光汰は笑みを見せる少女の頭をそっと撫でる。
「俺が子供の時の話なんだけど。俺は本当の親から殴られる事は無かったけど、ずっと暗い部屋に閉じ込められていてね」
「ひどい!」
「はは…まあ、何だかんだあって兄さんが助けてくれたんだけどね」
「光汰お兄ちゃんのお兄ちゃん?」
「ああ。血は繋がってないけど、養子…あ~、替わりの家族?みたいになってからは、父さんも母さんも凄く優しくて、兄さんは何も知らなかった俺を人に成長させてくれて……愛情や沢山の物をもらった恩人なんだ」
「光汰お兄ちゃんも、わたしにとっては恩人だよ?」
「はは、それは嬉しいな。まぁ、初めて会ったとき、ふうちゃんパンの袋の開け方知らなかっただろ?それが昔の自分の姿と重なって、兄さんが助けてくれたみたいに、俺もこの子を助けなくちゃって思ってね」
「そうだったんだ……あ、ありがとう」
少女は勢いよく頭を下げると、目の前の長机に額を思いっきりぶつける。
「イッタァ~!」
「だ、だいじょうぶか⁉」
「うわぁん。お話に夢中で、ここにあること忘れてたぁ」
「おでこ診せて」
「うわぁん!光汰お兄ちゃん痛いよぉぉ」
光汰はおろおろしながら、涙を流す少女の頭を撫でる。
「えっと、もう痛くない?」
「触ると痛いけど、だいじょうぶ」
「触ったらだめ!はぁぁ、心配かけさせないでくれ」
「ごめんなさい。それより、次は光汰お兄ちゃんの番だよ?」
「んあ?俺の番っていうと?」
「光汰お兄ちゃんも、わたしに何か聞きたい事があるんじゃないの?」
少女が首を傾げながら言うと、光汰は黙って瞳を上に向ける。
「ふうちゃんはここに来たとき、何で自分にお薬使われるって思ったの?」
「それは…ここにある物の形が、私がいた病院にあった物と同じだったから」
「んあ?ふうちゃん、なんの病気なの?」
「う~ん。みんな病気だって言われたけど、何の病気なのか先生は教えてくれなかったけど、お薬とか注射しても目が見えなくなったから、わたしは目の病気だったのかも」
少女の答えに光汰の表情が険しくなる。
パッと見て少女の瞳は白内障でもなければ、先程机に額をぶつけて涙を流していたのを見ると、特段目に異常があるようには見えない。
「ふうちゃん。その……話を変えるけど、俺と会う前までどうやって怖い人から逃げていたんだい?」
光汰の質問に対して、少女はきょとんとした表情で首を傾げる。
「何度か怖い人が付いてくる事はあったけど、付いてこないでとか近づいてこないでって思えば、みんなどっか行ってくれたよ?」
少女の答えに何を思ったのか、光汰は口を開けながら背もたれに背中を預ける。
「それじゃ、次はわたしの番ね!」
「ん…あぁ、いいよ」
「光汰お兄ちゃんは、ここで何の薬を作っていたの?」
「兄さんの病気を治す薬だな」
「光汰お兄ちゃんのお兄ちゃんも病気だったの?」
「ああ、気づいた時にその薬はどこにもなくてね。だから、いつしか話した無いなら替わりの物か、自分で作るしかないって思って、ここで薬の研究と開発をしていたんだよ」
「すごいすごい!それで、お兄ちゃんは元気になったの?」
「いや…死んでゾン……怖い人になってたから…まぁ、うん……」
思っていた事と全く違う答えだったのか、少女の表情が曇る。
「光汰お兄ちゃん。怖い人って……ずっと前からいたの?」
「う~ん。いや?最近っていうか、四日前まではいなかったよ」
「四日……前……」
何か思うことがあったのだろうか?
四日前までゾンビが居なかった事を知り、ボロボロと泣き出す少女。
「ど、どうしたんだ?またどこか痛いのか?」
「ち、ちがうの…わたしが……わたしたちのせい……かも。怖い人が……いるのも、光汰お兄ちゃんのお兄ちゃんが怖い人になったのも……ぜんぶ、わ、わたしたちの――」
「落ち着いて。大体わかってるから――」
「光汰お兄さん!」
慌てた様子で廊下から走ってきた陽翔は、二人の様子を見て目を丸くする。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっとね。それより、お姉さんに何かあったのか?」
「うん。今、目を覚ましたんだ」
「そうか。見てくるから、陽翔くんはふうちゃんを見ててくれないか?」
「はい、わかりました」
「あと、これ…その……なんだ……まぁ、任せた」
陽翔は光汰から小さい箱を受け取り、涙を零す少女の隣に座る。
「どうして泣いてるの?」
「わたし……わたし……謝っても許してくれない…ことしちゃったかも」
「お兄さんと喧嘩したの?」
「喧嘩はしてないけど……嫌われちゃう……かもしれない」
「お兄さんがふうちゃんをかぁ。ボクは嫌わないと思うなぁ」
「どうして?」
陽翔は先程光汰から受け取った箱の封を切り、中から一粒のチョコを出して少女の手に乗せる。
「なにこれ?」
「ふうちゃん……目見えないの?」
「うん。なにこれ?」
「お兄さんがふうちゃんにって渡してくれたチョコだよ」
少女はゴシゴシと涙を拭きとり、掌の上に乗っているチョコを口に投げ込む。
「おいしい?」
「うん、おいしい」
「ふうちゃんは嫌いな人にチョコあげたいと思う?」
「ううん…思わない」
「でしょ?だから、お兄さんはふうちゃんのこと嫌いじゃないと思うよ」
少女は僅かに頬を緩めると、少年の持つ箱からチョコを一粒持つ。
「はい、あ~ん」
「え?!いや、これはお兄さんがふうちゃんに――」
「あ~~!」
「あー、んっ」
「おいしいでしょ?」
「う、うん」
歳が近いから?チョコのおかげだろうか?
先程とは打って変わって、笑顔を浮かべながらチョコを食べ合う二人。
その一方……。
別室にいる光汰と女性は…。




