066話 【SIDE-鷹野菖】鷹の眼
大晦日の昼下がり。もう雪は止んでいる。
私は足を取られぬよう、長靴でしっかりと雪道を踏み締める。
鷹野家最後のオオタカであるマナコは、離れの鷹小屋で飼われていた。木造とトタンで組まれたその小屋は古びてるものの、造り自体はしっかりしてる。広さは私の暮らす東京のワンルームと比べても遜色無いし、雪が侵入する心配も無い。
「マナコー、元気してたー?」
私は扉を開き、慎重に声をかける。
探すまでもなく、小屋の中央に渡された止まり木から、50センチほどの影が私を見下ろしていた。
まるで樹齢を感じさせる年輪のように、その胸部の模様は美しい横縞を織り成す。もう鷹狩を引退し筋肉量も衰えてるだろうに、そんなことを感じさせないほどピンと気高く美しい姿勢を保っている。そしてその琥珀色の眼球に宿る漆黒の瞳は、静かに私を捉えていた。
もう9ヶ月ぶり、マナコは私の事を覚えてるかな。
「私だよー。あやめだよー」
念のため、東京で買ったモノでは無くこっちでよく使っていた防寒着で来た。声の印象も大事なので、私は話しかけ続けながら、持ってきたエサ用のカモ肉も取り出す。
無理やり距離を詰めずに、しばらくマナコの神々しい瞳と見つめ合う。そんな時間が数秒、あるいは数十秒続くと、おもむろにマナコは喉を鳴らした。視線を私から離し、止まり木を伝って餌台の方へと向かう。
「おっ、ごはん欲しいんだね」
緊張の時間は終わり、私はゆっくりと近づくと餌台にカモ肉を捧げた。マナコはそれをその強靭な脚で押さえつけると、嘴で引きちぎり、頬張る。
「じゃあお掃除させてもらいますよー」
私がそそくさと清掃道具を準備している間も、マナコは肉に釘付けだった。鷹は神経質な生き物だけど、私が害をもたらすモノではないと判断してくれたみたい。私の事を覚えていたのか、あるいは狩りから離れて警戒心が薄れているのか、単純に加齢から温厚になってるのか。
鷹の心中を推し量ろうなんて、鷹匠の訓練を受けていない私には無理。ただ、嫌われてないならそれで十分でしょ。
持ってきた魔法瓶のお湯で、雑巾を浸す。こうしないとゴム手袋越しでもあっという間に手が悴んじゃう。私はマナコと違って寒がりなんだから。
本来なら野生動物である鷹は、この寒さをモノともしない。こんな立派な鷹小屋で雨風を凌げれば、それで充分に体温を保てる。
私は壁の汚れを雑巾で拭きとる。いや、これはもう削ぎ落とすような作業。
鷹は排泄を水平に発射するように行うせいで、壁には白いフンが鍾乳石のようにこびりついてしまう。私もその汚れと格闘するウチに、多少なりとも身体が火照っていった。
この鷹小屋は広い。
マナコ一羽には贅沢なほど。
それはまだ鷹野家が栄えていた頃、十羽以上の鷹を遣わせていた名残りだった。
鷹野家は鳥狩村で1番の力を持っていた。
飛鳥時代から続く、鷹匠の名家。鷹狩をするための鷹や隼を調教する御家柄。時代によっては将軍とか士族みたいな位の高い人々の娯楽として、それなりに需要があったらしい。
でもそれは鷹野家の表の姿で、本当はもっとヤバいお仕事をしてたと聞いた事がある。
鷹野家は女系の一族。そして長女は鷹匠を生業として、古くはこの地が蝦夷と呼ばれていた頃から権力者に仕えていた。
とある霊能を持って、戦に加担していた。
ヨミワタシ。
それがその神通力を持つ者の呼び名だった。
鷹野家の娘は一人前の鷹匠となった際、その視力を神に捧げる。すると相棒の鷹と視界が繋がって、鷹の眼に映る景色を視れるようになる。その神通力により、空から領地やら敵の進軍やらを視察することにより、この地を治める者に貢献していたとか。
世を瞰渡す力――ヨミワタシ。
鷹野家に伝わるヤバいお仕事。
怖気立つオカルト伝承だ。
現に私のおばあちゃんは眼が見えなかった。もう亡くなっているので詳しくは分からないけど、第二次世界大戦でその神通力を行使したみたいな事を得意げに教えてくれたのを覚えている。
幼心にも私はそれを話半分で聞いていた。おばあちゃんは既に高齢だったし、多少なりとも耄碌して視力も落ちて、それで作り話をしてるんだろう、と。
どっちにしろ、私の代には関係ない。
人工衛星で世界中を見渡せる時代なんだから。オカルト話が幅を効かせる余地なんてない。
本来なら、ヨミワタシの巫女は二世に一代。おばあちゃんの次は、孫の私に継承される慣わしだった。
それをお母さんがそんなの時代に合わないって言って、おばあちゃんや鷹野家を支えてくれていた村の人たちに掛け合って、伝統を全部無しにした。お陰で私も鷹匠の訓練を強制されずに上京できたし、なによりこの可愛い瞳も現役だ。
幼い頃は大して理解できていなかったけど、スマホで世界に触れるようになって、上京して実際に世界に触れて、このヨミワタシの風習の異常性をより実感できた。
どうせ鷹の視界が視えるようになるなんてのも嘘なのに、眼を潰されるなんて冗談じゃない。
「マナコもそう思うよねー?」
もう肉を食べ終わって毛繕いをしていたマナコは、こちらに一瞥をくれて喉を鳴らす。
マナコはもう30年近く生きているらしい。私よりだいぶお姉さんだ。鷹基準なら、もうおばあちゃん。
マナコは終ぞヨミワタシの相棒にはならなかったけど、もし風習が続いていたら私の眼になっていたのかもしれない。そんな事、きっと鷹にしてみればどうでも良い事なんだろうけど。
効果があるのか正直微妙だった拭き掃除はそこそこに切り上げ、掃き掃除も終えた私は、清掃道具を片付けた。
「じゃあね、マナコ。良いお年を」




