179話 【SIDE-都築甲斐斗】マキャヴェリズム
「都築甲斐斗です。ご報告に上がりました、和義様」
郷田邸にて、僕は粛々とした態度でそう口にした。
僕が日笠の黒服に紛れ込んでミュージアムを訪れ、そしてそのバックヤードで乙郎により様々な真相が暴かれた昨日。小鳥遊丈の手によりデバイスジャック患者の磁気嵐被害が明るみになり、世間は大混乱に包まれた。
そして誰も答えを出せないまま、翌朝8時に、予測よりもだいぶ早く太陽フレアの発生が確認された。
政府は即座に緊急事態宣言を発令。
明日に控えた衆院選も一時中止という異例の措置がなされ、15時間後に到達する磁気嵐に備えて不要不急の外出を控えるよう呼び掛ける。
パニックはすぐそこまで迫っていた。
「好きに、したようだな」
太陽フレア発生からまだ数時間も経たないお昼前、郷田邸に訪れた僕に対して和義様はそう告げた。
僕の読みでは、和義様はこの機に総理派への打撃を望んでいる。それはきっと下野しようとする皆国の減速に乗じて党内での総理派との力関係を逆転させ、後の政権の際に契倫会が隆盛するための布石。
でも和義様はその立場により、皆国が隠蔽しようとした真実を独断で公開しては筋が通らない。だから“部下の自主性”に任せようと僕を放った。
「まぁお前の天秤がどちらに傾いていたかは聞かぬが、いずれにせよ結果は上々だ」
ふと、疑問がよぎる。
まるで僕がリークの阻止に動いたとしても、和義様はこうなる事が分かっていたかのような口振りに思える。なら公安の僕があの場を押さえた事それ自体がトリガーになって、内藤氏は小鳥遊にリークの指示を出した?
最後まで迷いのあった日笠を焚き付けるため、僕が現場に送られたとしたら……僕の意思など無関係にこの結果を引き寄せてしまった?
――いや、いつまでも後ろばかりを振り返るのはもう止めると決めたんだ。今の目的の為ならば、和義様の掌の上で踊ろうと構わない。
「総務相や厚労相を有する総理派閥は、災害対応要件の劇的な変化により混乱の渦に飲み込まれております。派閥内でも研究を知っていた者とそうでない者の情報格差が浮き彫りになり、皆が疑心暗鬼に陥っているようです」
多くを知る厚労大臣はこの解散を機に全ての責任から逃げ仰る予定で、既に引退表明までしていた。この土壇場で指揮棒を振る胆力が無いのは当然で、加齢からくる体調不良を盾に表に姿を表さず、それがより混乱の原因となっている。
「それは難儀だな。やはり国政には魔物が棲んでいる」
和義様は薄ら笑いを浮かべて、しかし都知事の自分には与り知れぬ対岸の火事であると強調しているかのように見える。
でも契倫会だって与党の有力派閥であるし、研究チームに聡美様の名前があるところから和義様が関わっていた事は知れ渡ってしまう。ここから総理派閥だけを陥れるには、和義様でも相当に細い綱の上を歩まされる筈。
「……僭越ながらご提案がございます。釈迦に説法かと思われますが、磁気嵐災害は日笠製のタクシーで解決し得る問題です。公表を政府に進言してはいかがでしょうか」
「国民の為と言うのであれば、総理がとうにやっている。それをしないという事は相応のリスクがあるからだ。……あるいは、聡美の為に動けとでも言うつもりか? 確かに娘は今回の件で立場を危うくするだろうが、身内可愛さに判断を間違えては政治家としては二流だな」
そう冷たく言い放つ和義様に、僕は駆け引きの為の言葉を選ぶ。
「いえ……将来、和義様に総理の椅子にお座りいただく為です」
和義様の眉毛がピクリと動いた。
もう後には退けない。
「和義様は早くから防災の準備を進める必要性を感じ、日笠と連携して秘密裏に対策を進めておりました」
研究チームに多額の予算追加を融通して成果を上げ、想定被害を賄い得る量のタクシー車両を普及させる事で災害への回答を用意できたのは、間違いなく和義様の手腕。けれど規模が大きくなり過ぎたそれは、今や契倫会だけの利権ではない。
和義様が日笠タクシー車両開発スキームに総理派を引き入れた理由は恐らく3つ。
ひとつは、当時国交相だった郷田は都政へと戦場を変える算段で、国家プロジェクトのバトンを渡す先が必要だったから。
もうひとつは、配信者転落死事件を機に契倫会に打撃を与えようと企んだ総理派への、取り引きのための材料として。
そして最後のひとつは――
「――タクシー車両の有用性が公開されてしまえば、総理はそれを知らなかったでは済まされない立場にあります。なのにリスクばかりを数え、未だ抜本的な対策を打ち出せていない。だからここで結果を出した政治家を人々は忘れないでしょう」
「その役目を私が追う事で、若者のヒーローにでもなれと言うのか? 莫迦を言え。リスクがあるのは私も同じで、何より私を目の敵にしている奴らは言うことを聞かんだろう」
パンゲアのファクトチェックに通らないような発信は、政治家にとって信頼を喪失する行動。そして強行したが最後、生じた被害のすべての責任を求められかねないリスクもある。
だからそれだけではないのだろう? ――と、そう問いかけるように、和義様は間を取った。
僕はここで、用意してきた書類をテーブルの上に広げる。
「ここに臨床実験の偽装データがあります。これにより“おおよその人間は”タクシー車両における防災機能の有用性を確信できる、そんな資料になっております」
これは聡美様に作ってもらったもの。
僕と彼女の、2人分の覚悟の表れ。
「……何を言っている? こんなものパンゲアに見抜かれて終わりだろう」
「えぇ、パンゲアはこれを真実とはしないでしょう。けれど偽装とも即時に判断でない程度の質はあります」
この偽装資料がソースに混ざろうと混ざらまいと、日笠製タクシーの有用性についてパンゲア上ではしばらく真偽保留状態になる。ファクトチェックが終わるまでの間は、この偽装は何の意味も成さない。そしてその答えが出るのは、恐らく災害発生よりも後になる。
「しかし、もし和義様がタクシー車両の対災害性能を公表し、後にそれが誤りであったとファクトチェックが成されたなら、和義様が虚偽の発表をした原因はこの偽装資料の所為と言えます。……すなわち、こんなものを紛れ込ませた私の所為です」
和義様が偽装資料に騙され発表に至ったのであれば、政治家としての善性は毀損されない。重要なのは資料が真実かどうかではない。和義様が正義だと考えて発信したのかどうか。
未曾有の災害に対し主導者に求められるのは、間違いを犯さなぬよう縮こまることではなく、国民を守る為に恐れず行動できること。
「研究チームの一員である和義様の愛娘を籠絡し、公安の立場を悪用して独断で偽装工作を行った、暴走した正義を振るう警察官。……それが私です」
公的には僕は和義様の部下ではない。だから僕だけに責任を擦れば、和義様は潔白のまま実績だけを積む事ができる。
しかもおあつらえ向きなことに、僕の顔はピックスの手によりアオ派に広く知れ渡っている。分銅祭で警棒を振るその男が資料偽装で逮捕されれば、アオ派のヘイトはしっかりと僕に向ける事ができる。
「ふはは……! 自ら捏造に手を染めたというのか、あのお前が!」
和義様がここまで上機嫌になったのを、僕は始めて見たかもしれない。
「同じです。配信者転落死事件の日、貴方を報道陣から逃すために、自らの弱さに屈して嘘を吐いて回った男と」
「そこまでしてタクシー防災を周知して、若者たちにその有用性を啓蒙し正しい選択をさせるような術があるというのだな?」
そう。
それは血の通った報道こそに価値を見出した、僕のジャーナリズムの残り滓。情報が誰かの味方になれるように――そんな乙郎の言葉が、僕の背中を押している。
「えぇ、パンゲアの真偽保留状態という、皆が自身の選択を迫られる空白の期間に問いかける算段を用意しております」
だから、僕は何を犠牲にしても、ここで和義様を動かす。
それはこれまでの行いの贖罪でもあり、僕の最後の意地。
「良いだろう、その皮肉は気に入った。それに私とて、投資してきたアレを黙殺するのは勿体無いと考えていた」
その言葉で、僕は肩を撫で下ろす。
「和義様は……最初からタクシー車両を防災利用するおつもりがあったのではないですか?」
安堵と同時に、どうしても聞きたかった事が口を突いて出てしまう。
「私には全てのものを利用する準備がある。そして何年も周到に準備してきたものが日の目を見ない事など、この世界では日常茶飯事だ」
サンクコストに囚われず、如何に準備してきたものを切り捨てられるか。今回のタクシー車両の裏で、身を結ばなかった数多の計画があったに違いない。
「だが、お前の用意したシナリオでは幾らか温いな。……総理も海の向こうに梯子を外されこの様だ。米国はパンゲアが負に作用する前例でも作って、また国際世論を動かすつもりだろう」
和義様は、さも僕が全容を把握しているかのように振る舞う。しかし僕はその言葉の規模を測りかねていた。
「そうはさせん。私が本物の空白を見せてやろう」
混乱している僕に構わずそう言うと、和義様は正造氏に電話をかけると言って部屋を出ていった。
和義様がそう告げたおよそ4時間後――日本のパンゲアはサーバー落ちでアクセス不能となった。
―磁気嵐到達まで残り8時間45分―




