065話 【SIDE-鷹野菖】裏局域の室温
今年最後の配信と銘打ってリスナーとワイワイ過ごしたクリスマス。その3日後、私は故郷に帰ってきた。
夏休みは配信に夢中になって帰省しなかったから、実に9ヶ月振りの鳥狩村だった。東京から片道6時間。麓町の最寄駅に辿り着くと、そこは既に一面の銀世界。
無人駅で30分待たされた後、型落ちのバスに乗ってさらに40分。舗装道路が除雪されているところを見ると、まだ鳥狩村が青森県から見捨てられていないと安心する。
唯一の乗客である私を乗せたバスは、霊峰閃ヶ岳の急勾配を登っていく。大自然の土地は有り余ってるけど、実際に住めるような平地は僅かしかない。標高900mの辛うじて盆地と呼べる程度のそこに、雪国らしい切妻屋根の家屋が点々と姿を現した。
人口230人、平均年齢63歳の限界集落。
「おや、菖嬢ちゃんかい。都会に行ってまぁた随分とめんこくなったねぇ」
バスを降りて故郷の雪を踏みしめるや否や、通りがかりのおばあちゃんに話しかけられる。防寒着で丸々としたその姿はどこか愛らしい。
「いやいやー、おばあちゃんこそまだまだお元気そうで!」
村の人とは全員顔見知り。
その上に未成年は10人もいないのだから、私はとても大切に扱われていた。この村1番の名家、鷹野家の長女ともなれば尚更だ。
それにしてもやっぱり、東京より遥かに寒い。
バス停から家まで数分歩く間に一気に体温が持ってかれる。5枚着込んでマフラーに耳当てまで装備しているけど、それでも肌が露出する頬や鼻先は冷たいを通り越して痛い。
こんなの、人が住むトコじゃないでしょ。
9ヶ月振りの故郷に吐いてしまう弱音も、しんしんと降り積もる雪に染み込んでいく。とても長く感じた徒歩5分、ようやくの実家だ。
私が生まれる少し前に建てられた、ここら辺では比較的新しい現代家屋。この村が世界遺産とかに登録されてたなら景観の為のしがらみがあったかもしれないけど、でも幸か不幸かそんな価値は認められてないので、軒を連ねる民家の様式に統一感は無い。
「バス降りたら連絡しろっつったろ!」
玄関フードをくぐり、鍵なんてイチイチかけていない我が家の扉を開けるや否や、怒鳴り声が降り注ぐ。
そこには菜箸を持ったまま腕を組む、私のお母さんが仁王立ちしていた。後頭部で柔らかくまとめ上げられた長髪とは対照的に、その形相は堅く引きつっている。
「あのね、スマホはガラケーと違って手袋したままじゃ使えないの! こんな極寒で手袋外したら指動かなくなっちゃうよ」
「それが分かってんなら、バス降りる直前にメッセージ寄越しゃ良いだろうが、……バカタレ」
なんて言いながら、その声色は雪解けのように柔らかくなっていく。9ヶ月振りの愛娘だなんて自分で言うのも変な話だけど、そのくらいお母さんの嬉しさが伝わってきた。
「ほら、鴨鍋出来てるよ。そんなトコ突っ立ってないで早く入んな」
そういうとお母さんは踵を返した。
「うんっ、ただいま!」
我が家の味と温もりを堪能しながら、東京での高校生活の話に花を咲かせる。アイリスとしての活動はヒミツだけど、それでも私の充実具合はお母さんに伝わったようだ。
「あぁ、もうわかったわかった。随分とかぶれちまいやがって」
肘をついて返事をするお母さんの口が悪いのは相変わらずだけど、その声色も表情も温かい。こんな村で一生を終えたくはないけれど、やっぱり実家は落ち着ける場所として私を迎え入れてくれた。
「なんも分かってないでしょー! もうスケール感が根本から違うんだよ。人間がいっぱいいるってそれだけでパワフルなんだなって実感したね。カフェの向かいにカフェがあるし、街は夜でもずっと明るいし、電車が3分おきに来るのに事故らないの。……渋谷の交差点なんて一回の青でこの村の人口の4倍の人が行き交うんだよ! 信じられる!?」
お母さんはずっとこの村で暮らしてきた。都会へ足を運んだ事も多少はあるだろうけど、憧れみたいなのは無いっぽい。
「お母さんも、老後はもっと良い環境で過ごそうよ! 都会なら医療も介護施設も整ってるし、こんな限界集落と違って安心して暮らせるよ!」
「バカ言ってんじゃないよ。老後なんてまだまだ先の話だろうが」
反論のポイントはそこなんだね。
お母さんは都会にさほど興味がある訳ではないけど、取り立ててこの鳥狩村に愛着があるということもない。だから私がこの村を貶しても怒ることはあまり無かった。
「今度はお母さんが東京に遊びに来なよ。私が案内してあげるから」
「んーアンタがそこまで言うなら考えとくわ。まぁマナコが居るウチは無理だけど」
マナコはウチで飼っている鷹の名前だ。
鷹匠の家系の鷹野家は、鷹を代々飼っていた。しかし鷹狩の風習が廃れ、それに付随していた家業はもうお母さんの代でおしまいになる予定。マナコはそんな鷹野家で飼っている最後の一羽だった。
離婚して、一人娘も上京した今のお母さんにとって、マナコは共に暮らす唯一の家族。しかしそんなマナコももう随分とおばあちゃんなので、多分先は長くない。
「アンタも、こっち居るウチにマナコにも挨拶して来なよ」
「そだね、久々に小屋掃除でもしてやるかー」
昔は面倒臭い掃除なんて好きじゃなかったけど、1人で上京した所為なのか、なんとなく実家のお仕事が愛おしくなっていた。




