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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第03章 蒼玉色デモクラシー
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028話 轍の行方

 閉められた襖の所為か、はたまた酔いが回って来た所為か、遠くのくぐもった喧騒が心地よい。身体に火照りを感じるのも、白熱球の暖色の所為だけではないだろう。



「実は、別件で公安の人に個室に連れてかれたっス」


 秋山がそう告げたのは、菖がお手洗いで席を立ってすぐだった。彼女に聞かせる話では無いと判断したのかもしれない。

 俺は言葉を挟まず、視線で話の先を促す。


小鳥遊(たかなし)(じょう)が今どこにいるか――奴等はそれを聞いてきたっス」



 小鳥遊丈。

 俺や秋山がかつて在籍していた会社、ツワブキ出版の社長だ。業界ではやり手として名が通っていた豪傑であり、俺達社員は親しみを込めて“おやっさん”などと呼んでいた。


「おやっさんの行方、か……お前は知ってるのか?」

「知らないっスね~、むしろツワブキの最期まで一緒だった乙郎サンに、教えて欲しいっすよ」


 新進気鋭と言われていたツワブキ出版は、全盛期でも社員数100名程度の中規模な会社だった。その社長であるおやっさんは、入社当時のまだ青臭い若造だった俺を記者として使えるまでに育ててくれた。やり方こそ荒々しく豪快だったが、今でも尊敬できる人であることに変わりはない。

 しかしそんなおやっさんとも、ツワブキの倒産以降は連絡の一本も取っていない。


「正確には倒産直前の取材案件……俺が青森の寒村へ行く事前の打ち合わせを最後に会ってないな」

「最後までツワブキにいた乙郎サンでも分からないっすか……こりゃ本当に雲隠れ状態っぽいっすね」


 本当なら最後に会って倒産への文句のひとつも言いたかったし、それ以上に一端に育てて貰った感謝だってあらためて伝えたかった。しかし当時は俺も、おやっさんも、ツワブキの人間はみんな疲弊しきっており、互いの今後の身の振りを気にかける奴はいなかった。


 酔いと、そしてここに秋山が居る心強さに任せて、俺はスマホの電話帳で“小鳥遊丈”の名前を開き数年振りにコールしてみる。しかし案の定、その番号は現在使われていないとの通知が響き、勇気は肩透かしをくらう形になる。

 耳を傾けていた秋山も肩をすくめるジェスチャーをした。


「……でも何で公安が今になっておやっさんを探してんだ?」

 この話題の肝は思い出に浸る事ではない。俺は感傷も半ば、秋山に問いかける。


 秋山がツワブキの社員であり、おやっさんの下で働いていたのはもう5年も昔の話だ。そんな彼にまで直々に探りを入れてくるということは、公安ですら行方を掴めておらず、それでいて捜査の重要性が高いという事だろう。報道業界にいる他の元ツワブキの社員にも、シロアリが探りを入れて回っている可能性は高い。


「それが全然分からないっす。乙郎サンになにか心当たりが無いか聞きたいくらいっすけど、……その様子だと、そっちにも解らなそうっすね」

「……あぁ、残念ながらな」


「何が残念なのー?」

 襖が開くと、お手洗いから帰ってきた菖が俺の言葉尻を捉える。


「自分と乙郎サンのいた会社の社長が、倒産して以来音信不通なんで、お互いに行方を知らないか聞いてたっす」

 すかさず秋山が、シロアリの事を伏せて話のさわりを聞かせる。


「おやっさん……社長のことは、俺も今どうしてんのか知らないんだ」

「ぇ、なに、おやっさんって。社長のことそんな風に呼んでたの? なんかヤクザみたい」

 席に戻ってすぐにエイヒレを口に運びかけていた菖が、顔をしかめる。


「ははっ、ヤクザは言い過ぎっすけど、強面で昔気質な人だったっすからねぇ。乙郎サンなんか、拳骨を喰らったこともありましたっけ」

 まったく、嫌なこともしっかり覚えてる奴だ。


「それでツワブキの方針も相まって、報道革命以降は目をつけられるコトも多かったっす。小鳥遊丈といえば、業界で知らない人は居ないくらいのやり手だったっスから」

「ふーん……、なんか怖いですね……じゃあ、そのおやっさんって人は悪い人達に攫われちゃってたりして」


 菖の反応は杞憂だと思いたいが、おやっさんを良く思わない人間がかつての業界にいた事は否定できない。


 ツワブキ出版の代表誌であった『両輪』は、ひとつの社会問題に対して両極端の立場の人に取材する――という両論併記のスタイルを貫いていた。

 物事を客観視するには、人々の意識から一番遠い当事者を見つけてその言葉にまで耳を傾けねばならない、というおやっさんのポリシーがそのままツワブキの理念でもあった。


 そして『両輪』は政治経済を扱うビジネス誌でありながら一切の社説を載せず、無機質に事実のみを羅列する事に徹し、社員の主観を可能な限り排除していた。『両輪』に掲載される全ての文字は取材に基づいている、というコピーで部数を増やし、ツワブキは小規模ながら業界でも存在感のある会社に成長していったのだ。


 しかし、そんな理念も報道革命により通用しなくなる。


 思想色が社会に浸透した後も自社の色を持たず、平等と名打って両論併記を貫く。それを中庸といえば聞こえは良い。しかしアオにもシロにも属さない思想は、2色の間をとってソラ色と呼ばれ軽蔑の対象となっていた。思想色両端に取材を入れ主張を並べるスタンスは、対立煽りかつ責任逃れで不誠実である――と。

 そんなツワブキからの取材を受けてくれる人は減り、また購買層も偏って過激な記事を書く雑誌に流れていった。



「報道革命から一気に世論が傾いて、ツワブキの人間はみんなもう今までのやり方じゃ通用しないと痛感してた。そんな折におやっさんが言ったんだ。俺の理念と心中する気のある奴だけ残れ、ツワブキを去る者を責めはしない、って」

「自分が曙テレビに鞍替えしたのは、その話のすぐ後だったっすね……幸い当時のツワブキの取材力は業界でも有名だったんで、転職には困らなかったっすけど」

 あの日のおやっさんの顔が今でも脳裏に焼き付いている。きっと秋山もそうなのだろう。転職を選択した秋山は、俺以上に葛藤したに違いない。


 そしてツワブキの経営はあっと言う間に傾いた。

 代表誌である『両輪』は、取材を受けてくれる人の減少、取材する社員の減少、スポンサーの減少、そして売れ行きの減少と負の連鎖が続きやがて廃刊に。

 そしてその後、「空色出版社の末路」などと謳った記事が他誌に掲載される。『両輪』とツワブキ出版の衰退を煽り、ジャーナリストが空色である事の罪深さを綴った内容だった。

 業界では若いながらも急成長していたツワブキを妬んでいた同業他社は少なくなかったのだ。目の敵にされて初めて、そんな事に気付かされた。


「でも、それでもおつろーくんはツワブキに残ったんだよね」

 菖は、俺の酒に映る灯りの揺らぎに目を落としながら、そう問いかける。


「乙郎サンは信念を貫いて、おやっさんやツワブキと心中する道を選んだっす。自分は今でも、乙郎サンのその選択を尊敬してるっすよ」

「そんなんじゃない」

 俺は直ぐに秋山の言葉を遮った。


 しかし、二の句は出て来なかった。

 俺は信念を貫くとか、そんな崇高な理由であの会社に残ったのか。それとも自分の変化が怖くて転職を選べなかったのか。あるいは、ただ自暴自棄になっていただけなのか。


 今になっても、まだ向き合えない自分がいる。



「……からいな」

 俺はおちょこに口をつけ、バツの悪さを誤魔化すようにそう漏らす。


 そしてそれを皮切りに俺たちは昔話を切り上げ、また他愛の無い話で酒の席を過ごした。


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