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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第09章 形而上ダブルイフェクト
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165話 【SIDE-都築甲斐斗】 514平方度の夜景

「ご当選、おめでとうございます」


 和義様は危なげなく都知事選に勝利した。僕は祝辞をその娘に述べる。


「果たしてめでたいことなのかしらね」

 聡美様は相変わらずのつっけんどんな態度でそう言った。



 ここは有明――別名、東京湾埋立地第十號島に聳える高層マンションの一室。

 警察学校の卒業後、実力によってか和義様の手引きによってか公安への配属ルートが確保された僕は、官舎に入らずこのマンションを新居とした。住み始めて早一年のここは何不便なく、それどころか一人暮らしには贅沢な空間だった。公安からセキュリティや立地などの指定があり、代わりに住宅手当も出ているため分不相応な暮らしができている。


「……、どうぞ」

 僕は聡美様のためだけに淹れた紅茶を、ソファテーブルへと差し出す。


 聡美様は大学卒業後に医師免許を取得し、この第十號島に位置する中枢先進医療センターの研究医となった。彼女が初期臨床研修をスキップしたことには父親のコネクションを感じずには居られないけど、そこに突っ込むような野暮な真似はしない。

 彼女が勤める中枢先進医療センターでは、日夜この国で最先端の医療研究が成されているとされていた。その過酷さは、以前より痛んで見える髪と目の下に刻まれたくまとして顕れている。


 そんな彼女は職場が近いという理由で、ここのところ我が家に入り浸っていた。


「ここからの景色も、そろそろ飽きてきちゃった」

 高層階の窓からは、開発により日々変わりゆく湾岸の景色が一望できる。煌々と灯る照明により東京湾と陸地の境界が浮かび上がっていた。


 この辺り一帯の埋立地は東京ベイエリア開発と銘打たれ、国家プロジェクトとしての開発が続いている。最先端技術や新制度などの実験都市として機能する特区とし、高所得者層が移り住むことでハイソサエティが形成されていた。

 拡大を続ける埋立地、旧時代の集合住宅の解体など、あらゆる都市計画が国の威信をかけて瞬く間に進められている。その利権の一部を和義様も握っていたけど、都政に移るにあたり後任の国交相たる総理派議員に引き継がれたらしい。


「あーあ、またピックスに好き放題書かれてバズってる。“パンゲア影響ランクC『ベイエリア開発予算増額』の裏事情、特権民の中抜きスキームを解説します”だって、さ」

 我が物顔でソファに腰掛けながら、いつしか手元のスマホに視線を落とした彼女は気怠そうにそう言った。


 パンゲアは誰もが疑わない報道として世間に浸透していた。

 欧米の価値観に倣うという名目上、マスメディアは迎合せざるを得ない。だからパンゲアが高ランクで取り上げたトピックはニュース番組や紙面も無視できず、また自らがパンゲアのトップソースになるべく報道の研鑽に努めていた。それはいずれもパンゲアの奴隷に成り下がるような力関係。


 一方で、自由の効くトピックストリーマーたちによるパンゲアの利用法は巧みだった。“正しい資料”であるパンゲアトピックを都合良く繋ぎ合わせ、あたかもパンゲア越しに真実を紐解くかのような論調が流行る。それは皮肉にも、僕があの晩餐会で唱えた“興味を惹きつけるような血の通った特集や社説”そのものであった。

 反体制というムーブメントの中で政治に興味を持ち始めた若者たちにとって、バイアスのかかった強い言葉の煽り文は身近な娯楽にすらなっている。


「特権民への責め立ての記事をピックスが乱立して、たまにパンゲアに引っ掛かったらまたそれを喜んでまた記事にするマッチポンプ状態ね。パンゲアが確定した事実しか記載しないのを良いことに、想像の余白を好き勝手書いて玩具にしてる。下品」

「……心地の良い言葉は居場所をもたらします。皆、不条理に対する憤りを代弁してくれる存在を欲しているのでしょう」


 誰かの言葉を借りるのは楽ですから――危うくそう言いかける。しかしそれは僕の目指していた報道の形を冷笑する態度に他ならず、だから口にする寸前で自己嫌悪に襲われた。


「ロマンチストね」

 聡美様は僕の飲み込んだ言葉に気付かずに、さして興味も無さそうに、どこかズレた感想を漏らした。



 僕もL字のソファの対角に腰を下ろし、テレビを前に何をするでもない時間が流れる。時折、聡美様が世間への愚痴を漏らしては、僕が中身の無い相槌を打つだけの、そんな時間。


 彼女はあの郷田和義の娘という立場であり、かつ国家プロジェクトに関連する研究に携わっている。未知の症候群の研究とのことだけど、その詳細は僕でさえ知らされていないトップシークレット。そんな閉塞感の溢れる実生活の中で、気兼ね不要な話し相手はきっと多くない。

 でもだからと言って、誰に頼まれるでもなく壁打ち役として聡美様のストレス解消に努める僕は、郷田家に献身し過ぎなのかもしれない。


 時計を見ればもう0時が迫っている。聡美様は先月から車通勤なので終電の心配は無いし、公安勤務以降は僕に護衛の指示も出ていなかった。けどそれでも気を遣うべき時間帯である。


 帰宅を催促しようかと口を開きかけた時、それに被さるようにチャイムが鳴った。こんな時間の訪問者など思い当たる相手は多くないなどと考えながら、インターホンを確認する。


『やぁ甲斐斗さん、不良の妹を迎えにきたよ』



 僕に通されたその男――隼人様はすぐに上層階のこの部屋までやってきた。サングラスをかけてはいても、芸能人の煌びやかなオーラは初対面の頃より一層の輝きを増している。疲れが見える聡美様とは対照的だった。

 そして隼人様も当然、僕の境遇を把握している。


「……どうしてここが判ったの?」

「オレは友達が多いからね、妹と違って」

「さぞかし利用されているんでしょうね、姉と違って。あーあ、せっかくのオアシスが台無し」

「あんまり甲斐斗さんを困らせたらいけないよ」

「アンタこそこんな所に油売りに来て、案外暇なの?」


 双子が刺々しい言葉の応酬を繰り広げることはいつもの事で、しかし不仲というほどではないと僕は知っていた。互いのどちらが兄か姉かなどと意地を張り合うのなど、可愛いげすらある。


「残念ながら、オレはそこそこ売れっ子だよ。今日は現場が巻きで終わったのさ」

「ならマネージャーに家まで送ってもらえば良かったのに」


 芸能人ハヤトはこの春からドラマの主演に抜擢され、その人気は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。和義様の息子という点においてアオ派の若年層から敬遠されるかと思いきや、彼の好感度はそれを上回っている。


 隼人様は双子の空気感で家の主をなおざりにしまいとしてか、今度はこちらに視線を送って語りかける。

「甲斐斗さんのこと、晩餐会で一目見た時から大切な付き合いになる人だなって思って話しかけたけど、やっぱりオレの勘は正しかったみたいだよ」

「そうだったんですか……!?」


 一流芸能人は爽やかな笑顔でそんな事を言った。

 それは僕へのリップサービス?

 あるいは本当に、あの日は計算づくで話しかけてきた?


 僕の険しい表情に耐えかねて、聡美様が横から口を挟む。

「間に受けない方がいい、そいつの言う事」

「いやいや、人を見る目は自信あるんだよ?」

 からかっているのか本心なのか、その眩しい笑顔は僕に真意を読ませなかった。


「……潮時ね」

 聡美様がソファから立ち上がり、帰り支度を手早く済ませる。


「アイツ、私の新車に乗りたいだけなの。もうお暇するけど、次はアッサムが飲みたいから」

 そんな風に耳打ちすると、聡美様は僕の反応を待たず足早にに玄関へと向かう。


「ははっ、ご馳走様くらい言ったら良いのに」

 彼女に比べたら隼人様は幾分も愛想が良い。誰の前でもこうなのだから、芸能界でも上手くやれている姿が想像できる。


「お気をつけてお帰り下さい」

「ありがとう甲斐斗さん、あんなのにも良くしてくれて。それにしても……家族以外の相手に横柄なタメ口きいてる妹を初めて見たよ」


 隼人様は僕にだけ聞こえるようにそう言うと、聡美様が開け放しにしていった玄関扉をそっと閉めて立ち去った。


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