表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第10章 綺麗事ホワイダニット
190/213

180話 【SIDE-桐谷ひのえ】バンドワゴン・エフェクト

 世間は混沌の渦に飲み込まれていた。


 デバイスジャック患者――すなわち首都圏の若者230万人がほんの数日後に磁気嵐の被害を受ける。そんな研究レポートが何者かによってリークされ、パンゲアが信憑性を認めてしまったのだから。


 そして今朝8時、予測よりも早い太陽フレア発生が発表された。

 今日は土曜だというのに、起床後すぐに絶望に叩き落される若者が続出。磁気嵐到達はそこから15時間――本日の23時がタイムリミットとなってしまった。


 政府は異例の選挙延期を決断し、太陽フレア発生と共に緊急事態宣言を発令。しかしデバイスジャック患者への対応は拙いもので、地下への避難を非推奨と呼びかけながらも、抜本的な解決策は打ち出せないまま既に6時間以上が経過していた。


 政府の隠蔽体質と決断力を非難する声は勿論のこと、当事者たちは如何にして災害から身を守るか、その情報を求めて彷徨っている。賢しらなインフルエンサーの発信やら、フリマサイトに並ぶ謎の対電磁波対策グッズやら、再生数狙いの煽り文句が並ぶサムネの動画やら、冷静に見れば何ひとつ信じられそうなものは無い。

 けれどパンゲアが認めた磁気嵐の被害だけは疑うことができず、だから安心材料に縋りたい者たちにより素人レベルの情報ばかりが拡散され続けていた。



 この自室で唯一の音源であるテレビからは、L字型に災害対策速報を流す臨時ニュースが、しかし進展しない現場を嘆くように繰り返しの文言を垂れ流している。

 しがない元アナウンサーでしかない私――桐谷ひのえは、自室のソファでそれをぼうっと眺めているしかなかった。


 今頃、きっと都築クンも橘クンも世界の為に動いてる。

 けれど私にできる事といったら合図を待つだけ。


 橘クンには、してやられた。

 彼が私人Xだったなんて思ってもみなかったし、それを昨日まで明かしてくれなかった事には腹を立てたけど、あの悲劇の渦中に彼も居たって事実は少しだけ私の肩を軽くする。でも素知らぬ顔で私を事件現場にまで誘い出して、あんな状況で頭を下げてくるんだからやっぱりズルいが勝る。


 都築クンには、悪いことをしたかも。

 きっとあの可愛い後輩2人には、薄らと私に恋心を抱いていた時期がある。進展を望むでもなく、私はその心地良い距離感で揶揄ったりもしてた。そんな関係が都築クンの判断を鈍らせたとしたら、私にも罪がある。でもあの事件で私が訴えた主張が警察におざなりにされた傷は、未だに癒えない。


 彼等だっていっぱい傷付いた――なんて言葉で飲み込むつもりはない。これからも根に持つよ。

 でもその本心は、そんなことを会うたびに言い合えるような関係に戻れたらなんて、そんな風に考えているからかもしれない。



『――速報です!』


 テレビの一際大きな警告ジングルとアナウンサーの逼迫した声色で、現実に引き戻される。


『ただ今政府からの発表です! 予告通りの特別措置法に則り、自宅待機の要請が発令されました。引き続き不要不急の外出や経済活動を控え、磁気嵐に備えて下さい。鉄道や旅客機などの運行は今から2時間後より、一時的に停止されます。予測される電波障害や停電につきましては――』


 SNS上で論じられ、共通認識となりはじめた通説は3つ。

 スマホ着信過敏及び電子レンジ頭痛の症状がある人は、現在首都圏住みでなくても対策を講じたほうが良い。

 磁気嵐到達予測の本日23時――今から9時間以内に対策を済ませる必要がある。

 その最も確実な対策とは、地下10メートルに避難することである。


 政府は事前にマニュアル化した災害対策の話しかできていない。だからSNS上の若者たちは、自身らが政府から見捨てられたと憤りながら、自身らを守るための独善的な行動に肯定的になる。

 地下避難所は早い者勝ち。もう動き出すべきか、皆探り合っている雰囲気。今日は土曜日で、社会人層の経済活動を抑えるのが容易な反面、学生層の動きを学校で縛れない事が災いしている。


 誰しもが頼れる者の発信を待ち望みつつも、ただ待ってはいられずに動き出そうと考える。そんな境地に皆が立たされた時に、私が待っていた合図――郷田和義からの投稿はなされた。



――――――

【日笠製車両を避難場所とする措置について】


 東京都及び国土交通省には、デバイスジャック患者を太陽フレアの磁気嵐による健康被害から守る用意がございます。


 昨日リークされた内容につきましては、私郷田和義も承知していたことと、ここにお詫び申し上げます。引き起こされるパニック被害と健康被害を天秤にかけた結果、即時の決断に至らなかったのだとご理解下さい。


 さて、かねてより日笠重工の協力で開発を行なっておりました新型タクシー車両につきまして、PHEVの課題である電波ノイズの諸問題を、精緻なEMC設計とボディフレーム素材の特許技術などで乗り越えて参りました。

 そして外界からの電波を整理・遮断するこれらの性質が、デバイスジャック患者の磁気嵐による健康被害対策に応用できるのではないかと、長らく検証を行っておりました。結果、磁気嵐による健康リスクの9割を軽減できる事が判明しております。詳しくはリンク先の研究レポートをご覧下さい。


 皆様のご協力を賜り、首都圏には現在410,241台の新型タクシー車両がドライバーにより運用されております。これに加え日笠重工による生産ストック分が9万台ほどあり、合わせて50万台の用意がございます。これらを臨時の避難所としてご利用できるよう、現在準備を進めております。避難マニュアルにつきましては、近々国土交通省の方から公開される予定となっております。

 また、これらの緊急措置にはドライバーの力が不可欠です。未来を担う若者のため、一人でも多くの方にご協力願いたく存じ上げます。

              東京都知事 郷田和義

――――――



 都築クンは郷田和義の説得に成功した!


 さて、この投稿がパンゲアでどう扱われるのかが真の正念場。ここで真偽保留中の書式になっていれば、作戦は次のフェーズへ進める。


「えっ――?」


 ひとりの部屋で、それでも思わず声を出してしまった。

 パンゲアへのアクセスにやけに時間がかかるなと思いながら片手間にSNSを眺めていたら、なんと誰しもがそう投稿している。


 パンゲアがサーバーダウンした――!?


 これは郷田和義の手によるもの? あるいは偶然?

 いずれにせよ人々はAIのファクトチェックを通さずに、郷田の提案に対する選択を迫られることとなった。


 郷田のタクシーなんか信じられるかと叫ぶ者、パンゲアの鯖落ちも政府の陰謀だと嘆く者、災害時に日笠車の宣伝第一かと怒る者――SNSでは郷田の提案に否定的な若者の声が目立つ。清廉情報思想の興りは配信者転落死事件、すなわち郷田と日笠のタクシー受注談合疑惑から始まったのだから当然だって、私にも嫌というほど理解できる。


 けれど、感情と事実は別として考えなければならない。


 私はSNSの自分のアカウントを確認する。フォロワーは7万人と少し。少なくはないけど、インフルエンサーという程でもない。

 ただ、これは私にしかできない仕事。配信者転落死事件の目撃者としてアオ派に名が通っている、桐谷ひのえ元アナウンサーにしか――


 早すぎても作為を感じるし、遅すぎても間に合わなくなる。

 だから郷田の投稿から30分が過ぎた辺りで、彼のそれを引用し、用意していた文章を添えた。



――――――

 ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、私はかつて日笠重工の工場へインタビューに赴きました。事前準備で彼等の技術を勉強させていただいておりましたが、その日は悲劇によりお伝え叶いませんでした。

 今になってはそれが残念でなりません。新型タクシーが地下より絶対に安全だとは言い切れませんが、私が当時触れた日笠の方々は信頼のおける技術者で、この国の未来の為に力を尽くしていらっしゃいました。事件の傷は未だ私の中でも癒えませんが、これだけはあらためてお伝えさせて下さい。

 皆様の胸中は察するに余りあるものがございますが、先入観だけに流されず、勇気あるご判断と何よりご無事をお祈りしております。

――――――


 あの日、レポーターとして伝え損ねたものを伝える。

 これもまた、私のジャーナリズムにとってのケジメのひとつ。


 けれどこの投稿の本質はやはり、郷田を嫌悪するアオ派の多い若者層へ、私自身の境遇を利用して冷静な判断を仰ぎたかったから。


 正直、専門性の無い私の言葉なんか、信用を寄せる上でさしたる材料にはならない。けれどあの事件の生き証人である私が最初に声を上げる事には、きっと意味がある。私の支持に続いてくれる人が居るかもしれない。

 パンゲアの無い今、真偽の境い目が霞む今、皆が不安でいっぱいな今、人々は心の拠り所を探しているはずなのだから。



 私の投稿は何かを保証できるような内容じゃないし、何なら個人の感想でしかない。けれど報道するのが人間の時点でいずれにせよ完璧などあり得ず、それを理解した上で一人ひとりが折り合いをつけ、有益な情報を選りすぐってもらうしかない。


 それこそがジャーナリズムの瑕疵であり、譲歩を要する誤謬なのだから。




 ―磁気嵐到達まで残り7時間58分―


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ