079話 【SIDE-鷹野菖】思い返せば鮮やかな
おつろーくんとの生活は驚きの連続だった。
個人タクシーの仕事は思ったよりもハイテクで、これが郷田とか日笠とかの力で実現したんだとしたら、確かに凄い。首都経済圏構想とかいうのも成功してるみたいだし、シロ派のやってる事が全部間違ってるワケじゃないんだろうなって実感。
それで、アイリスの事がまさかこんなに早くおつろーくんにバレるとも思ってなかった。だってたまたま忘れ物をしたお客様が、私の熱心なフォロワーだったなんて思わないじゃん。
私にそんなコトを言う資格は無いだろうけど、メイちゃんと知り合えてとっても嬉しかった。私がフォロワーみんなに抱いてた友達だって感覚は、一方的過ぎて自分を納得させるためのワガママみたいなモノだったけど、でもメイちゃんのコトは胸を張って友達だって言える。
向こうがどう思ってるかは分からないけどね。
私は明確な目的があってここにいるけど、それを知らないおつろーくんはどう思ってるんだろ。色々と行き当たりばったりで無警戒過ぎない? ……って、人のコト言えないか。
まぁでも、おつろーくんに愛想尽かされちゃったら住む所も稼ぐ所も探し直しだし、なによりお父さんからも遠のく。だから私だって頑張って気に入られなきゃいけない。それで思いつくのが、家事手伝いだとか夜勤明けのおつろーくんにコーヒーを淹れたりとか……それは拙い発想だったけど、この男は満更でも無さそうなので今は良しとする。
そして割と早い段階で、お父さんはやっぱりおつろーくんの会社の社長だったことも判明した。
おつろーくんの記者時代の後輩だって人が現れたから、もしかしたら何か聞けるかと思って、私はちょっと強引だったけど食事をご一緒したいって流れに持っていった。
そこでの話によると社長の名前は小鳥遊丈……って、本当はお手洗いに行っている体でおつろーくんのスマホを覗き見ちゃったんだけどね。それを知った時点で、その人は私のお父さんですって言っても良かったのかもしれない。そうしたらもっと色々聞けたかもしれない、まさしく絶好のチャンスだった。……でもどうしてかそうはできなかった。
お父さんが強面なのは認めるけど、ギョーカイでも結構な豪傑だったみたいな話も聞いた。おつろーくんも叱られたり、時にはゲンコツをくらったこともあったとか。何か新鮮で面白くて、ちょっぴり申し訳なくもなる話。
それで、やっぱり行方は誰も知らないみたい。
ねぇ、お父さんどこにいるの?
無事でいてくれてるの?
「うわっ、熱っ!!?」
「おい、大丈夫か!?」
不意に視界にノイズが走り、カメラ映像が明滅する。それがコーヒーを淹れるタイミングだった所為で、ポットのお湯で火傷してしまう。
「っ……だいじょーぶ、ちょっとお湯が手にかかっちゃっただけだから」
視界が霞む頻度が、徐々に増えてきてる。
やっぱり私にはもう、時間がない。
だからその辺の話を次に進めるために、早くおつろーくんに全てを伝えるべき。私は社長の娘で、あなたが取材に来た村の生まれ。もう一度お父さんに会うために、知ってるコトを全部教えて、って。
でも……おつろーくんは、必要以上に私を詮索してこない。
私って謎だらけでツッコミどころ満載だと思うんだけど。もっと色々聞いてきてくれれば、私だって色々聞きやすいのに。
アイリスの話も、メイちゃんの一件以降は詳しく聞かれたりしなかった。これでも私、何十万人もフォロワーのいたインフルエンサーだったんだから、もっと興味とか持ってくれても良いのに。ネットに載ってないコトとか、したい話もしたくない話もいっぱいあるんだよ。
私の実家の場所とか、この状況を親に説明してるかとか、そういうのもどうでも良いワケ? 一歩間違えれば、おつろーくん誘拐犯になっちゃうよ。
私から話すのを待ってるのかな、なんて初めの頃は思ってた。
けど、多分そうじゃない。
「でも、ってコトは今までの立場が不利になったから、憧れの記者を辞めたってコトじゃん! ダッサ!」
「言い訳はできないな……本当に情けないよ」
嘘つき。それだけで辞めるほどおつろーくんは物分かりが良くないって、そのくらいはもう私にも解る。だからきっと、彼は私に話せない自分を持ってる。
それを強く感じ始めたのは、病院であの人――都築甲斐斗さんと会って以降。あの時のおつろーくんのへこたれ様っていったらなかった。干支一回りも歳上の男が、あんな風になってるのは正直見てられない。
おつろーくんが私に詮索して来ないのは、私に自分を詮索されたくないから。昔話とか好き放題話すクセに、大事な話からはいつも逃げてるの、気付いてるんだからね。
だからそれを意識すればするほど、私は自分の話をし辛くなる。
おつろーくんに何も聞けなくなる。
「ワスレモノは、見つかりそうか?」
ドキッとする。
熱出して寝込んで、そんな情けない顔で聞かないでよ。
「うん。っていうか、本当はもう見つかりかけてる。ワスレモノの手掛かりが入ってる箱は、こっちに来てから割とすぐ見つけたんだけどね、実は。……ただ、それを開ける勇気が出ないんだ」
どうせ、その朦朧とした意識じゃ覚えてられないでしょ。
おつろーくんの額の冷却シートを優しく撫でながら、さっきまた調理中のノイズで火傷しちゃった手の痛みも感じつつ、私は半分は自分に向けて言葉を紡ぐ。
「だんだんと箱の方に愛着が湧いちゃって、そしたら箱を壊さないように中身を見たいって思うようになったんだけど。だから、なんとか箱を壊さずに開ける方法を探してる」
あぁ、また視界がノイズで霞んでる。
このまま、ここでまた失明しちゃったら、私は多分すごい取り乱す。それは見られたくないな。
ならもう潮時かもしれない。
だから最後の思い出作りのつもりで、学園祭デートをお願いした。それはおつろーくんの奥に秘められたものに少しだけ触れられそうな場所。
それで、私の2度目の東京遠征は終わり。
「一体何が、キミをそうまで変えてしまったのか……その理由、助手さんは知ってる?」
そこで出会った、桐谷ひのえさん。おつろーくんの学生時代の先輩で、多分私なんかより彼に詳しい人。そんな彼女も、知らないらしい。
「……知りません」
私も、知らないよ。知りたいよ。
でも、おつろーくんの周りには、彼のことを想ってくれてる人が何人もいる。だから少しづつ心を溶かして、いつかは乗り越えていくのかな。
私に時間があれば、もう少し一緒に居たかったな。それは多分、お父さんの話を抜きにしても。
今までお世話になりました。
突然のお別れになっちゃってごめんね。
でももう時間切れみたい。
何もかも自分勝手で、本当に最低だと思うけど。
こっちに来てから買った私物は置いていっちゃお。それを処分させられるおつろーくんを想像すると少し胸が痛いけど、それくらいの時間は私にも想いを馳せてよね。
この5ヶ月、私に居場所をくれてありがとう。
さようなら。




