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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第10章 綺麗事ホワイダニット
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176話 寄りあう意図

 残された時間は決して多くはなかったが、それでも俺は可能な限り誠実に過去を辿った。

 すると、聞き手側にもぽつりぽつりと発言があり、皆の当時の視点での話が挟まれる。秋山、桐谷先輩、そして甲斐斗――気が付けば皆の見た景色が、撚りあう糸のように重なり合っていく。


「――あの頃、橘サンが昼食ついでに相談してきたのって速水トオルのことだったんスね……」

「秋山には詳しくは説明しなかったが、結果として今日まで引き摺ってしまった……本当にすまん」


「――やっぱり……乙郎はホテルサンシェードで郷田番の僕の姿を見て、日笠と契倫会の癒着にまで辿り着いたんだね」

「あぁ、だがそれはピースのひとつに過ぎなかった。正造氏も隠した覚えがないと言っていたしな。だからあのすれ違いだけで俺の運命が変わったとは思ってない」


「――事件現場に橘クンも居たなんて思ってもみなかった。私人Xの事を聞きたがるクセに自分は歯切れが悪かったのにも合点がいったわ」

「俺もあの現場に桐谷先輩が居たことは後になって知りました。もしあの時に迷わず速水トオルに駆け寄れていたら……階下の先輩とも目を合わせていたかもしれません」


「――それで、速水トオルが日笠正造の隠し子だったって大スクープっスよね?」

「話題性は高いだろうが、結果として何かが変わるにはもう時間が経ち過ぎた。……だからこの事実は騒ぎ立てないで貰えると助かるな」

「あぁっ、勿論っスよ! そんなつもりじゃなかったっス」



 今の俺は自分のジャーナリズムがどうこうより、彼女の味方でいる事を上に置いている。本人の望まぬところでパーソナルな部分が暴かれてしまうことは、是が非でも避けたいと強く願っていた。


 どうやら俺の公正さは情に負けたようなのだ。

 この秘匿により社会が負債を抱えてしまった可能性も理解した上で、この件ではアンフェアにも一人の側に寄り添っている。その事をそろそろ認めなければならない。



「警察が私の証言に取り合わなかったのは、裏で都築クンと郷田和義の密約があったからだったなんて……私があの事件で誰にも話を聞いて貰えずどれだけ苦しんだか。貴方の私への優しさは、同時に私のジャーナリズムも踏み躙ったと知りない」

「申し訳ありません……僕は自分の過ちを誤魔化したいが為に、言い訳を他人に求めてしまいました」

「ふふっ、冗談。半分はね。……ありがとう、私を守ろうとしてくれて。けど私はそんなに弱い人間ではないって、知っておいて欲しかったかな」


 甲斐斗が公安に入った理由も明らかとなった。

 大和新聞という大組織の重圧も量り知れぬものであっただろうし、郷田和義に睨まれたのは災難であったとしか言いようがない。けれど彼なりに自分の行いで許せない部分があったに違いなく、だから容易に肯定も否定もしたくない。

 けれど、共感することはできる。


「それで、今度は俺を事件から遠ざけようとしていたとはな。余計なお世話……なのはお互い様だな」

 甲斐斗は公安になってから、何やら俺に気を回して暗躍していてくれたようだった。妙に突き放していた態度にも今なら納得がいく。

 だから俺の、会う度に詰め寄るような立ち回りは完全にお節介で鬱陶しかっただろう。蓋を開けてみれば、何とも間抜けなすれ違いをしていたものだ。



「――待て。俺たちを尾けてた盗撮パパラッチが公安だっただと……!?」

「やっぱり気付いてはいなかったんだね。あの男のターゲットは君だったんだよ、乙郎。今となっては僕がそれを引き継いだけど。公安は早い段階から私人Xの正体を把握していたし、そこから小鳥遊の居場所を探ろうとしていたんだ」


「――それにしても、桐谷サンは新垣と、都築サンは郷田と繋がってたなんてなんか凄いっスね」

「私は繋がってたなんてものでは無いよ。ただ一回だけ食事をご一緒した程度」


「――乙郎が聡美様と情報交換を……!?」

 それは甲斐斗にとって大層な誤算だったのだろう。俺と聡美さんが参院選の時に知り合った事は知っていても、その後に国家機密レベルの研究情報を漏らすなど想定の埒外に違いない。


「あぁ。俺のタクシー業務の助手をしている子と因果があって、その流れでな」

 菖のパーソナル――小鳥遊丈の娘である事と、アイリスである事と、アイちゃんのチカラの事は、相変わらず話していない。本人の居ないところでパーソナルを吹聴することは、やはり憚られる。


「そうか、聡美様は……」

 独り言のように呟く甲斐斗を見るに、彼にも彼にしか解らない事情があるのだろう。


 そして、甲斐斗は少し迷う素振りを見せた末に、かしこまった様子でその言葉を絞り出した。

「僕は、聡美様の力になりたいがために、小鳥遊丈のリークを止めに来た」


 そして一呼吸置いて、甲斐斗は思いの丈を吐き出していく。

「僕は不条理に耐える事で自分を納得させてきたクセに、いざ行動するとなるといつも理由を他人に求めてしまってきた。でも桐谷先輩も乙郎も僕に守ってもらう必要なんか無くて……」


 言葉を重ねる毎に、皆の誤解が少しずつ解けていく。

 そうすればまた、志を重ねる事ができる。


「……けど今も少しでも聡美様の為になりたいという気持ちは変わらない。だから今度こそ間違えないようにしたい」


 甲斐斗も俺と同じだったのだ。結局のところアカリへの想いと自分の信念の狭間で揺れ動いて、何もかも中途半端にしちまった俺と。


 人ひとりから生まれ得る公正など、情には抗えない。

 我々はAIではなく人間なのだから。


「未来が変えられるというのなら、協力させて欲しい」


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