027話 ハッシュタグアクティビズム
「今日は菖サンの入社祝いする日だったんスね! それなのに割って入る形になっちゃって申し訳ないっス」
「いや~、私もお酒が飲めるオトナなお店に入ってみたいと思ってたので、今日はイイ感じのトコ連れてきていただいてありがとうございますっ!」
菖は酒こそ飲めないが、居酒屋の空気感だけでもかなり満足しているように見える。そんな屈託の無い菖の反応に、秋山の負い目も薄れたようだった。
「そう言ってもらえると助かるっす。菖サン、あらためて入社おめでとうっス!」
入社とは言葉のあやで、正確にはそこまで地に足ついた雇用契約は結んでいなかったが、そこは黙っておく事にする。
久々に喉を通る生ビールは、6連勤後の身体に染み渡る。元部下と現助手の掛け合いを肴に飲む酒は、俺も歳を取ったものだと実感させられる。
「今日は早番だと言ってたが、やっぱりこの時期は忙しいのか」
俺は昨日乗せたテレビ局員のお客様の話を何となく思い出しながら、秋山に問いかける。
「自分は外勤メインなんで、不定期なのは時期に限ったことじゃないっス。でも確かに、今回の参院選で民清党とアオ周りにキナ臭い動きがあるかもってんで、取材チームも特別編成っス」
国民清粋党――通称民清党は、報道革命の最中に立党されたアオ派思想を代表する政党である。現在は野党第一党へとその議席数を拡大しており、来たる参院選で最も注目されている政党だ。
「そういえば……先日赤坂の局員を乗せたが、彼等も今回の参院選は番狂わせがあり得るとか言ってたな。取材班も異例の体制を敷いてる風だった」
「ひえ~、赤坂って言ったらテレ松っスね、あそこも本気だな~。でもそんなネタ持ってるなんて……タクドラって取材先として魅力的かもっスねぇ」
秋山が仕事モード特有の色目を俺へ向ける。
「んで、番狂わせってゆーのは、やっぱり民清党がこの参議院選挙で勝つかもってことなの?」
串物を堪能しながら、菖が若者の視点で会話に入ってくる。
「菖サンは“サファイアデモクラシー”って言葉、知ってます?」
菖はしばらくその単語を咀嚼した後、首を横に振る。俺もそんな言葉は初めて聞いた。秋山はそんな俺たちの様子を受け、説明を始めた。
16歳選挙権が、今回の参議院選挙から適用される。
これは少子高齢化問題に歯止めがかからないこの国が、対症療法的に施行した法改正である。16歳選挙はオーストラリアなど一部の国でしか実施されていなかったが、それが日本にも取り入れられたのだ。
これを受け、若者中心のアオ派がより政治への影響力を持ってくる。
有権者のうち高齢者が占める割合が多いと、高齢者優遇を唱える政治家が議席を取りやすくなる。この現象はシルバーデモクラシーと呼ばれていたが、要はこれの対義語としてサファイアデモクラシーという単語が生まれたのだという。
「まぁ、昨日くらいから流行り始めた単語なんで、知らなくても当然っス。でも今SNSで盛り上がっててトレンド入りもしてるんスよ」
そう言うと、秋山はスマホでとある投稿を俺たちに見せた。
『錆びついたシロから透明性の高いアオへ、報道と主権を取り戻せ! ♯サファイアデモクラシー』
なるほど、中々気の利いたコピーだ。
シロい金属である銀は錆びついてしまったから、アオく透き通る宝石へ乗り換えよう。要は、選挙権を持てるようになった16歳以上の青年層はシルバー世代に任せきりでなくちゃんと選挙に行って政治を変えよう、ということなのだろう。
裏を読めば民清に投票しようという働きかけだが、それでも運動としては至極健全な部類の政治主張だ。
「4時間前にメイって子がこの話題に触れてから、一気に拡散されてるっスね~、乙郎サン知ってます? 雲母メイっていう、アオ派の若者の代弁者みたいなタレントがいるんス」
「ああ……何となく聞いたことある名前だ」
俺が知り合いだと言ったら、そのツテで取材をセッティングして欲しいだの面倒くさいことになりそうなので誤魔化す。それに長月プロの立ち位置としてはテレビ局と相容れないだろう。
菖も空気を察してか特に反応はしないでくれた。
そういえばメイは今16歳であり、今回の法改正にもマッチする。現コンフルエンサーであることも含め、そのプロモーション力は絶大に違いない。
「まぁあの界隈はウチらマスメディアを目の敵にしてるんで、あんまり探りを入れられないんスけど」
「でも、その活動自体は真っ当なんですよね? なら何でキナ臭いとか言うんですか?」
菖は腐っても元コンフルエンサーだ。メイには特に思い入れが強いし、無意識に肩を持っても仕方ない。
もちろん秋山はそんな事実は知らない。しかし若者にはアオ派が多いので、やや強くなる菖の語気にも違和感は無いようだった。
秋山は直ぐには菖へ返事をせず、ちょうど運ばれてきた日本酒をゆっくりと2つのおちょこに注いだ。その片方を俺へ促されたので、俺も口をつける。
香り高くやや辛口な味わいだ。
「公安6課の指導が入ったんス」
秋山は個室の襖が閉まっているのを横目に確認し、トーンを落としてそう言った。
「公安6課って、もしかして……シロアリ?」
菖もその空気を察し、ボリュームを下げて、それでもその単語が出てきたことを責めるように聞き返した。
警視庁公安部第6課。
政府がパンゲアへの加盟を決断する際、既存の報道とのパワーバランスを取るために設立された組織だ。表向きには、問題の起きやすい素人のネット報道などに対する監視や是正活動を行なっている。
ネット上には放送法が届かない範囲があり、個人のプライバシー侵害や私刑を煽るような情報の流布も増えている。パンゲアへの加盟がテレビ離れをより加速させ、ネット報道が力を持つと考えた政府の対応策が、この公安6課だった。
しかしながら公安というだけあり、実質的にどんな活動をしているかはほとんど表沙汰にはならない。裏ではアオ派に不利な工作をしたり、政府の不祥事隠蔽に注力しているのではと、憶測は尽きない。
ただその組織の機密性とは裏腹に、何故か一様の白いスーツを羽織っているらしいこと、6という数字が虫を連想させること、そして報道と国を内側から腐らせていくイメージから、シロアリと揶揄されていた。
「でも、菖サンみたいな世代にも知って欲しいのは、ウチらマスコミや政府はそもそもシロ派なんて名乗ってないっス。これでもちゃんと公正な報道を心掛けていて、その中で規制すべきこともあるって考えっス。それに反する考えの人たちがアオを名乗って、その人たちがこっちをシロって呼んでるに過ぎないんスよ」
「あぁっ、そんなつもりで言ったんじゃないんです、そもそも私は別にアオ派ってワケでもないですし……」
菖も自分の態度を省みたのか、我に返り弁明する。
「ははっ、それなら言いやすいんスけど、その公安6課が監査に来たっス。恐らくウチだけじゃなく、キー局全部に」
その要件は、来たる参院選の立候補者の動きを政党限らず平等に報道できるか、公平性を担保できるか――という確認だったそうだ。それ自体は、警察が法の番人として放送法第四条に則った報道が行われているかを監視しているに過ぎない。
マスコミと政府与党の癒着が問題視される昨今、警視庁は選挙報道に対して公平性を重んじている、というアピールのための視察なのだろうか。しかしその実、警察だって政府の息のかかった組織であり、真意は疑わしい。
公安は監査の一貫で局の上層部と会議に明け暮れており、その必要性に迫られるなら民清の勢いには何か裏があるのではないか――
「――なんて言って、本当は政権交代が怖いだけなんス。今回の選挙で民清が勢いづいて将来的に政権を取れば、今後テレビ局や新聞社みたいな総務省コントロール下の報道には確実にメスが入る……自分たちの生活が懸かってるんだから、与党を応援したいと思ってる同僚もたくさんいるんスよ」
今テレビ各局は、ジャーナリズムとしての報道と、営利団体としての企業の狭間で揺れているのだろう。
「キナ臭いのは、ウチらの方かもしれないっスね」
きっと、秋山だって内心では民清に議席を取ってほしくはないだろう。それは正義や思想の話ではない。前線にいる彼等にとってはもっと即物的でひっ迫した問題だ。
だから秋山は自嘲気味にそう締めた。




