181話 【SIDE-王承佑】ゼノ-フォビア/フィリア
「ねースンウ、こっちもみんな集まったってー」
「おぅ、早かったじゃねぇか、偉いぞ」
俺はそう言うと、褒めて欲しそうにこちらを見上げている、在日韓国人2世の小僧を撫でた。
一週間ほど前――それはまだ俺らが、帝国研究病院にて郷田聡美の監視下で作戦を練っていた頃だ。胸糞悪い話をたくさん聞いたが、それから俺はできる限りの準備を進めていた。
在留外国人の子供たち中にも、ハオランと同じくスマホ着信過敏や電子レンジ頭痛の症状を訴える奴は少なくない。人種は関係なく、この関東平野の磁場とやらが作用しているというのは本当なんだろう。
だから俺は、どんな状況になろうと外国人の子供たちが取り溢されないように、予めまとまって行動できる準備を各地のコミュニティに働きかけていた。今まで面倒見てやってきたのが幸いして、疑問を持ちながらもみんな従ってくれている。
巣鴨、池袋、高田馬場、そしてここ新大久保でも粗方の準備が整った昨日、小鳥遊のリークは為された。外国人コミュニティがその意味を理解するのも束の間、今朝には米国による太陽フレア発生告知があり、昼過ぎには郷田による発信がなされた。怒涛のような展開だ。
日笠製タクシーを避難所とする――半信半疑だったが、橘が言っていた通りになった。
国交省からも非難マニュアルが公開されたので、オレはすかさずその詳細に目を通す。
――――――
・タクシーへの避難を希望される方へ
一般的なセダンタイプは一台で4名ご乗車できます(運転手を除く)。ご近所やお知り合い同士でまとまってご乗車いただけると幸いです。
避難を希望される方は、joxiの配車アプリをご利用下さい。
年齢確認ができる書類をご用意下さい。保護者の付き添いはご遠慮させていただきます。最大3時間程度の乗車が予想されるため、お手洗いを済ませてからご乗車いただけるとご安心です。
タクシー乗車後は一般道を巡回運転します。これはお客様から磁気嵐の位相をずらし続ける事で健康被害を抑えるための行動となります。
タクシー避難は100%安全を保証するものではありません。乗車中にご気分が優れない場合は、ドライバーにその旨をお伝え下さい。近隣の総合病院へお運びすることができます。
・タクシーの運転にご協力いただける方へ
災害における必要情報と臨時システムがjoxiに自動アップデートされます。そちらの指示に従って下さい。法人タクシードライバーの方は、さらに運営会社の指示に従って下さい。
平時同様、joxiの配車機能を参照してお客様とマッチングして下さい。
タクシーは満タンまで充電した上、磁気嵐発生中は可能な限りガソリン走行をして下さい。
太陽フレアによる停電で信号などの消灯が予想されますが、一般車が自粛している事に加えjoxiの自動運転サポートにより安心して運転していただけます。
万が一、乗車中のお客様が体調不良を訴えた場合は、即座に最寄りの総合病院へ進路を変更して下さい。その際はjoxiによるナビ案内が可能です。
巡回運転終了の合図はjoxi経由でご案内致します。有事のため清算は省略させていただきますが、必ず何かしらの形で報いるとお約束致します。
また、ドライバーで運転できない都合がありタクシーを余らせている方、新型タクシーの運転歴があり引退済みでもご協力いただける方、ご協力をお待ちしております。詳細は下記より……
――――――
随分と準備の良いことで、ハナからこうなる以外無かったかのような丁寧なマニュアルだ。
そんな文面に苛立ちながらも、これで各地に堂々と具体的な指示を出せる。4人1組のチームを作ること、その中で日本語が上手い年長者がリーダーになること、リーダーは配車アプリをダウンロードすること、わからない事があれば必ず聞くこと。
大人共よりは2世3世の子供世代の方が日本語が堪能だが、郷田の投稿したマニュアルは難解な日本語が多くて読めたモンじゃない。しばらくすれば翻訳されたものも出回るだろうが、のんびり待っちゃいられないのでこちらで噛み砕いた内容を皆に伝える。
幸か不幸か、俺が面倒見てる在日外国人コミュニティの中に郷田はシロだからと言って反発する奴は少ない。皆、今を生きる事に精一杯で、この国の思想対立にまで意識が及ばないのが大半だ。
ただしメンタル面には別の障壁がある。
これまでタクシーで嫌な思いをした経験がある奴は少なくねぇ。言葉が拙い所為で乗車拒否されたり、わざと迂回走行されて法外な料金を取られたり。あるいはそんな話を親から聞かされていたり。被差別意識が仲間内で共有され、憤りの感情が養われてきた。
だがドライバー共にだって、外国人が日本語を話せない振りをして料金を踏み倒されたりの経験があるんだろう。タクシー強盗の犯人が外国籍だったなんてニュースも大々的に取り沙汰されている。郷田の掲げる“未来を担う若者”の中に移民が含まれてると、そんな意識のあるドライバーなんて期待できやしない。
だから正直、乗車中のトラブルはどこかで必ず起こる。
感情の背景には長い歴史があり、個人差があり、それが暴発する局面をコントロールする事なんてできねぇ。攻撃的な奴が全部派遣市民の陰謀だったら救いがあるが、決してそうじゃねぇ。多くのコミュニティを見てきた俺には、それが嫌というほど身に沁みている。
子供も親も、みんな不安だらけだ。
そんな中でも、1人も取り溢されて欲しくねぇ。
情報の整理と周知、安心を促す声掛け、同志が別の現場を捌く為の指示出し、そんな事に時間を割いてたので、それに気付くのが幾らか遅れちまった。
!? ――パンゲアが死んでやがる。
橘やその協力者たちがどんな策を労したのか、あるいは別の誰かの描いた画なのか、ともあれSNS上は混乱を極めていた。だがそんな様子を窺っていると、俺が薄々感じていた事が思い起こされる。
こいつらは普段からパンゲアを活用できちゃいなかった。
パンゲアは世の中の全てのニュースに平等だ。だからそこに掲載されるトピックを見渡してこそ、世間全体の状況が俯瞰できる。だが、それは基本的に味気なくて、退屈だ。
パンゲアこそが報道革命のトロフィーだから、軽んじる奴はアオには居ない。だが現状では、都合良くシロを糾弾できるトピックが載った時だけそれを囃し立てるような文化が主だっていた。パンゲアが踏み込まない真偽保留中の内容に対しては、都合の良い解釈を垂れ流して支持を得る輩が増えた。パンゲアを叩き棒と割り切り、話題集めはまとめサイトへやインフルエンサー主体へと、これじゃあ報道革命前に逆戻りだ。
このザマなら、ワイドショー主体でニュースを仕入れてる中高年の盲目的シロ派共とさして変わらねぇ。
皆、刺激的で娯楽的に正義を感じられる場所に身を置きたいって事だ。アオの活動的な気質に対し、パンゲアは無機質過ぎる。良くも悪くも、AIに人を満足させる事なんてできやしなかったのかもしれねぇ。
俺は筋が通っていない今のアオ派を嘆くべきなのか。
――ジャーナリストなら、嫌な事実から目を背けるな!
そんな風に啖呵を切って、春節祭前に間者の存在を指摘した橘を見てると、無性にそんな気にさせられる。
橘は何故、郷田聡美への説明に俺たちまで同席させたのか。決まってる、それが奴にとってのフェアであり、情報を強者だけのものにしないための矜持。お陰で、俺はコトが起こる前から外国人コミュニティのガキどもを守るための準備ができた。だからまた、奴に貸しを作っちまった。
何より橘は、外国人の俺らをあの場でアオの代表として置いてくれた。その意味は噛み締めなきゃならねぇ。
SNSに意識を戻すと、また新たな動きがあった。
桐谷元アナ――アオ界隈で彼女を知らない人はいない、配信者転落死事件の目撃者。彼女が郷田の投稿を引用し、強いメッセージを添えた。そしてそれを合図にするかのように、アオ派の中にもタクシー避難を信じて良いのではという人がぽつぽつと現れ始めている。これも橘のシナリオとして聞かされていた通りだ。
しかし次に反応した大物は、流石に奴の手引きじゃないだろう。
新垣治民清党代表も郷田の投稿を引用し、党内で災害対策本部を立ち上げた旨を発信していた。
スタンスとしては、若者がどんな選択をしてもバックアップする事を掲げている。タクシーに乗ろうが、自宅待機しようが、あるいは仮に地下へ向かおうとしてしまっても……電波障害のその時までSNSや電話での相談を受け付け続け、さらに有益な情報も発信し続ける。
気の利いた事に、民清の災害対策本部には既に多国語に対応したスタッフが配備されているらしい。また在日外国人が用意し辛い、乗車に必須とされた年齢確認書類の緩和策についても、郷田に進言する姿勢を見せていた。
それらの行動は救うべき対象の人種が関係無い事を世間に思い出させてくれる。
若者たちも民清が相手なら頼り易い事もあるだろう。これで、少しでもトラブル無く災害を乗り越えて欲しいモンだ。
パンゲアに頼れないこんな時だからこそ、アオ派はもう一度パンゲアの価値を思い出さなきゃならねぇ。そして、自分たちが何を信じられるのかを考えなきゃならねぇ。
正直今の状況は手に余り、ピックスとしての活動はハオランに任せっきりだ。できる事なら自らタクシーを運転してやりてぇがその資格も無い。だから悔しいが、俺には移民の小僧たちの安全についてもアオ派の奴らの選択についても、祈る事しかできなかった。
後の事は橘の仲間たちに託すしかない。
―磁気嵐到達まで残り6時間13分―




