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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第05章 一過性ドラマツルギー
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078話 【SIDE-鷹野菖】私なり心化粧

 この男を連れ回して、いくつか判ったことがある。


 やっぱりこの男は記者だった。

 でも報道革命でその仕事に嫌気が差したとか言ってて、結局辞めちゃったらしい。もしかしたら私がアイリス時代に敵対視してたシロ側の思想を持った人かなって警戒したけど、男はソラ色を自称した。


 ソラ色――それはアオ派にもシロ派にも染まらない、どっちつかずの思想。……いや、思想ですらないのかも。利権第一の政治家のコトも、若者によるアオ派の運動のコトも、どっちもどっちと思ってるヤツら。


 そしてそれは、実はお父さんの立ち上げた会社の理念と同じ。コンフルエンサーだった私は今もソラ色の人を軽蔑するべきなのかな。


 けど、どっち付かずなのは私も似たようなモノか。

 アイリスとしてのメッセージを出すチャンスはまだあるのに、もうアオの人たちを引っ張っていくことを放棄しちゃってるんだから。


 ……まぁでもそんなコトは今どうでも良くて。

 問題は、この男が勤めてた会社が倒産してるってコト。


 さっき覗き見たメモを信じるなら、この人が鳥狩村に取材に来た日は確か、お父さんが最後にお母さんと連絡をとった日。この一致は無視できない。更にはソラ色という思想まで合致している。

 この男がお父さんの会社に居た可能性はかなり高い。



 本当は今すぐにでも聞き出したい。

 あなたは何で鳥狩村を取材していたの? あなたの勤めていた会社の社長の名前はもしかして――

 でもそんなのを今聞くのはどう考えてもおかしいし、だったら聞けるくらいまでこの男と関係性を深めなきゃならない。このくらい年齢の男は、学校の先生を除けば、高校時代に路上でお金をちらつかせて絡んできた連中くらいしか知らない。だから敢えてタメ口で話すだとか、そんなヤツらの懐に入れるように振る舞う。


 私って意外と悪い女? ちょっと楽しくなってきたかも。


 幸い、適当に愛想を振り撒いたら、この男はまんまと私の言いなりになって付いてきてくれてる。

 なんか寂しそうな雰囲気を出してたし、パートナーとかも居ないのかな。こっちが興味を持った素振りを見せれば、自分の事をどんどん語る。この人チョロいかも。


 でも――



「……昼飯は奢ってやれなくて悪かったが、俺にも次の仕事が待ってる。お前のスマホ代は色を付けて返すから、こんなしょうもない男との関係はもうお終いにしな」


 私に導かれるままに遊歩道を抜け、雑居ビルの建ち並ぶ往来で、しかし彼はそう言った。

 ストーカーを巡る私の不思議な言動も、こんな聞き上手な相手との時間も、この男は全部なかったことにして去ろうとしている。


 それでも元記者? ヘタレ。

 こんだけ話を聞いてあげたんだから、あなたも私の話を聞くべきでしょ。気付いていないだろうけど、私たちはもう変な因果で繋がってるんだから。


「“お前”じゃない……私の名前は、鷹野菖」


 私は名乗る。

 まだまだ、この男を逃す気はない。


「次は、私のヒミツを話す番だね」

 私がそう言うと、彼はこっちも嬉しくなってしまうくらいの、見事な驚き顔を見せてくれた。




 私はこの男の新居にまで上がり込み、そしてアイちゃんの秘密を話した。今日会ったばかりの人にそれは危険だとは思ったけど、でも私にもっと興味を持って貰わなきゃなんないから、背に腹は変えられない。

 そのくらいの覚悟を持って、家を飛び出てきたんだから。


 だってこの人は、多分お父さんの会社に勤めてた人。倒産寸前になっても在籍してたんなら、お父さんの事も慕ってたに違いない。……ならきっと、悪い人じゃない。

 それにこの人は見ず知らずの私に、溜まっていた感情を随分と好き勝手に吐き出してくれた。だったら私だってそうする権利はあるでしょ。お互い様だよ。


 この男の人となりは大体分かったから、また作戦を練ってスムーズにお父さんの事を聞ける手立てを打とう。住所は抑えたから、いつでも押し入るコトはできそうだし。

 今の段階であんまりがっつき過ぎても怪しまれるし、名前はまた今度聞けばいいか。


「ゴメンね、変な話聞いてもらっちゃって。でもありがとう、ちょっと楽になった。……じゃあ、私そろそろ帰るね」


 今日は早くネカフェを探さなきゃ。

 それに明日からは食い扶持とかも考えないと。

 これからこの街でアテもない独りの生活が始まるんだから、こんなところで弱音は吐いてられない。


「待て。……どこへ帰る気だ」


 不意にかけられる背後からの声に、事務所のドアノブに手を掛けていた私の手が止まる。外から室内に漏れる日はもう僅かになっており、夜の帳が降り始めていた。私のいる玄関辺りにはその光も届かず、真っ暗だ。


 さっき突き放しといて、ここで引き留めるのはズルくない?


 男は、捲し立てるように、私に帰る場所が無いだろう事を暴いた。それは責めているかのようで、でも不器用ながらも何かを伝えようとしている。


「どうして、区役所にいた?」

「……ワスレモノをね、探しに来たの」

 いつかその全てを話さなきゃならないけど、でも今はこう言うしかない。


「3年前に事故で、不本意な形でこの東京を去ることになって、でも心残りがあるからその為に帰ってきたの……けどさ、何か勘違いしてるみたいだけど私はもう19! アルバイトも賃貸だって、一人で契約できるんだからっ」

 これは強がり。本当はこの人の同情を引くような事をもっと言った方が良いんだろうけど、何故だかそんな気になれないから。


 だから――


「ウチで、働いてくれないか」


 そんな風に言われて、そりゃあ私には都合が良かったよ、笑いが込み上げてくるほどに。乗らない手はない。でも、ムシが良すぎるから、それだけじゃないってことにしても良い?


「ありがとっ、おじさん!」


 ――その答えも、これから探すことにするね。


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