168話 【SIDE-都築甲斐斗】アンバランス・アンビシャス
「甲斐人……お前、こんなところで何を……?」
想定していた中で最悪の再会は、でも僕自身が選んだ形だった。公安の白コートに袖を通して、親友の前に現れる。
「何だよその格好は! ふざけんじゃねぇ! お前は、お前だけは! そんなトコにいちゃいけねぇだろ!」
君はまだ、僕のことを親友だと思ってくれてるのかな。
2日前。
それは予想だにしなかったけど、僕よりも先に乙郎に接触したのは隼人様だった。偶然タクシーを捕まえたら運転手が乙郎で、言いくるめて関連施設に幽閉したというのだから驚いたなんてものじゃない。彼がどこまで知っていて、どこまで考えて行動しているのか、まるで掴み所が無い。「大切な付き合いになる人は勘で分かる」との言葉は、かつて話半分で聞いていたけど侮れないのかもしれない。
けどそちらにばかり思考を割いてもいられない。
今の僕に信じられることはひとつ。
乙郎は小鳥遊丈と協力態勢にはない。
聡美様の話によれば、小鳥遊丈の目論見は皆国党が隠蔽しようとしている事実の公表。それがどの立場の正義であるかの議論は必要だけど、反響を顧みず先立って暴露しようとするのは危険な思想という他ない。どの立場でもなく無責任に情報公開のみを目的とするその様は、ソラ色的なのかもしれないけど。
でも少なくとも報道研究会で鎬を削っていた頃の乙郎は、健全性の視点から控えるべき報道の存在を認めていた。社会人になってからも度々、社会貢献を主眼とするジャーナリズムについて語り合った。
だから乙郎はたとえソラ色的な思想を持っていたとしても、磁気嵐の事実がもたらすパニックを良しとはしない。
なら、乙郎は公安に追われるべきじゃない。
さらに元を正せば、郷田番であった僕が晩餐会の日に日笠グループのホテルに出入りしているところを見られなければ、あるいは僕が縦社会に囚われず先にスクープできていれば、乙郎は私人Xとして公安に目を付けられずに済んだんだ。
僕はこの件の遠因を、自分の中に感じ始めてていた。
あの時同じように癒着の真実を目の当たりにして、腑抜けて怖気付いた挙句その黒幕に加担した僕と、奮起して公正を貫こうとした結果この国の在り方を変えてしまい居場所を失った親友。
乙郎はきっともう十分に傷付いた。今になって記者時代の事を彼に迫るのはあまりにも酷だ。だからせめて僕のできるケジメとして、今もなお続いている公安の追求から乙郎を遠ざけよう。
ここから先は、一丁前に理想を語り合っていた癖にあの時何も出来なかった僕が背負い、僕が小鳥遊丈を見つけ出す。
「なんだかまた辛そうな顔してる」
聡美様が僕の表情を目にして開口一番でそう言った。
乙郎を中枢先進医療センターに招き入れた隼人様は、その後の面倒事を全て僕と聡美様に押し付けた。彼女は乙郎幽閉の為に諸々の手配をした後、僕の元へと足を運んだのだ。
「あの人……橘さんが貴方の知り合いって事は解ったけれど、隼人が連れてきたんだから一筋縄ではいかないんでしょう? 少なくとも助手さんとやらは曲者ね」
聡美様に乙郎や大学時代の話をした事はない。彼女の研究を脅かす小鳥遊丈にかかっている私人X疑惑、その真の正体の話もしていない。
僕は聡美様の研究内容を教えてもらった手前不誠実だけど、聡美様を守る為にもこちらの事情は教えられない。
だから僕の焦燥の正体は知らない上で、それでも彼女が気遣うような素振りを見せる程に僕は狼狽えていたということだ。
「あの男は僕なんかよりずっと信頼に足る……僕にとって、大切な人なんです」
「ふぅん……そういえば貴方に初めて会った日もそんなような事を言って取り乱してたっけね。大切な人が多いのは結構だけれど、自分の事も大切にしなさいよ」
その言葉は僕を慮っての言葉だったかもしれないのに、まるで皮肉のように刺さる。
小鳥遊丈を見つけ出したいのは、聡美様の為でもあった。
医者としての彼女は公表によるパニックを最も恐れ、その上で重篤な症状に陥った患者を1人でも減らす為の研究を続けている。けれどどんなに身を粉にしても、もし事実が暴露された際にそこに与党重鎮の娘の名前があったら、世論がどう判断するかなんて見え透いている。
だから僕は、彼女の望みを叶える意味でも彼女を守る意味でも、小鳥遊丈のスクープを防がなければならないんだ。
「僕の苦悩は、僕自身が納得する為なんです」
今はただ、彼女の悩みの種を増やしたく無かった。
かつての親友に軽蔑されようと構わない。
どんなに失望されようと、悪いのは僕の方だから。
だから公安の白コートに袖を通して、6年振りに再開した親友を突き放した。もうこちらの世界に近づく気が失せるように。
「――君に説教される筋合いは無い。話すつもりもない」
乙郎の顔が動揺に歪む。
君はまだ、僕のことを親友だと思ってくれてるのかな。




