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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第09章 形而上ダブルイフェクト
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164話 【SIDE-都築甲斐斗】白蟻

 警視庁公安部第6課。

 パンゲアへの加盟を余儀なくされた政府の対応策として、既存の報道とのパワーバランスを取るために新設される組織。メディアと違い倫理観も忖度も無いAIによる報道を、陰ながらコントロールするのが主な業務となる。その内容はまだ漠然としており、既存加盟国の例やシンクタンクの情報などから必要な対処をしなければならない。


 警察学校を卒業してもう1年。無事に公安に配属された僕は、和義様の息のかかった駒として6課の立ち上げに携わっていた。



 この冬、世論の後押しで日本政府もいよいよパンゲア加盟を表明した。これは和義様の目算より1年ほども早く、それだけ配信者転落死事件と新垣治の影響力が強かったといえる。

 清廉情報思想派はいつしか自身らを「アオ」と呼び、政府や大手メディアによる検閲された既存の報道体制を支持する思想を「シロ」と揶揄し始める。もはや社会現象と呼べる程までに、それは若者を中心に浸透していた。


 実際のパンゲア運用開始日は4ヶ月後であったけど、アオ派は自分たちの成果に舞い上がっていた。しかしそこに水を差すように、警視庁公安部第6課の設立は公表された。

 公安警察という謎多き組織がこのタイミングで大きな動きを見せる事に、アオ派は黙っていない。


 だから表向きには、公安6課は問題の起きやすい素人のネット報道などに対する是正活動を行なうとされた。

 速水トオルの手法を真似る者が急増しており、彼等はトオルの唱えたトピックストリーマーを名乗っている。ネット上には放送法が届かない範囲があり、個人のプライバシー侵害や私刑を煽るようなやり口、虚偽情報の流布など、看過できない行為に及ぶ者が後を絶たない。それを取り締まるのが名目だった。


 しかし大義名分はあれど、それは思想の分断を深める。



「ならば、我々はそれを逆手に取る」

 そう口にしたのは、公安6課の課長にあたる警視正だった。


「既存の公安がマークしてきた団体と違い、6課が相手をしなければならないのはSNSに蔓延る思想全体である。アオ派の全てが我々を監視する目となり得るのなら、暗中飛躍もこれまでのようにはいかないだろう。だから敢えて、こちらが主導して印象を植え付ける」

 彼はこの薄暗いブリーフィングルームで、新品の白いトレンチコートを掲げた。


「A班は時にこれを羽織って任務に就いて貰う」


 パンゲアによる報道とそれに付随するトピックストリーマーの動きについて、政府が指導する姿勢を誇示するための白コート。視覚からの印象を重視したその策は時にアオ派を牽制し、時に本当の暗躍から目を逸らす効果が見込めるとの事だった。



 6課は2つの班に分けられた。


 A班は白コートを羽織り、公にされているような活動を担う。清廉情報思想派の動向とパンゲアで混乱するメディア、その双方への監視や牽制が主な業務であり、僕はこちらへ配属された。


 B班は公にできないような活動を担う。内閣情報調査室と連携し、政府の機密事項がパンゲアに掲載されてしまう事を如何に防ぐかが主な業務。A班の白コートが印象付くほど、私服警官であるB班が動きやすくなるという目論見だそうだ。


「諸君らの任務は常にこの国の平穏の為であるということを忘れるな。以上!」




 4月1日。

 日本が正式にパンゲアの運用を開始。新設された総務省のシンクタンクがパンゲアのアルゴリズム解析を行い、公安にも成果を共有する体制に。A班はこれらの情報を元に先ずはマスコミと接触し、報道の適正化と安定化を図っていく。


 5月上旬。

 配信者転落死事件からパンゲア加盟までの一連の社会運動が、ネット上で「報道革命」と呼ばれるようになる。その言葉は一般層にまで普及し始めていたけど、“革命”の響きが世論を過熱させかねないとし、総務省を通して放送自粛用語として各テレビ局へ通達。


 6月中旬。

 皆国を離党した議員のスキャンダル報道が立て続けに行われる。しかしこれを扇動したのが内閣情報調査室であるとリークされ、それがパンゲアに掲載され真実として世間を騒がせる。B班の調査により、義憤に駆られた官僚がパンゲアを信じて行動した事が発覚。対策会議が開かれ、再発防止策が練られる。


 7月下旬。

 来たる参院選は、公職選挙法が改正されインターネット選挙運動が解禁されてから初めての国政選挙となる。新法が健全に運用されるよう、A班は各立候補者を監視。

 先月の内調の不祥事が皆国の信用を落としたこと、ネット選挙で民清が若者の心を掴んだことが作用し、結果として皆国は苦戦を強いられる参院選に。民清が掲げる「透明性の高い報道」がパンゲアを“悪用”しないよう、B班は政府の情報セキュリティ強化にあたる。


 8月上旬。

 和義様が出馬した東京都知事選において、A班は先月の参院選同様の監視体制を敷く。都知事選は過激な行為に及ぶ泡沫候補に荒らされ易く、ネット選挙を濫用しようとする者が多かった。

 また、アイリスと名乗る配信者がアオ派の求心力を高めているが、選挙権を持たない学生コミュニティの一過性の流行りと見て監視優先度は低めに設定。発足直後の6課において監視に割ける人員に限りがあり、これは今後の課題である。




 いつしか、アオ派の人々は公安6課の事をシロアリと揶揄するようになっていた。組織の機密性とは裏腹に何故か一様の白いスーツを羽織っているらしいこと、6という数字が虫を連想させること、そしてこの国を内側から腐らせていくイメージからの謗りだった。


 それでも僕はそのコートに袖を通す。不正義に対する反発も、非難に対する感傷さえも、もはや僕の中から消え失せていた。


 白蟻とは、風通しと日当たりが良い場所を苦手とするらしい。


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