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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第03章 蒼玉色デモクラシー
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026話 国道246の再会

 秋山圭一(けいいち)

 彼は俺が記者時代に務めていたツワブキ出版という会社で、新卒入社してきた後輩だ。俺にとっての初めての部下であったが、3年と待たずにテレビ局に転職。それ以来会っていなかったのだから、もう5年ぶりくらいだろうか。


 秋山の勤める曙テレビは青山に本社ビルを構えるキー局だ。この辺りでばったり出会うのは不思議ではない。


 やや明るめのソフトモヒカンに、愛嬌のある垂れ目。ビジネスカジュアルのギリギリを攻めたような洒落っ気のあるこの男は、昔よりも一回り頼もしくなった様に思える。

 菖は一歩引いて、そんな秋山と俺を見比べて何やら考え込んでいるようだった。


「いや~、ご無沙汰っス! ツワブキにいた時以来っすね~。ちょっと早いですが、積もる話もありますしこれから一杯どうっすか……って何すか、この子!?」


 菖の視線から、俺の連れだと気づいたようだ。俺が未成年と思しき娘を連れているのもそうだが、ヘルメットを被っていることも含めての疑問だろう。


「はいっ、私は橘の助手をしております、鷹野菖と申しますっ!」

 俺が口を開くのを待たずして、菖は元気いっぱいに応える。しかしその表層だけ大袈裟に丁寧ぶった自己紹介は、何のおふざけだろうか。


「自分は秋山圭一、よろしくっス。ほぅ~、乙郎(いつろう)サンこんな可愛い部下が就いたんスね~……ってアレ? 助手って何すか?」

 菖は褒められて嬉しいのか、にやついて俺に目配せをする。そしてそんな俺たちを見て疑問符を浮かべまくる秋山。


 その疑念は当然である。

 俺は、秋山がテレビ局に転職して以降の事を何も知らない。一方で秋山も、ツワブキ出版が倒産した事は知っているだろうが、そこから俺がどうしたか知らないはずだ。タクシードライバーになったところから話さねばならない。


 まだセミも鳴り止まぬ夕刻の街道、何処から説明しようかと脳内を整理している俺と、質問の言葉を選ぼうとしている秋山。そんな俺たちの空気を感じとったのか、次に口を開いたのは菖だった。


「私、飲み屋、行ってみたい!」




「いらっしゃい! おぉ圭一君、今日は早いねぇ! またサボりかい?」

「勘弁して下さいよ~、今日は早出だったんでもう退勤っス」

 秋山が行き着けだと言うだけあり、店主とは顔馴染みのようだ。


 青山通りから裏路地を二回曲がった所にある、半地下の酒処。秋山に馴染みの飲み屋があると連れてこられたこの店は、立地も相まってそこそこに格式の高い造りをしている。

 所狭しと地酒の一升瓶が並ぶ通路を抜け、一番奥の個室に案内された。


 恐らく初めての、しかもいい値段のしそうな飲み屋に連れて来られた菖は、辺りを興味深そうに観察している。


「菖サン、そのメット可愛いっスね!」

 座敷に上がっても一向にヘルメットを脱ごうとしない菖に疑問を抱いたのだろう。秋山は遠回りに指摘する。


「でしょ! 秋山さん見る目あるぅ~、おつろーくんとは大違いですっ!」

 菖は秋山の不信感を意にも介さず茶化す。

「おつろーって、乙郎サンのことっスか? ははっ、今度から自分もそう呼んで良いっスか?」

「勘弁してくれ」


 秋山と菖はどちらも人見知りしないタイプであり、この様子だと打ち解けるのも早そうだ。

 それに秋山は見た目や物腰は軽い男だが、空気が読める奴だ。菖のヘルメットにも、それ以上の詮索もひとまず控えてくれるようだった。



 小鉢が三品並んだお通しに夢中の菖を尻目に、俺は秋山に名刺を差し出す。

「えっ!? 今タクシードライバーやってるんスか! しかも個人……ってコトは、ツワブキが倒産した時に記者を辞めた感じっすか?」

「ああ、俺にはあの時代を経てまだ報道に携わる胆力が無くてな」


 秋山はツワブキ出版にいた頃の俺を知っているし、報道革命の黎明期を共にした仲間だ。

「まぁ、乙郎さんは……仕方ないっす。でも元気そうで何よりっス」

 色々な推察を飲み込んで、秋山はそう言った。



 さて、聞き耳を立てながらも話の邪魔はしまいとしている菖に、そろそろこの男を紹介してやらねばならない。


「秋山は俺が勤めてたツワブキ出版の元社員でな」

「乙郎サンには色々と教えていただきました。まぁ結局、自分は3年でテレビ局に鞍替えしちゃったんスけどね」

 秋山はやや後ろめたそうに目を伏せた。しかし結果的にツワブキ出版は秋山の辞めた数年後に倒産しているのだ。転職の判断は正しかったということに疑問の余地はない。


「へぇ~、秋山さんの方が世渡り上手なんですね!」

 案の定というか、相変わらずな菖が忌憚のない感想を漏らす。空気を和ませたかと思いきや、菖は更に追い討ちをかける。


「で、それ以来会って無かったんですか?」

「そうなんっスよ~、ツワブキが倒産したって聞いた時、乙郎サンに電話したのに繋がらなくて、それっきりだったんス」

 あの頃、自暴自棄だった俺は知り合いとの関わりも億劫になっていた。


「すまなかったな。だが、またこうして会えてよかったよ」

 これは俺の本心だ。

 確かに昔の知り合いと話していると、当時の嫌な思い出も過る。しかしもう俺は次の人生を歩んでいるつもりだし、何より昔可愛がっていた後輩とまた話ができるのは純粋に嬉しかった。


 丁度良いタイミングで、生中2杯と菖のジンジャーエールが運ばれて来た。


「それじゃあ、菖の入社と秋山との再会に」

「乾杯っー!」


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