169話 【SIDE-都築甲斐斗】祟り目から一瞥
僕のA班としての通常業務は、キー局などマスメディアの指導と監視。
参院選時には選挙特番に恣意的な偏向が起きないよう見張るという名目だったけど、実情は“報道革命”や“サファイアデモクラシー”などの単語の放送禁止勧告や、与党に不利な事実の印象操作要請などが主であった。
それは過去の自分にはとても見せられないような、真実を歪める報道規制強化のための業務。
そしてその裏で、元ツワブキ出版社員を取り調べを進める。
以前から続いていた任務であっても、B班孫六氏からの情報や聡美様に聞いた研究チームの事実と照らし合わせた今、嫌でも身が入る。
「秋山さん、そろそろ何か思い出しましたか?」
僕の担当は隼人様と懇意にしている曙テレビ。ここはその打ち合わせ用の小会議室。
曙テレビに勤めている秋山氏は、かつてツワブキに新卒入社したという過去を持っていた。もし小鳥遊丈に可愛がられていたならプライベートなどの有益な情報を持っている可能性が高い。
だから僕は国家権力を盾に、高圧的に詰める。
「何度も言う通り、社長の今の居場所も目的も知らないですし、当時だって裏で極秘案件を抱えてたとしても自分には聞かされてないっス。配信者転落死の目撃者……私人X、でしたっけ? その頃の社長はベイエリア開発の取材に回ってたんで、自分としては眉唾モノっすね。いい加減諦めてほしいっス」
若者230万人を巻き込むパニックに繋がる――そんな事の重大さを知らされていない彼の言い草は、さも迷惑そうに僕をあしらった。
もうかれこれ3ヶ月近くの間、定期的にこうして箱詰めにしては尋問している。初めの頃こそ緊張気味に萎縮していたこの男も、慣れてしまったのか今では明らかな苛立ちを表に出していた。
「それに、『報道革命の舞台裏』とかいう企画に回されたんすけど、これ都築サンの差し金っスよね。“報道革命”なんて自粛ワード掲げて番組編成通るワケ無いっスもん。やる事が陰湿じゃないっすか?」
「我々も報道を公正へ導こうと日々尽力しています。貴方もツワブキに居たジャーナリストなら断る理由は無い筈です」
僕は吐き気を堪えながらそんな言葉を発する。
秋山氏のキャリアを潰してまで探りを入れようととしているのは、小鳥遊丈の居場所を何としても彼から聞き出す必要があるからに他ならない。それは課長からの命令である上に、僕としても乙郎以外のルートからこの件に決着を付ける必要があるからだ――と、また自分への言い訳を重ねる。
「公正って言うなら……一昨日の元大臣の死亡ニュースの件だって、公安がしっかりしてれば防げたんじゃないんスか? ああいうのの為に作られた組織っすよね?」
先週、前任の財務大臣が亡くなられた。
葬儀をしめやかに執り行いたいという親族の意向で、それが終わるまでは報道を自粛するよう各局に通達があったのに、それよりも早くパンゲアにトピックが載ってしまったのだ。
情報ソースはアオ派を名乗る介護ヘルパーのアルバイトの取るに足らない投稿で、けどパンゲアは有能なばかりにそれが真実である事を見抜き影響力が高いと判断した。結果、年金法案で若者の反感を買っていた元大臣の葬式は、過激なアオ派の連中に荒らされてしまったのだった。
「あのケースは理論上防ぎようがありません。誰でもスマホひとつで発信源になれて、パンゲアが拾うこの時代……我々の仕事は、リークした愚か者を罰して後続を出さないようにすることです」
人の血の通った報道が社会を豊かにするのなら、人を守るための報道規制は必要。磁気嵐のパニックを防ごうとする件もそれは同じ。そう考える僕は、立場を抜きにしてももうシロ寄りの考えに至っているのかもしれない。
ただ、それで素人報道相手にとれる行動が後手の見せしめ逮捕なのだとしたら、僕の理想――完全公正な単一報道組織の樹立など、独裁にでもしない限り夢物語でしかなかったと思い知らされる。
「なら社長のことも、機密とやらをリークされた後に逮捕するしかないっスね」
秋山氏は容赦なく皮肉を口にする。
捕まったアルバイトは、それでもSNS上で一部のアオ派から英雄視されていた。無罪を求める署名運動や裁判代のカンパなど、まるで法の方が悪であるかのような扱いも目につく。
後手に回った時点で、既に我々の負けなのかもしれない。
睨み合いにより、この狭い部屋に暫しの沈黙が訪れていた。
秋山氏の眼に宿る非難の色は、言われるがまま仕事に従事する事良しとしない信念染みたものを感じる。それは、古巣がソラ色と蔑まれてなお小鳥遊丈を慕っている様にも見える。
だから今現在の小鳥遊との繋がりは薄いとしても、秋山氏は刺激すれば有益に動くだろうという予感があった。
「やはり、末端社員よりもっと上の立場だった人に聞くべきか……」
今日のところはこの辺にしておき、また暫く彼を泳がせようか――そう考え立ち上がった時だった。
「ちょっと待つっス。上の立場って……そうか……!」
安い挑発だったけど、こんなものに乗ってくるとはこの男もまだまだ未熟なのかもしれない。けれどそう思った矢先、続けて秋山氏の口から出た言葉は予想外に僕の心臓を抉った。
「それじゃやっぱりツワブキの社員名簿は全部洗ったんスね……ならハッキリ言わせてもらいますが、自分の先輩には手出し無用っス。もう報道業界に居ない乙郎サンにまでちょっかい出したら、自分は都築サンを許さない……!」
なんて事だ――この人は、乙郎を慕っている。
百名以上が在籍していたあの会社で、秋山氏が居たのはたったの2年程度。なのに倒産後の乙郎の進退を把握していて、さらには名前呼びし庇う程に距離が近かったなんて。
いつだったか、可愛がっている後輩の話を乙郎から聞かされた記憶が蘇る。それはまるで神に嘲笑されているかのような偶然。
「ダミー案件でも何でも、喜んでやってやるっスよ。だから先輩には手を出さないで下さい……!」
それは誤解だ、僕も乙郎がこれ以上傷付かないようこの件から遠ざけたいと思っている――なんて、どの口が言える?
「……速水トオルは自殺の可能性もあると公安は見ています。その線で事件を洗い直して下さい。他の社員にも捜査の手が及ぶかは、貴方の働きに懸かっています」
秋山氏の真っ直ぐな敵意に、こちらも露悪的な言動をぶつけて感情の均衡を保たなければ、僕はもう自分の仕事から逃げ出してしまいそうで堪らなかった。
だからそれだけ告げると、僕は逃げるように部屋を後にした。




