160話 【SIDE-都築甲斐斗】凶報
『――以上をもちまして、本日の定例記者会見を終わります』
無機質な定型句が、マイク越しに響いた。
ここは霞ヶ関にある国土交通省の本省。
今日は週に2回の大臣定例記者会見の日であり、それが今まさに終わるところだった。国土交通省と印字されたバックボードを背に、郷田大臣が去っていく。
これは彼にとっても番記者の僕たちにとっても日課のような会見だった。時事的に注目の集まっているベイエリア開発についての質疑も想定問答の域を出ず、フラッシュが浴びせられるような事もない。
この定例記者会見は11時から始まり、注目度の高い案件や追求項目が無ければ15分足らずで終わる。3~4日おきに開催されるのだから、毎度時間がかかるようなものじゃない。
あの晩餐会から今日で3度目の定例記者会見だったけど、日笠との繋がりやパンゲアの動向などをこの表の場で追求する記者は誰も居なかった。僕が伊東さんとしたのと同様のやり取りが各社で行われたに違いない。ここに居る番記者は皆それぞれが会社ごと抱き込まれ、表ではあの夜が無かったかのように振る舞っている。
思い返す度にこの国の腐敗と自分の無力さに嫌気が差すけど、この屈辱は今は大切にしまっておく。もっと出世しなければ、自分のジャーナリズムを振りかざす権利なんて無いのだから。
郷田大臣は定例記者会見の後30分ほど、秘書との打ち合わせで裏へ引っ込むのが慣例だった。そんな隙間時間にもやるべき業務はあるので、脳内でその段取りを整理しながら会見室を後にする。
「……あの、すみません。自販機はどちらかご存知でしょうか」
本省廊下でそう声をかけてきたのは、紙袋を抱えたメガネの女性だった。
薄らとボタニカル柄が浮かぶロングワンピースの上に、袖を通さずにジャケットを羽織っている。メガネに加えてバケットハットの所為で顔が捉えづらいけど、大学生くらいの年齢という印象だ。
「はい、えっと……」
平時の番記者は腕章を付けないので、スーツ姿の僕は省勤務の職員とぱっと見の区別がつかないのかもしれない。しかし周りに案内役をパスできそうな職員も見当たらなかったので、仕方なく脳内でルートをシミュレートする。一般立ち入り禁止区域なども考慮すると、口で説明するのも面倒な気がしてきた。
「では、ご案内しますね」
この場にはやや不釣り合いな雰囲気を醸す女性を連れ、年季の入った庁舎の廊下を進む。
「ありがとうございます。皆さんお忙しそうで、なかなか声をかけられなくて……助かりました」
「いえいえ、分かりにくいですよね、ここ」
自動販売機の位置すら分からないということは、本省に慣れている人ではなさそうだ。もしかしたら初めての来館なのかもしれない。ここには何の用事だろう?
「皆さん、この国のために頑張ってらっしゃるんですね」
「……そうですね、きっと」
この国のため――それは国民のためか、それとも政治家のためか。
僕は彼女の言葉を曲解しかけて、飲み込む。
「でも、すみません。貴方にはちょっぴりの間、国より私の事を優先させてしまって」
「いえ、お気になさらないで下さい」
不意に、懐が震える。
それは社用ケータイのバイブだった。
「すみません、電話取ります。自販機は次の角を右に曲がったところですので」
僕は頭を仕事モードに切り替え、彼女の答えを待たずに電話を取った。
すると即座に、本社に居る同僚の熱の籠った声が受話器から漏れる。
『見たか!? 動画配信サイトで、国交相と日笠グループの癒着ネタが抜かれてるぞ!』
――やられた!
郷田大臣と日笠の繋がりを――あの晩のネタをスクープした記者が居たんだ。
オフレコを反故にしたんだから契倫会からその社への信用は落ちるだろうけど、それでも正義を遂行したと世論は評価するに違いない。そして当然、晩餐会に列席していながら黙秘していた僕たち他社への批判は免れない。
しかし、すっぱ抜いたのは一体どこ?
媒体が配信サイトってことは、もしかすると会社に止められた若手記者が耐えられず個人で公表した可能性も……?
『しかも現場で事故があったって、名静テレビ確認しろ!』
「っ……了解しました。とりあえずこちらでも情報を集めつつ郷田大臣が不審な動きをしないか見張ります」
そう言って電話を切る。
口頭では現状が整理できないので、先ずは情報収集のためにノートPCを広げられる場所を探さなければ……いや、郷田大臣が緊急で動く可能性があるから出入り口で張るのが優先か?
「なんかその事故、SNSでも話題になってますね。ほら」
気付けばメガネの女性はまだ傍に居て、電話の内容を聞いていたかのような口振りで、自身のスマートフォンの画面をこちらに向けてくる。
映っているのは地方局のワイドショーで、事故の瞬間を目撃したと思しきレポーターの叫び声が響いていた。その声は聞き覚えが無いと言いたくなる程に非日常的であったけど、しかし良く知った顔が悲痛に歪んでいく様からは目を逸らせなかった。
「桐谷、先輩……!」




