パンデミック4日目 ふうちゃんの不安要素
高知県高知市…海の近くにある大きい建物の前で車が停まる。
「すぐ戻ってくるから陽翔くんは、お姉ちゃんと一緒に車に残ってくれ」
「わかりました」
「ふうちゃん。ふうちゃん…あぁ、そうだった」
光汰は曲の流れているイヤホンを少女の耳から外す。
「ふうちゃん。悪いが一緒に来てくれないか?」
「うん。わかった~」
光汰は少女を抱きかかえ、建物の入り口に走る。
建物の入り口側の大部分はガラス張りで、中のロビーにゾンビがいないことは外から確認できる。
「システムがまだ生きてくれてるといいが」
光汰は敷地内に広がる太陽光パネルを見ながら、サイドポーチからカードを取り出すと、入口の壁にある端末にカードをかざす。
「わ!なんか横に動いたよ」
「こういう扉なんだよ。さぁ、行こうか」
誰もいないロビーを駆け抜け、エレベーターにカードをかざし、ピッという音の後に下のボタンに手が伸びるが、光汰の指がピタリと止まる。
「ちっ、死んだら元も子もねぇか」
「わわっ!」
光汰はエレベーター前から離れ、非常階段と書かれた扉の前で少女を下ろす。
扉の先にゾンビが居ない事を確認するためか、光汰は扉を叩くが、扉の先から叩く音は聞こえてこない。
「はぁ。ふうちゃん。この扉の先に怖い人がいるか分かるかい?」
「今は何も聴こえないけど、この扉の奥?」
「ああ。扉を開けた途端に怖い人がいたら大変なんだ」
「やったことないけど…光汰お兄ちゃんのためなら頑張ってみる」
少女は扉に耳を付けると、そっと目を閉じる。
「光汰お兄ちゃん。叩いてみてもいい?」
「ああ、任せる」
少女は耳を当てながら、小さな手でコンコンと扉を叩く。
「扉の奥に怖い人はいない…けど、上は3つ、下は2つまでしか分からなかったから、その先にはいるかも」
「扉の先にいないと分かっただけで十分だ。ありがとう、助かったよ」
カードをかざして扉を開くと、光汰は手すりの隙間から下の階を覗き込む。
手すりの隙間からゾンビの有無を完全に確認する事はできないが、扉が閉まる音が鳴り響いても上下から、ゾンビの呻き声は聞こえてこない。
「よし、行こうか」
「抱っこ、抱っこして」
「ほい。一番下の階まで行ったら下ろすから、今やったのもう一回お願いできるかい?」
「うん!また頑張るね!」
「ありがとう。本当に頼りになるよ」
地下5階。
光汰と少女は12畳くらいの広さがあるスペースに辿り着く。
エレベーターの扉もあるが、その反対側には端末の付いた扉と、先が見えない特殊な加工がされた大きなガラスが張られている。
「光汰お兄ちゃん。この建物は何するところなの?」
「落ち着いたら話すよ。もう一回、さっきのお願いできるかい?」
「う、うん。やってみるけど、ちゃんと教えてね」
「ああ……約束するよ」
先程の方法で中の安全を確認し、電子端末で扉のロックを外す。
扉の先は何かの研究室だろうか?電子顕微鏡を始め様々な器具が並んでいる。
「これと、これと…維持液、維持液…んあ?生理食塩液ってどこだ?」
「こ、光汰お兄ちゃん。ここ何するところなの⁉」
「ん~、新しいお薬を作るところ…かな?」
「そ、そのお薬…わたしに使うの⁉」
「ふうちゃんにそんな事は…」
何か思う事があるのだろうか?
少女の顔から血の気が引き、小さい体が小刻みに震えている。
「ふうちゃん」
「な、なに?」
「あのお姉さんを助けたら、過去に俺が何をしていたのか、ふうちゃんもどこで何をしていたのか、二人でゆっくりとお話しないかい?」
「う、うん……でも――」
「でも?」
「わたしにお薬使わないって約束してくれる?」
「それは時と場合によるかな。ふうちゃんがお姉さんみたいになったとき、薬を使わざるを得ない。ふうちゃんは、お薬を使うのと、辛くてチョコパン食べれないのどっちが嫌かな?」
「おくす……チョコパン食べれない方が嫌…かも」
「お薬も極力使わないし、辛い思いもさせないようにするから安心してくれ」
「うん……約束だよ」
「ああ、約束。それじゃ、お姉さんを連れてくるから、ふうちゃんは少し待っていてくれ」
光汰は少女を残して、階段を駆け上がっていく。
一人部屋に残った少女は鈴を鳴らし、椅子の上に乗ると軽く溜息を吐く。
「この部屋……わたし達がいた病院に似てるなぁ」




