077話 【SIDE-鷹野菖】これを偶然とは言わせない
バスを降りると、ほぼ3年振りの町。
閑散とした早朝の麓町ですら、どこか新鮮に感じる。
人とすれ違うだけでも久しぶりの感覚で、そこでとある事に気付く。
歩きスマホをしている人にすれ違う度、私の眼裏にその画面が現れては消えていく。ある程度予想はしていたけど、どうやらアイちゃんはデザリング範囲に入った全てのデバイスの画面を私に視せてくれている。
このチカラはお父さんを見つけるのにも役に立つかもしれない。……ちょっと犯罪っぽいけど。
地元のローカル線から新幹線へと乗り継ぎ、青森県から東京を目指し南下していく。
電車内ではデザリング機能を切りつつ、休憩に努めることにした。いくつもの画面が視界の中で点いたり消えたりするのは初めての体験で、私が3年間で培った画面酔い耐性の限界値も少な目に見積もって置いた方が良さそうだから。
そうして5時間をかけ、私はこの街に帰ってきた。
7月の日差しは村で感じるより遥かに強く、汗ばむ。
あの頃と変わらずこの渋谷という街は、信じられないほどの数の人間に溢れている。私の視界にはイルミネーションの様に様々なスマホ画面が明滅する。
みんな歩きスマホし過ぎ。人のこと言えないけど。
でも私のヘルメットにいちいち反応を示す人は、東京に着いてからめっきり見なくなった。その点は気持ち的に楽。他人のことを気にかけていられるほど、都会の時間の進みは遅くない。
とりあえず賃貸契約したいけど、そういうのには住民票とかが必要なハズ。しばらくはネカフェ住みも覚悟しつつ、どうすれば良いかも含めて区役所で聞いてみよう。
なにせ私はミニリュックひとつでここまで来ちゃったんだから。
しかし世間はそう甘く無くて、役所では何一つ解決しなかった。
青森からの転出届がどうだとか、今の手持ちじゃ身分証明に不充分だとかで、住民票の写しすら発行してもらえない。これは早くもピンチかも。
区役所の待合ソファで頭を抱える。眼裏に明滅する他人のケータイ画面はここでも相変わらずだけど、それにはだいぶ慣れてきた。
高校入学の時は、面倒くさい手続きは全部親頼りだった。そう考えると、私はまだまだ世間知らずの子供に過ぎない。
……だめだ、悲観しても仕方ない。
今あるお金でも数ヶ月はネカフェ生活ができるハズ。真っ当に暮らすのは諦めて、短期決戦でお父さんを見つけるしかない。
でも、どうやって?
当然、アイちゃんのメッセージアプリでお父さんに連絡を取ろうとはしたけど、向こうのアカウントは削除されてしまっていた。きっとお母さんとやり取りをしていたあの日を最後に、連絡手段を絶っちゃったんだと思う。電話だって繋がらない。
どうして?
離婚の時ですら円満だったのに、ここにきて絶交ってこと?
その答えは私の事故と関係ある?
お父さんを見つける手段が無ければ何も分からない。
じゃあお父さんの同業者を探すのが無難かな。あれでも結構業界では有名な人だったらしいし。お父さんの職業は――
『12/21 鳥狩村取材メモ』
そんな文字列が、不意に飛び込んできた。
私の視界に広がるいくつものスマホ画面。そのひとつに浮かんだそれを見逃さなかったのは、きっと見慣れた地名だったからに違いない。
そして取材メモってことは――“記者だったお父さん”と関係のある人かもしれない!
覗き見ていた誰かの画面では、取材メモのファイルが削除されてしまう。私はすかさず、ヘルメットのカメラに接続されている方の画面に意識を移す。その視界の中で、スマホを弄っている人をくまなく探す。
すると、ターゲットの画面が暗転して直後に、スマホをポケットに仕舞おうとしている人を見つけた。
スラックスやワイシャツのシワももちろんのこと、全体的にくたびれて見える30代くらいの男。彼はもう、出口の方へ歩き出している。
私は走り出した。
こんなチャンス、もうきっと巡ってこない。
なんとしてもあの人に話を聞かなきゃならない。
そんな前のめりな私を他所に、男は急に立ち止まった。勢い余って、その背中に衝突してしまう。
尻餅をつくなり、ぐらりと視界が揺れる。
ヘルメットがズレたことによりカメラが傾き、視界もおかしなことになってしまった。私は直ぐに両手でヘルメットを抑え、その角度を直す。そんなことをしていると、私の手元に大事なモノが無くなっていることに気付く。
「アイちゃん……っ!」
大丈夫、と自分に言い聞かせる。
視界が確保されてるってコトは、アイちゃんは壊れてない。東京駅の売店の中で一番ごついカバーを買ったお陰かも。
それでも落としちゃったなら、誰かに踏まれる前に拾わなきゃヤバい。私はキョロキョロと首を振ってアイちゃんを探す。
幸い、それはぶつかってしまった男の足元に転がっており、私はすかさずそれを手に取った。大丈夫、ちゃんと操作できる。やっぱり壊れてない。
「スマホは……すまなかった、怪我はないか?」
男の声が、とても申し訳なさそうに頭上から降り注ぐ。
私はその言葉を反芻する。男が私を見下ろしていたなら、スマホは壊れてなかったってわかってるハズ。私は意識をカメラに映るアイちゃんに移す。すると、もう慣れっこになってしまった所為で気にも止めていなかったけど、その画面には蜘蛛の巣状の痛々しい亀裂が走っていることに気付いた。
私は、この男をここで逃がさない為の策を、思い付いてしまった。
「スマホ、弁償してね、おじさん!」




