183話 【SIDE-久遠薫】エンパワメント・フルコミットメント
情報の取捨選択に迷子になってる人に言葉を届けるには、先ず強烈な話題性で注目を集める必要がある――それが、橘さんが私たちに依頼した理由だった。
この久遠薫が社長を務める長月プロダクションの配信ルームで、私は今まさに自社トップタレントの生放送を見守っている。
「どうもー雲母メイですっ、本日はハヤトさんのお許しをいただいて、なんと初の! しかも予告無しの! ゲリラ出演をしております! あー、と言ってもこれ私の動画チャンネルでも配信しているので、こっちから見るとハヤトさんがゲスト出演の形ですねっ」
『おや? 面白いことを言うね~ まぁそんなこんなでお互い好きなようにやってるから、皆さんも好きな方でご覧になって下さいね~』
遡ること一週間ほど前。菖さんからの電話で、NEXTopicsさんと郷田和義の娘が一緒にいる――という不可解な電話をメイが受け取ってからおよそ10日後。
若者への磁気嵐被害について、我々は報道されるより前にその話を聞かされていた。
その日は、菖さんからビデオ通話に招待されたところから始まった。
私とメイは言われるがままその通話に参加すると、そこには例のメンバーに加えて郷田の息子にして俳優ハヤト氏の姿まであったのだ。
「シロ派のタレントとは共演NGなんですけど……!」
『まぁまぁそう言わないでっ、どうしてもメイちゃんの力が必要なんだよ』
アイリス様にそんな事言われたら、メイは断れる訳がない。
だから彼女はしかめっ面をしながらも、静かに話を聞く。すると郷田の娘と名乗った医者から飛び出したのは、若者を襲うであろう磁気嵐被害の話。そして橘さんが語るのは、まだ裏取りこそできていないもののタクシーでその被害を防げるかもしれないという話。
『怒りは分かるぜ。秘匿はパニックを防ぐ為って大義名分を掲げちゃいるが、皆国の保身に都合が良すぎる』
『だから今やってる選挙も、実は仕組まれてるネ。……リークされなかったとしても、災害が過ぎたら絶対暴露してやル』
NEXTopicsのお2人はかなり頭に来ているようだったが、こっちとしてはまだ驚きが大き過ぎて整理がつかない。
「しかしそれは……少なくともデバイスジャック患者とやらの健康被害の話がリークされてはじめて、政府からタクシーの話が公表され得るということですね?」
私は自分の中の推論が正しいと確認するかのように、口に出して状況の俯瞰を試みる。
そして、何故こんな話を私たちに教えるのか分からずじまいだった中、橘さんがその理由を口にした。
『恐らくこの隠蔽された研究結果は災害前にリークされてしまうと読んでいます。少なくとも我々はそのつもりで対策を打っておきたいんです』
「……私共は菖さんと橘さんに、過去の失態について、いつか埋め合わせをさせていただくと申しました。ですのでなるべくお手伝いさせていただきたいと考えております。具体的に何をすればよろしいか、お聞かせ願えますでしょうか」
私は長月プロダクションの社長としてそう答える。
誤爆投稿の炎上騒ぎで冤罪をかけたのはこちら側であるし、メイへの疑惑を橘さんが解いてくれなかったらと思うと今でも恐ろしくなる。その恩を返せる時が来たのなら喜ばしい事ではある。
『全てが公表されれば、あとは皆が何を信じるか否かがパニックを防ぐ分かれ道です。けれど恐らくパンゲアはタクシー有用性を認めない。そうなった時、アオ派が耳を貸す存在がこの件を俎上に載せて欲しいのです』
「ちょっと待ってよ。そもそもファクトチェックが通らない見込みなら、タクシーなんかアテにしちゃダメでしょ」
橘さんの要望に、メイはすかさず反論してしまう。
日笠製のタクシーは速水トオルの犠牲の上に生まれ、そして都走券により高齢者が恩恵を受ける印象が強い。だからメイのような世代の若者たちは、どうしても嫌悪感が拭えない。
橘さんはメイの反論に怯まず続ける。
『その通りです。けれど他の避難方法……例えば地下避難は磁気嵐対策として直感的ですが危険過ぎます。タクシーなら群衆事故も起きず、停電も無視でき、体調不良者をすぐに病院へ運べる。それを知った上で考えて欲しいんです。……タクシーへの避難誘導をお願いするつもりはありません。この話を聞いた上でメイさんが思い至った事を偽らず、不安でいっぱいの皆に届けて欲しいと思っております』
シロが行なっている情報規制に異を唱える我々は、主体性を発信者であるタレントから奪ってはならない――それは長月プロの理念とするところであり、橘さんも汲んで下さっているならあらためて信頼が置ける。
だから私よりも早く、弊社のタレントが答えた。
「わかった……シロを肯定しろってお願いじゃないんなら、それで若者みんなの為になるってんなら、やる。どのくらいの意味があるかは分からないけど。……その代わり、もしリークされずにその日が来たら、私はどこにも避難しないから」
これは宣言のようで、そしてその言葉は私へ向いていた。
公開されるべき情報を独占して利益を得るなど、許されて良い筈が無い。そんな想いで我々清廉情報思想派はここまで来た。だから例え自分の身が危険でも信念は通すと、彼女は言ってのけたのだ。
メイはこの歳で、既にとても立派な人間だ。
この私には勿体無いという程の器を感じる時すらある。
――メイと出会ったのは3年前。
私がまだ駆け出しのアイドルプロデューサーで、失踪したアイリスを追っていた頃だった。彼女をスカウトしたいという下心があった事は否定しないが、それ以上に失踪の原因を知りたくて駆け回っていた。
そして、まだアイリスがコンフルエンサーと呼ばれるよりも前の配信で口にした、彼女が不安に駆られた際に立ち寄っていたという東京某所の神社の存在を知った。
一縷の望みに賭けて訪れてみると、そこには身も心も疲弊させた一人の少女が目を腫らして座り込んでいるではないか。慌てて声をかけてみれば、彼女もまたアイリスを追ってここまで来たのだという。私より何日も前からここへ通っていたらしきその少女は、しかし一度もアイリスと出会えず、悲しみに暮れていた。
それが、私とメイとの出会いであった。
彼女は情熱を秘めていた。
私は彼女を守らねばと強く思った。
アイリスの活動はとても危うく、その影響力を利用しようとする者の毒牙にいつかかってもおかしくない――私はそれを危惧していた。失踪理由は定かではないが、メイを同じ目に合わせてはならない。そう決心してから会社を興すまではすぐだった。
メイは私にとって何よりも守りたいもの。けれど、私は彼女だけでも磁気嵐から安全な所に避難させたいという気持ちをぐっと抑える。守るべきは心なのだと言い聞かせる。
「……生配信の準備を進めておきますが、リークされなかった際は弊社は平時通り活動します」
ありがとう――と、通話マイクに入らないくらいの小声でメイが囁いた。
お礼を言わなければならないのはこちらの方だというのに。
するとそんな想いにふけるのも束の間、ここまで黙っていたハヤト氏が口を開く。
『ねぇ、どうせならさ、オレと共演しようよ。そっちの方が強烈な話題性で注目を集められると思わない? オレのツテで地上波の放送枠も空けとくからさ』
「……はぁっ!?」
テレビは政府の要請で偏向報道が可能――と我々アオ派は考えており、本来ならば長月プロのタレントは出演NGとなっている。
『オレは逃げも隠れもしないよ。お互いの意見をぶつけ合えた方が、透明性の高い清廉情報って言えるんじゃない?』
しかし結局、彼の挑発に乗るような形となったのだった。
そして昨日、橘さんの想定通り研究結果がリークされ、今日になってタクシーへの避難を促す郷田和義からの声明が出された。災害日が冠番組の曜日と重なるなんて、ハヤト氏はやはり持っている。
「――今日は色々教えて貰えると嬉しいです! 私普段はテレビ全然見ないんで、分からないことだらけなんですっ」
『お! 言うね~。いいよ、こっちはこっちのペースでやらせてもらうからさ。じゃあ早速、メイちゃんの職業について聞きたいんだけど、ネットタレントってコトで良いのかな?』
「えぇ、まぁそんなとこです。今の若者ってダイパ重視なんで、テレビとは違った届け方をしていますねー」
『あはは、ナチュラルに27のオレをおじさん側にカテゴライズしてるね。それにその口振りだと、見ないとか言った割にテレビを意識してるじゃん』
既にメイとハヤト氏の会話は静かな火花を散らしている。ハヤト氏は事前の打ち合わせで、お互い遠慮せずに話したいと言っていた。視聴者がどう思うかはさておき、番組の方のケツは拭いてくれるプロデューサーが居るだとか。
SNSを確認すると、既にトレンド2位、7位、11位にこの企画の関連ワードが並んでいる。世間が磁気嵐災害に揺れる中で集められる注目としては充分過ぎる。メイの地上波初出演、そして郷田和義の息子ハヤトとの共演には、特別性があると認めてもらえている。
『さて、じゃあ臨時ゲストとして出演してくれた理由を聞こうかな? テレビNGだったんでしょ?』
「そんなの、決まってるじゃないですかー」
メイはここまで表面上は愛想良く振る舞っていたが、ここで真面目なトーンに声を落とした。
「お話がしたいんです。私たちの心を蝕む、今夜訪れる恐怖について」
―磁気嵐到達まで残り5時間05分―




