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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第10章 綺麗事ホワイダニット
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187話 【SIDE-興津千代】ハーストリー

 永田町に位置するこの国民清粋党本部じゃ今、若手が慌ただしく行き来している。まぁおれから見りゃここに居るヤツなんぞ全員若手なんだが、ともかく今こいつらは災害対策で忙しい。


 党員はこの興津千代の名前にビビってる節がある。

 だからこの緊急時に皆がおれの目を気にしながら働くのは良くねぇと思い立ち、引っ込んでいようかと喫煙所へ足を向けた。廊下で足早にすれ違う連中も皆おれにだけは丁寧な挨拶をくれるが、こりゃ良くない兆候かもしれねぇな。

 ネットだなんだ駆使して回す現場にこの老いぼれは役立たずさ。敬意ってのは失っちゃならねぇが見せびらかすモンでもねぇ。そんで今はその時じゃねぇ。


 昔はこうやって肩に風切って歩くのに憧れたが、実際こうなると虚しいったらありゃしない。

 反骨のつもりで通した派手な着物の袖も、雄々しい一人称も、全部が刻まれてきた闘いの証。軽んじられ続けてきた若い頃のおれは、先ず視界に入り込むところから全力を出す必要があったのさ。でも偉くなるにつれ、それらは人を威嚇するだけのちんけな箔になっちまった。

 ままならねぇモンだ。


 誰も居ない喫煙所でキセルを取り出す。

 こいつもう随分と年季が入っちゃいるが、おれは別にコイツを好んじゃいなかった。世間への当て擦りの為の歪な小道具のつもりが、いつの間にか馴染んじまったのさ。


 まぁあまりおセンチに浸るのも柄じゃねぇ。おれにしか理解らねぇ味をふかしながら、つまらねぇ政治の事にでも思いを巡らせるとするか。



 政治なんざ何時の時代も、言葉選びが巧みな奴が支持を得る世界だ。そういう意味じゃオサムは良いセンいってる。着いてくる奴が多いのも頷けるってモンだ。だがヤツがその柔和な笑みで導く道の険しさ、そいつを覚悟できてる党員や支持者がどれだけいるのかは疑問だがね。


 オサムの掲げる段階的外国人参政権。

 日本に住む外国人が疎外感をおぼえると同じ国籍で固まるしかなくなり分断が加速しちまう。その前に日本人と共に考えていくという空気にするのが必要なのは間違いねぇが、そこには大きな意識の変化が強いられる。その痛みに耐えてなお隣人愛を育めるかはこの国にとっても山場だろうね。


 民衆にその選択をハイスピードで強いるのはオサムらしいスパルタだ。だが保守連中のように耳障りの良い出生率改善策に流れないのは、それが手遅れだと知ってるからさ。


 今さら子育て支援策の抜本的な改善案が可決されたとして、それが施行されて出生率に顕われ始めるまでに少なくとも5年、そいつらが生産年齢になるまでもう15~20年はかかる。だがこの国はもうそれを待ってられねぇ。それに、百に一つも上手くいったとしても、今の若者は人工ピラミッドのくぼみに追いやられる。そうなりゃもうその世代の声は政治に反映されなくなっちまう。

 それが民主主義の欠陥だってオサムは理解ってるから、今の世代の頭数を増やそうとしての移民政策なんよ。


 この国の未来と持続可能性……当の若者がどこまで理解して望んでるかはまた別の話だがね。


 そもそも、アオが熱狂している今の勢いの中ですらギリギリ通るかどうか……外国人参政権はそのくらい難しいマニフェストだ。直接の恩恵を受ける在日外国人には投票権が無いのにそこへの政策で政権奪取を狙うなんぞ、政治家としては正気の沙汰とは思えん。



 おや、清廉情報思想はどこへやったのかって?

 あいつは錦の御旗ではあるんだが、ずっとそればっかは語ってられねぇのよ。


 民清的には“若者が損をするよう隠されてきた構造を浮き彫りにして声を上げる”ってな解釈で充分で、その先で何をするかの方が重要なのさ。そもそも清廉情報思想なんぞ本気で向き合えるヤツがどれだけいる? ありゃ相当に疲れる代物なんよ。まぁ原理主義者なんぞ何時の時代も縮小していくってことさ。

 オサムもそれを理解ってるから、支持者が飽きないように新鮮な達成項目を焚べ続けるんだろうね。


 ……いや、オサムにもまだ青いところがあるからな。アイツにとっては清廉情報思想も多様性尊重も持続可能性模索も全部本気で、それで国民をキャパオーバーさせちまうかもしれねぇ。時代が変わる速さに比べて個人の価値観の成長が鈍いってのは、おれが一番身に染みてる。

 リベラリズムを語るなら取りこぼされる奴を容認しちゃならん。なんとか上手いこと手助けしてやりてぇモンだが、さてどうなることやら。



 煙と戯れるのにも飽きて目的も無く廊下をほっつき歩いていると、オサムの部屋から党役員が何人か出てくるところだった。そいつらもおれに深々と頭を下げたが、内心どう思ってるかなんてわかりゃしない。

 閉まりかけの扉に視線を向けると、オサムと目が合う。

 入っても構わないと目配せされた――とおれは勝手に解釈し、特に迷うこともなく入室した。


「ご多忙のこととお察しします」

 流石に疲れの見えるオサムは珍しく皮肉を口にする。


 それが流石に不憫に思え、ガラにもなく弁明染みた言葉が口を突いて出る。

「おれなんかが変に口出ししちまえばここのヤツはみんな従おうとするだろ? 入党して間もないヒラ党員のおれが変な指示出して現場を混乱させるワケにゃいかねぇよ」

「急かさずとも、選挙が終わればご満足いただける椅子をご用意しますよ」

「はっ、なら若手がへました時に記者会見で頭を下げる役にでもしてくれたらいいさ」


 オサムにはそれが冗談と感じられたのか愛想笑いで流されちまったが、おれはこれでも結構本気で言っている。看板ばっかデカくなっちまった人間にしかできねぇ事もあるって、くたばる前に自分で自分を労ってやれる思い出を増やしておきたいんよ。


 しかしそんなおれの想いも他所に、オサムは真剣な眼差しでキーボードを叩いている。だからおれはそこいらのソファに断りもなく腰を下ろした。


 太陽フレアによる磁気嵐到達まで残り3時間半。

 デバイスジャック患者の避難については郷田都知事と国土交通省が主導でタクシーの利用を呼びかけている。野党第一党のおれ達の役割は、政府の誘導を客観評価する姿勢を見せつつも、声を届け易い自分たちの支持層に安全な道を促すこと。

 だからオサムは官邸や都との連携で忙しい。流石に人命が懸かってる局面で思想対立を持ち出しはしない。


「……SNSの様子はどうですか?」

 オサムがPCから目を離さずにそう問いかける。


 おれは民清が一枚岩である事をアピールするため、自分のアカウントで所信を投稿することは避けてオサムの発信を逐一拡散することに徹していた。そうやっておれがSNSを弄っていた事にオサムは気付いていて、忙しい自分じゃ掬いきれないネット上の温度感を聞きたいのだろう。


「さっきだったか郷田隼人が生番組で好き放題やって話題になってたね。……和義は良い子育てをしたよ、世襲なんて滅びちまえばいい」

 和義のお父上にはよく虐められたモンだが、結局あいつは過労で早くにくたばった。その様を見ていた和義坊やが何を考えていたかは知らんが、双子はどちらも自分の望んだ道を歩んでいるように見える。


「それに、分銅祭でお前のサプライズに協力したアイドルっ娘が居たろ? あれがその生番組に出てたよ。SNSで切り抜かれた動画を見ただけだが……あいつは引退しても政治家には向かんだろうね」

 これは紛う事なき褒め言葉さ。


 あのサプライズの前、事務所社長と一緒に当時の学長だったおれの所へ挨拶に来たのを覚えてる。そん時のあの娘の闘う瞳は将来の政界進出も見据えているのかと、半世紀以上前の自分を重ねそうになったりもした。

 だが、この緊急時に同志に語りかけるあいつは、もうおれの知らない闘い方をしていた。ユビキタス社会なんて言葉ももう聞かなくなるほど当たり前の世の中で、あらゆる価値観の変遷がそうさせたんだろうさ。


 何より、あんな小難しくややもすると説教臭くなるような議題で皆が“小娘”の言葉に皆が耳を傾けるなんざ、おれが全国の大学と共闘した時代じゃ考えられねぇ。あの世代のやつらなら案外、どんな人種や文化とも共存の道を探せるのかもしれねぇな。


「……今の若ぇのはおれの時代より何十倍も寛大で利口だよ。あいつらの為ならもう一度表舞台で泥被るのも悪かねぇや」

「そうですか。……心強いお言葉をいただきました」


 オサムは顔を上げこちらに視線を送った。

 それを見ておれは聞かなければと考えていた事を思い出す。


「そういやお前、和義の話に乗るの随分と早かったな」

「……桐谷ひのえさんの投稿が決め手でしたね。あの方ともお話をした事がありますが、信頼に足るお人でしたよ」

「でもそれだけじゃねぇんだろ? ……さてはおれを呼び戻したのも契倫会との渉外役か?」


 おれが暴れてた頃の皆国党にはまだオサムは居なかった。おれの離党後に入党したオサムがどう立ち回っていたかは知らんが、和義をも駒にして描いてる画でもあるってのか?

 あるいは……


「私はどんな選択であれ、最後は国民に問いかけますよ」


 オサムはおれの推察を全て呑み込むような決意を告げた。それにおれが言葉を返そうとしたその時、不意にオサムの固定電話が鳴る。


「すみません、そのお話は災害を乗り越えた後に致しましょう」

 オサムは意味深に微笑むと、こちらの返事を待たずに受話器を取った。


 思い返せばメディアの取り上げ方も含め皆国の勢いが不自然に落ち、やつらはそれに甘んじている。だが和義をよく知るおれとしては裏があるように思えてならねぇ。

 ……おれが居ない18年の間に、この国の中枢はまた随分と闇を濃くしてるのかもしれねぇな。


 もう通話中のオサムにありったけの悪い笑みを返してやって、おれは部屋を後にした。




 ―磁気嵐到達まで残り3時間14分―


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