083話 【SIDE-鷹野菖】あなたにみえるもの
「はぁ、はぁ……間に合った……! 大丈夫か!?」
「おつろーくん……どうして……」
恐怖が引いていく安心感と、混乱する頭。
一気に押し寄せてくる疲労感と、寒さで悴む身体。
何も視えない世界で、最も信頼する男の腕に抱かれながら、私は声を振り絞る。
「そんな話は後で良い。怪我は無いか? 身体が大分冷えてるな、とりあえずこれを羽織れ」
私より一回り大きな、少し熱の籠った布が身体を包む。おつろーくんが着ていたダウンジャケットか何かかな。
「……ごめん、今、何も視えてない」
「っ! ……そうか、……でも、もう安心しろ」
なんで?
「俺がついてる」
なんで来てくれたの?
「なにそれ……まるで……正義の味方じゃん」
私は朦朧とする意識の中で、掠れた声で茶化す。あぁ、やっぱり彼をからかっている時が一番幸せかもしれない。
「……アイちゃんのチカラ……失くなっちゃった。だから多分もうこの先ずっと、おつろーくんの顔……見れないや」
彼は声を上げなかったし、表情も視えないんだけど、私を抱く腕に力が入ったから、きっとその意味を理解したんだと思う。
私が今視えてないのは、電池切れとか電波障害とかの一時的なものじゃないってコト。
「予兆があったのに、俺を心配させまいと黙ってたんだな」
あれだけ一緒に過ごしてたんだもん、そのくらいすぐ気付かれちゃうか。置き手紙に書いた時間切れっていうのも、そういうことだって。
おつろーくんの長い指が、私の悴んで縮こまった指を力強く包む。
聞きたいこと、いっぱいあったんだよ、私。
お父さんがどこに行ったか心当たりはない?
どうして鳥狩村に取材になんか来たの?
私を営業所に受け入れてくれたのは何故?
「ありがとう……来てくれて」
でも、そんなコト今はどうでも良いや。
私は温もりを求めるように彼へと体重を預ける。掠れた声を震わせながら、伝えなきゃいけなかっかたコトを伝える。
「怖くて……ホントは……全部、ぜんぶ……」
常闇の世界で生きてかなきゃいけないことも。
事故の日の記憶を失ったままなことも。
お父さんにもう会えないかもしれないことも。
これっきりおつろーくんに会わないつもりだったことも。
「よく耐えた。もう大丈夫だ。気が付いてやれなくて悪かった」
悴みきっている私は涙一滴も流せそうにない。
良かった、おつろーくんに泣き顔を見られずに済む。
「ううん、来てくれたじゃん、おつろーくん。……どうして来たの?」
これ以上詮索されたくない感じの置き手紙だったじゃん。
だったらもう、そこから先は我慢しなきゃでしょ。私たちの関係ってそうだったハズじゃん。これは、フェアじゃないよ。
「ひとりで悩みたい時は俺にだってあるし、だからそれは尊重する。でも秘密に触れない事と目を逸らす事は違う。たとえ互いの意識が遠かろうと、そのままの形で菖はずっと側に居てくれただろ。だから俺が耳を澄ませる事も……許してほしい」
なにそれ、珍しく言葉が足り過ぎてるよ。
「だってまだ俺には、菖にお礼を言わなきゃならない事がたくさんある」
それは私の方なんだってば。
普段は言葉選びが不器用で、でも私の知らないコトいっぱい知ってて、一緒にいると刺激的なコトばっか起きて、昔の事でいつまでもうじうじしてて、たまに私の考えてるコトを先回りしたりして、お互いに茶化したり意地悪言ったり張り合いが対等にあって、私が言いたくないコトは聞かないでくれて、なのに私が思ってたよりもずっと私のコトを知っててくれて――
私はゆっくりとおつろーくんの方へ手を伸ばす。
その指先が、頬と思われる肌と触れ合う。
「……なんでおつろーくん……泣いてるの……?」
――それで私の為に泣いてくれる、私の大切な人。
互いに秘密を抱えたまま、心を通わせることができる人。
私にとって初めて、対等に触れ合えた人。
彼への愛おしさと、彼が愛おしく思ってくれる温かみが込み上げてくる。その安心感でだんだんと意識が薄れてくる。
おつろーくんは、私の身体が温まるまで長いこと抱きしめててくれた。お互いもうそれ以上の言葉は無かったし、震えていたのがどっちかも判らない。それでも彼の温かみは、私を支配する真っ暗闇の世界に安心をくれる。
あぁ、おつろーくんの泣き顔、見たかったな。
吹雪が弱まったのを見計らって、おつろーくんが私を背負って実家まで降りてくれた。お母さんは当然驚いていたし、おつろーくんとの間にどんなやり取りがあったのか私の意識ではもう聞き取れもしなかったけれど、とりあえず温かい家に迎え入れられて私は気を失った。
後になって聞いた話だけど、おつろーくんは私の夏物のポケットから参院選の時の封筒を見つけて、私と鳥狩村の関係に気付いたらしい。財布の中とかもレシートだらけにしちゃうタイプなんだよね、私。
それで、出会ったあの日に私が鳥狩村取材メモファイルの存在を覗き見して、計算尽くでぶつかって来たのにも気付いたって……いや、ぶつかっちゃったのは事故なんだけど。そのぐらいなら平気でする女だって思われてるのは不服。
そんでもって、鳥狩村に取材した日に出会った人が私と同じ苗字だったこと、その取材内容とアイちゃんのチカラが似てたこと、私がワスレモノの手掛かりの入った箱を既に見つけていると言ったこと――そういうのをどんどん思い出していって、気付けば私を追いかけて青森へ向かってたって言ってた。俺もまだ菖に伝えなきゃいけないことがある――だってさ。
3年前の記憶を辿ってバス停を降りたものの、吹雪始めの雪道に辛うじて残ってた足跡が山道の方に進んでるのに気付いて、嫌な予感がしたおつろーくんは直ぐに修験道場へ向かった。取材でその存在を知ってたのが大きかったって。そしてそのお陰で私は命を救われた。
そんなワケで私は、ワスレモノの手掛かりをその箱ごと持ち帰ってきてしまった。




