182話 【SIDE-郷田隼人】リネージ・エンゲージ
オレは全てを持っていたさ。
郷田家は先祖代々この国の中枢に関わってきた氏族で、富も権力も腐るほど持っている。物心ついたばかりのオレを当たり前のように隼人様と呼び敬語を遣う大人が周りには幾らでも居て、その意味を知るのにもそう時間はかからなかった。
けど思春期になると、父さんの傘が鬱陶しくなるもんだ。
周りの大人はオレ越しに父さんを見てる、誰もオレという人間を見つめようとはしない――なんて、ドラマや映画でも散々擦られているような親の七光りコンプレックスが芽生えていく自分に、どうしようもない凡庸さを感じたりもした。
ただ幸いな事に、オレは整った顔もスタイルも持って生まれた。義務教育を終える頃にはオレをかつての父さんと比較するような輩も増えてきて、そんな世襲政治のレールから外れたいが為に入ったのが芸能の道だった。
父さんから反対された記憶は無い。それもその筈、後になって気付けた事だけど、政界も芸能界も戦場として地続きだった。
オレは人を魅了する能力に恵まれていた。
ルックスは言うまでもなく、歌や演技も悪くない。そして芸能界で最も重要な能力――味方になってくれる人を見つける才能があった。初めこそ父さんの威光を背負い鳴り物入りで入った芸能界だったけど、今や人々はオレ自身を見ている。
周りの大人も、スクーリングで顔を合わせる通信制高校のクラスメイトも、オレ自身に焦点を合わせてお近づきになろうと寄ってくるようになった。そんな“お友達”からはオレの影響力にあやかろうとする打算がチラつく。でも芸能界には父親の威光も届き辛いから、オレ基準での利害関係を求められていると感じられて悪い気はしない。
だって、やってられないだろ?
オレみたいなのが近くに居たらさ。
家柄、財力、権力だけじゃなく、ルックスも才能も。全部持ってる相手を対等に置ける奴なんていない。そんな競争相手が居ることを知ってしまったら、人生が馬鹿らしくなる。
だからオレみたいなのは別世界の生き物として、テレビ越しで見るくらいが丁度いい。そうすればせめて、目の保養くらいの感性で消化できる。
何事も、知り過ぎる事は不幸せだ。
かつて幸せの国と呼ばれたそこは、先進国の技術レベルを目の当たりにして絶望した。もっと豊かな生活があるという事実に無知でいられたから幸せだったのさ。
クラスで一番のイケメンも、ショート動画を漁れば井の中の蛙だと思い知らされる。同じように制服を着て、同じように学生やってて、けれど5秒で格付けが完了するような存在が、ネットでは可視化されてしまう。
そう、父親の話をするまでもなく、オレはシロ思想さ。
結局、世界の全てを見つめるには相応の器量が必要で、持たざる人間の手には余る。知った結果が不幸を招くなら、知らないで居た方が良いに決まってる。正しい事より、幸せな事の方が大事だろ?
だから、たった今世間を大混乱に陥れている件だって、知らない方がみんな幸せだったのさ。何も知らずに夜を過ごせば、99.99%の若者は無症状あるいは多少の体調不良で終わっただけの話で済んだのに。
政治なんて語りたいとは思わないけど、清濁飲み込んで国民が察しないよう振る舞うのが政治家の器量だ。もう思春期も過ぎたので、今なら父親の能力も直視できる。民衆の政治への意識を低くできることこそ、本物の政治である――と、いつだだったかに父さんが言っていた、その意味が理解できる。
けどオレにはもう、オレの世界とオレの哲学がある。
だから曙テレビのニュースキャスターの仕事だって請けた。父さんの属する三権を監視する報道、その顔となるポジションだったけど、臆するオレじゃない。
するとまた、オレの活動を父さんの政治と結びつけて論ずる輩が増えた。アオ派はそれが顕著だから、特に男子学生層からのオレの印象は悪化したんじゃないかな。
それでも今は真っ向から、父さんの能力を見つめた上でオレという個の意味を考えたい。そんなんで“やんちゃ”な行為に及ぶオレを、妹は相変わらずって呆れ顔で見ている。
政財界と芸能界が交差する社交場、リブラグランデに入り浸り始めると、そこでのオレは未だ郷田の息子でしかなかった事に気付かされる。ニュースキャスターとしてのキャリアは将来的に父親の地盤を継いで政界進出する為では――なんて言われる事だってしょっちゅうあった。
そんな周りの視線を知ってオレは不幸だった?
知らないで居た方が良かった?
いや、オレにはそれを受け入れられる器がある。その上で例え政財界やアオ派が相手でも、父さんとは違う哲学を持っていると理解してもらいたい。
そんな闘志を胸に秘めながら、オレは飄々と過ごしていた。
「――父親の政治と俳優である息子の素行は本来、直接的に結びつけられるべきではありません」
参院選のあの日、オレに誘拐軟禁された橘さんはさも当たり前のようにそう言い放った。
参った。芸能界から政財界まであらゆる“お友達”を誑かしてきたオレが、おべっかなど聞き飽きたオレが、そんな言葉で心を躍らせてしまう。
そうさ。
不在者投票の斡旋も、タクシーのナンバープレートを変えたのだって、全部オレの力じゃない。父さんの懐刀である都築さんが勝手にやった事で、オレにはその思惑すら知らされない。
オレは父とは別の人間で、オレが幅を利かせられるのは芸能界だけで、だから父さんの政治と結びつけて論じられるのはお門違い。
「――今回の事は借りにさせてもらうね」
あれから、いつかどこがでこのトキメキを返せる機会を探していた。
そして一週間ほど前、橘さんまたは妹づてでコンタクトを取ってきた。
「ハヤトさん入りましたー」
「放送15分前ですー」
ここは曙テレビのスタジオ。
土曜である今日は生放送バラエティ『ハヤトはいつも早とちり!』が18時からの枠で放送される。言うまでもなくオレの冠番組だ。オレが詳しくないジャンルの人をゲストに呼んで、偏見で色々なコメントをした後に本人から訂正して貰う、人物紹介バラエティ。ちょっと言葉選びを間違えたら炎上しそうな構成で、オレくらいのバランス感覚が無いと成り立たない。
「ちょっとハヤトちゃーん、ホントに言われた通りやっちゃうけどイイのねん?」
「ははっ、頼みますよー。そんで怒られる時も一緒にお願いしますねー」
少しの不安と抑えきれない興奮を声色に乗せたプロデューサーに、オレはウインクで返す。
ここのPとは懇意の“お友達”で、彼はこの番組企画においてオレが代替不可能だとよく理解していた。だから何かとオレの我儘を聞いてくれるし、一緒に冒険できる胆力も持ち合わせている。太陽フレアについての臨時ニュースだらけの今、裏番組としてバラエティの枠を通常通り決行するリスクを呑んでくれる程に。
そんな、結構ウマが合う、一緒に仕事のし易い相手だった。
「5秒前――4、3……」
スタジオ中央に鎮座するソファで、オレはオンエア用の表情を作る。
この番組のゲストは、リレー形式で次のゲストを指名するルールだ。しかし前回バトンを渡され今日のゲスト予定だった歌舞伎役者は、情勢を鑑みて出演を見送った。だから向かいのソファは空席。
ジングルが鳴り出し、番組開始の合図が告げられる。
「皆さんこんばんは。いかがお過ごしかな? 世間は災害の不安でいっぱいだけど、こんな時だからこそ皆さんとお話したいと思ってます!」
オレは爽やかに前口上を述べる。
父親が重大な局面に身を置いているのに、息子として軽薄過ぎる? 今の状況に対して不謹慎? そんなの関係ない。オレは、オレの伝えたい事を伝える。
「さて、今日は予定のゲストを変更し、オレと“今”お話がしたいという方にお越しいただきます!」
スタッフが大きなディスプレイをオレの脇まで運んでくる。
「えっ、なに? 画面越しなの?」
「急遽決まった出演ですので……」
わざとらしい笑い声のSEが挟まる。
もちらんリモート出演なのは打ち合わせで承知済みだけど、こういうのはライブ感が大切だ。
「じゃあ気を取り直して……今日お越し頂くのはなんと、地上波初出演のこの方!」
画面が点くとそこには、巷でカリスマ的人気を誇るらしい女子高生の姿があった。
「――雲母メイちゃんでーす!」
―磁気嵐到達まで残り5時間18分―




