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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第10章 綺麗事ホワイダニット
205/213

194話 Next Order of the Ages

 寒空の下で、けれど話には次第に熱が入っていく。この国に渦巻く陰謀の話は、未だ着地の様相を見せない。


「――でも、パンゲアは政府の都合で手を加えられるようなモノじゃないっスよ! ソースコードは加盟国で厳重に管理されてますし、人為的に報道を捻じ曲げられないからこそ公正だって世界に認められてるんじゃないっスか……!」


 もはや、あまりにも大それていて滑稽で身の毛のよだつ推測しか出てこない。だから俺が言葉を出しあぐねていると、おやっさんは静かに口にした。


「タクシー利権は暴かれたとてパンゲアには載らん。何故ならあのプロジェクトには……米国が関わっているからだ」


 俺も秋山も絶句する他無かった。

 いくら思想対立が深まろうと、パンゲアは中立公正たるものとして君臨していると誰もが信じている。それが国や組織に与していたなんて、報道革命後の価値観が根本から揺らいでしまう。


「その裏は取れてるんですか……!?」

 自分でも意識しないうちに、その声色には怒りが沁み出していた。


 秋山が言うように、パンゲアが私的に操られているなどどこで主張しても陰謀論扱いで然るべきだ。アメリカを黒幕に据えればどんな可能性も否定できない――なんてのはそれこそファクトチェックが疎かであったパンゲア以前の世界の話。もし完璧な証拠が無いのなら、そんな戯言を口にするおやっさんを俺は冷静に見れない。


「日笠が研究チームから受け取った“電子戦におけるデバイスジャック患者の知覚反応について”のレポートが米国に流れている証拠は入手済みだ」

「っ! ……日米安全保障条約に基づけば、この国がアメリカと軍事機密を共有する事は珍しくないのでは? それがアメリカに利するものであったとして、パンゲアを操って守っているという証明にはならな……まさか!?」


 自分で口にして気付いてしまった。

 ――軍事機密はパンゲアへの掲載に制限がかかっている!


「俺はパンゲアが操られているとは言っていない。ただ国際規模で結託して“情報の質”の方を操ればパンゲアに載せぬよう調整する事は可能なのだ」


 今回おやっさんがリークした研究資料は、デバイスジャック患者の太陽フレア被害に限ったものだからパンゲアに載せる事ができたのだとしたら。

 その先――電磁パルスを防ぐ車両の有用性は、パンゲアが軍事機密判定して取り扱わない可能性が高かったのだ。これは盲点だったが、パンゲアをサーバーダウンさせた者が居ることと照らし合わせれば真実味はある。

 日笠製タクシー避難の告知についてパンゲアがファクトチェックを拒否した場合、それが軍事機密に紐づく技術からだと勘付く者が現れる。それをさせないための鯖落ちというのにも合点がいく。


 そしてタクシー車両の設計技術が軍需品の転用であるのなら、パンゲアから守られているシステムが他にあっても不思議ではない。


「でもパンゲアのソースコードはクローズドです。どこまでが軍事機密判定か判らない以上、それ頼りに極秘プロジェクトを進めるのはリスクが大き過ぎます……!」

「だから米国にも利益をもたらす座組にしたのだ。……いや、野党も口をつぐんでいるところを見るに、そもそも米国側から持ち込まれた話なのではないかとすら俺は考えている」


 もう、皆まで説明されずとも分かる。

 加盟国間で協定さえ結べば、特定のプロジェクトを国際的な軍事機密に仕立て上げ、パンゲア非掲載条件を達成できる仕組みがあるのだ。西側諸国は報道の透明性を謳う裏で、そんなビジネスを展開している。


 そして考えたくはないが、災害対策などたまたま転用が効いただけの似非の善性であり、政府御用達の日笠製品の根底にある思想は軍事利用だった可能性も再浮上してしまう。


「国会答弁では世論向けに争点をコントロールし、真の“政治”など見せていない。椅子取りゲームのようなミクロな政争の裏で与野党は互いに弱みを握り合い、利権を分配し、何代も前から受け継がれてきた秘密を守り続けているのだ。……隣の国では半世紀以上前の大統領暗殺の真相について、政権が何度移ろうと誰も明かそうとはしないだろう? 国家の機密とはそういうものだ」


 契倫会と民清党の癒着などという生優しいものではなく、国家ぐるみ更には国際社会規模のスキームの可能性。

 少なくともパンゲア前の世界はそんな陰謀論にまみれ、オカルトが一大ブームを築いた時代もあった。しかし今では陰謀論を語ることそれ自体が社会的信用を失いかねない行為として、誰も取り合わない。

 けれどその根底を支えているパンゲアを加盟各国が裏で出し抜いているとしたら、全てが覆る。……全てが覆るとして、それこそ陰謀論染みたそれを信じられる者がどれだけいるだろうか。


「西側諸国は積極的なキャンペーンで現世代をパンゲア漬けにした。人々に似非の公正を信じさせ、パンゲアを疑う事はリテラシーの低い恥ずべき行為だと世に浸透させたのだ」


 長らくひとつの闇を追っていると、記者はその闇に取り憑かれる。かけた労力のサンクコストバイアスは論理的思考を貪り、それは客観性を失わせる。だからおやっさんとて願望の混じった推測になっているのではないのか?

 俺はそれを信じられるのか?


「もしそれが真実だとして、タクシー開発を隠れ蓑に与野党と米国が結託して軍事開発してるってこと、どうやって公表するつもりっスか? パンゲアに載らないなら信じる人なんて……」

「パンゲアは報道の手段のひとつに過ぎねぇ。載せられるなら力を尽くすが、それよりも真実を公にする事それ自体の方に価値がある事を忘れちゃいけねぇ、だろう?」


 おやっさんなら当然そう言う。

 多角的な取材の裏取りに全力を費やし、それをどう受け取るかは読み手に委ねる。1人でも多くの事実を知らない人に情報を届ける事がおやっさんの信念なのだから。


「俺の読みじゃ今、日米の間に亀裂が入りかけている。米宇宙研究局がこんなにも予測を外すなどそもそもあり得ん。米国が揺さぶりをかけてきた理由はいくらでも考え得るが……その事にいち早く勘付いて対抗すべく、一時的な共同戦線を張ろうとしてるのが契倫会と民清党なんじゃねぇかと見ている。及び腰の総理はもう保たんだろうからな」


 その断片の匂いを感じ取ったのが、秋山の推理だったのかもしれない。


 おやっさんの言うそれがもし真実なら。

 清廉情報思想を謳う新垣治が政権を取ったら、隠された真実を明かし国民に是非を問う日がやってくるのだろうか。あるいは国益や国際社会での立ち回りを優先して、郷田和義と手を組み裏から政治を動かしていくのだろうか。


「細かい裏取りの情報までここで明かすことはできん。お前たちはもはや俺と志を共にする部下ではないならな。だが、お前たちがあの日取材したこの人工島の不信から繋いできたものである事も事実。だからケジメとしてここまでは話した」


 甲斐人曰く、皆国は配信者転落死事件以前から水面下でパンゲア加盟へと調整を重ねていた。もう6年、あるいはそれ以上前からこんな世の中になるのを察して動いていたのかもしれない。


 戌亥団地立ち退き騒動を種に緊張状態にあったマスコミに対し、政府は電波オークションを白紙にすることで和解した。それは来るパンゲアが、深淵の闇に対しそのソースをリークする者が現れない限りトピック化できないことを見越し、その最も脅威となる「報道」を抱き込むためだったとしたら。


 日笠重工に発注した車両やシステムも、研究チームが明らかにした災害レポートも、パンゲアをサーバーダウンさせ得る存在さえ、その一切を表沙汰にしない為に。与野党、官民、そして日米、その最上層部は今も手を取り合って、世界の秘密を守っている――そんな可能性。


 ならば今もなお、AIの上に人は立っている。



 おやっさんは遠くを見つめながら呟いた。


「シロもアオも、それを裏で操ってる連中は真っ黒だ」


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