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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第10章 綺麗事ホワイダニット
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177話 ファラデーケージ

「……じゃあそろそろ、橘クンの言うまだ曇っていて見えない道、っていうのを聞かせてもらおうかしら」

「自分も、多少真実を歪めてでもパニックを防ぐ手立てがあるならやるべきだと思うっス」


 ひとまず、俺たちは一蓮托生となれた。

 内藤氏との取引条件はクリアしたと言っていい。


「いや、詭弁かもしれないが真実を歪めるつもりはないよ、秋山。……そもそも知覚性デバイスジャック症候群の論文が最初に発表されたのはいつだったか、覚えてるか?」

「んー、あんま話題になった記憶が無いっス。さっきSNSを軽く見ただけでも、今回の事で初めて知った人もたくさんいた感じだったっスね」

 秋山の言う通り世間では殆ど周知されていない論文だ。俺だって2週間前に聡美さんに教えられるまで知らなかった。


「聡美様が社会人一年目でチームに入られた時は既にデバイスジャックの研究が進んでいたから、5年近く前なんじゃないかな」

「あぁ、甲斐斗の言う通り、症候群を定義した論文発表は今から約5年前……パンゲア運用開始より前なんだ」


 今でこそ、社会的な影響度の高い論文などはパンゲアが高ランクを付けてトピック化してくれる。しかし以前の世界では、お堅い論文などはニュースなどで取り沙汰され辛く、世間的に消化し易い話題が他にある場合には特に埋もれがちであった。


「だが世間は注目しなくとも、政府にはその重要性を早い段階で理解している人間が居た。その証拠にデバイスジャック研究チームはある時、多額の予算が追加されている」

「和義様……! けど早くから災害対策を考えていたなんて僕でも聞いたことがないよ」

 俺の推理にはまだ仮説の部分が多い。

 甲斐斗が言うのだから、“それ”は郷田の設計思想でなさそうだ。


「そうか。なら予算追加時の研究名目の方に注目しよう……聡美さんから聞いた話だとそれは、“電子戦におけるデバイスジャック患者の知覚反応について”」

「えっ!? じゃあ郷田は若者の病理にまつわる研究の裏で、軍事的な検証も進めてたってことなの……?」

 桐谷先輩は青ざめながら問いかける。

 確かにこの戦争を思い起こす研究名目は、恐ろしい妄想を掻き立てるのに充分だ。


「俺も最初はそんな風に怯えました。けれど郷田の注力する治安維持の思想は、過去の発言や政策から見ても国内限定のもの。他国との戦争へと思考を飛躍させる者が居たとすればそれは、軍事産業で財閥を築いた日笠重工の方と考えるのが自然」


 遠くで佇む内藤氏の方を見ると、彼もまたこちらを真っ直ぐに見据えている。しかし俺の事を信用しているのか値踏みしているのか、まだ言葉を挟んではこない。


 俺はそのまま桐谷先輩の方へと説明を続ける。

「話が少し変わりますが、基本的にこの国の軍事思想は専守防衛。軍産複合体の一翼を担う日笠重工には、他国の有する近代兵器に対する回答が求められています。……そして近年注目されているものの中に、EMP兵器というものがあります」


 EMP――すなわち電磁パルス兵器。

 核爆発のエネルギーで強力な電磁波を発生させると、電子機器は軒並み使用不可能になり通信網も麻痺してしまう。文明を電気に依存している現代において、その威力は計り知れない。そしてその反面で、起爆自体は高高度で行われるため人体への影響は無い。だから都市を人道的に無力化するための兵器とされていた。


「そして日笠がタクシー事業を受注できた背景には、他社に真似できない軍需品からの転用技術がありました。プラグインハイブリッド車に必要なEMC設計も、対EMP兵器と同じ設計思想で為されていたとしたら――」


 EMC設計とは、外部からの電磁波に起因するノイズをシャットアウトする技術だ。それは精密な電気自動車開発を行う上で欠かせないと言われている。


「えっ!? じゃあまさか……!」

 秋山が喰い気味に言葉を漏らした。俺は頷いて答える。

「あぁ、日笠製のタクシーで太陽フレアの磁気嵐も防げる可能性がある……!」


 磁気嵐を防ぐ手段として聡美さんの言った“特殊な導体で囲まれた部屋に篭る”を聞いた時から引っかかっていた。通常の車両でも落雷から内部を守れるとされているし、車自体にそういった適正がある可能性は高い。

 そしてその説の相談に乗ってくれた聡美さんがあり得る話だと肯定してくれた事も、俺の推理の背中を押していた。


 ぱちぱち、と手を叩く音がした。

「相変わらずですね、橘さん。仰る通り我々は、製造した車両がEMP攻撃を受けた際にも交通事故を起こさず走り続けられる電気自動車の設計を目指しておりました」

 内藤氏は、遂に会話に入ってきた。

 ここからが俺の推理の正念場だ。


 老紳士はバックヤードの資料棚の方へ徐に歩き出す。

「――そしてデバイスジャックの論文を目にしたのです。人間の知覚が電子機器と接続されたような挙動を示すのなら、電磁パルスが人体に影響を及ぼさないという通説を考え直さねばならなりません」

「……デバイスジャック患者に健康被害を及ぼす磁気嵐の波形がEMP攻撃と近しいなら、災害対策にタクシー車両が役に立つかもしれない。そんなお考えで、“電子戦におけるデバイスジャック患者の知覚反応について”のレポートを求めていたのですね?」


 災害対策が秘密裏に行われていたのなら、それがパニックを防ぐ手段になり得る。そんな願いを込めて、俺は内藤氏に問いかけた。


 彼は資料棚から取り出した書類を持ってくると、俺たちの眼下の机上に広げた。

 曇っていた道のひとつが、照らされた。


「およそ90%。それが我が社のタクシー車両内で軽減できるとされる、磁気嵐の健康被害です」


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