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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第09章 形而上ダブルイフェクト
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158話 【SIDE-都築甲斐斗】サー・キュレーション

 運ばれてくるコース料理に失礼の無いよう、食事も疎かにはできない。するとどうしても記者陣には沈黙の時間ができる。だから僕たちは薄暗くなったこのホールで、静かに降りてくるそのスクリーンを眺めることしかできなかった。

 幕が降りきるとすぐにプロジェクターが点き、眩い長方形が浮かび上がる。一拍おいて映し出されたのは、国営放送のニュース番組のようだった。


『――次のニュースです。昨日行われた日米首脳会談にて、米国大統領は日本のパンゲア加盟への期待感を強調しました』



 パンゲア。

 0次情報精錬システムと銘打ち、デジタル空間に散らばるビッグデータから、AIによりあらゆる主観の最大公約数を導くかのような形で、客観の情報を掬い上げるシステム。

 欧米諸国はこのパンゲアによる報道を信憑性と透明性の高いものとして扱う方針で、世界を地続きの報道システムで統一しようとして諸外国に加盟を呼びかけている。しかし日本は未だ慎重姿勢を貫いていた。


『米大統領は日本が報道の自由度ランキングで遅れをとっている現状にも触れ、勇気ある加盟を決断すれば倫理的なステージにおいてもアジアのリーダーになるだろうと――』


 日本は今後、更なる欧米的価値観への迎合が求められる。これは勿論、中国や旧共産圏への牽制の意味合いも大きい。


『首相は帰国後の記者会見にて、一時の勢いに流されず多角的な視野を取り入れて慎重に検討したいと述べ――』


 けれど大手メディアと政府の癒着が強いこの国は、そう易々と加盟には踏み切れない。

 眼前の郷田大臣を含む与党議員たちは僕たちマスメディアの多くを掌握しているし、また記者クラブ入りするようなメディア側もそれにより恩恵を得ている。そんな既得権益にまみれたスキームは……現体制の腐敗の象徴でもあった。


 完全公平な世界的機関による独立報道の実現。

 学生時代から僕の追い求める理想。


 AIというシンギュラリティにより形を変えこそすれ、そんな未来がすぐそこまで迫っていると期待させてくれる。歯痒いことに、この国が圧力に折れてさえくれれば、なのだけど。


『以前行われた公聴会においては、AIによる信憑性の審議や、加盟国との法制度の違いを懸念する声もあり――』


「――加盟する。この国は」

 郷田大臣は不適な笑みを浮かべ、そう言い放った。


 僕たちには緊張が走り、円卓がざわつく。

 しかし辺りで眺めているお偉方はニヤニヤと耳打ちし合っている所を見るに、彼らは既に知っていて僕たちの反応を楽しんでいるかのようだった。


「市井の情報統制はもう限界なのだ。今やSNS普及率も5割を超え、個人間での意見交換は国境を越えて盛んになっている。そんな世界で我が国だけ二の足を踏み続ける態度ではおれまい」


 でも妙だ。

 日米首脳会談が行われたのはつい昨日で、先刻帰国した首相とここに居る郷田大臣が会うタイミングは無い。そもそも皆国党内における首相派閥は郷田氏率いる契倫会と対立しがちだし、その思惑を密に交わすような間柄ではない筈。なのに何故、郷田大臣は首相の態度に反してパンゲア加盟が確定事項であるかのような発言を……?


『イタリアは年内に、ドイツも来年10月の加盟を表明していることから、残るG7のパンゲア非加盟国は日本のみとなる見通しで――』


 郷田大臣と首相は裏では蜜月なのか。

 あるいは、郷田大臣は首相とは別の画を描いているのか。


「水面下で調整が終わるまで3年ほどはかかるだろうが、この国なりのやり方で欧米に足並みを揃えるだろう……さて、パンゲアを前にして諸君らはどのように生き抜く?」


 郷田大臣が手で合図を出すと、プロジェクターは消灯し円卓に灯りが戻る。スクリーンが昇ると、また議論の場が返ってくる。


「話題集めに奔走し、情報源の裏取りをかかさず、記事に優先順位をつけて発信し、また状況が変わる度に更新を繰り返す。諸君らがノウハウを紡いで磨き上げたそんな作業が、AIにより瞬く間に終えられてしまう世界で、報道機関に残された意義とは何なのか」


 そう。

 旧いテクノロジーに最適化され、現体制により恩恵を得ている僕たちマスコミは、パンゲア加盟により業界ごと窮地に立たされるのは間違いない。それを知っているからこそどのメディアもパンゲアの話題を扱わないし、たまに触れても否定的懐疑的に報道することで世論を誘導している。


 皆がまた口を開きだす。


「正確な報道を続けていればパンゲアにも引用され、情報発信源の価値も認められると言われています。私たちには取材により声を拾うという武器がありますし、パンゲアと充分に共存できるのではないでしょうか」

「いやいや、それは結局のところ我々がパンゲアの奴隷に成り下がるということでは?」

「そもそもパンゲアなんて泥棒みたいなものでしょう。取材記事にだって著作権はありますからね。我々のソースを元にAIがトピック生成するのを許すなら、法整備が先でしょう」

「あなたの局、個人ブログの写真を無断掲載して問題になったばかりだというのによく言えたものですね」

「なんだと……!?」


 パンゲアは僕たちの食い扶持を圧迫するかもしれない。誇りとしていたものが踏み躙られるかもしれない。そんな焦燥感に火がつけば口論も過熱する。まだ若手記者の僕らにとって、達観できるような問題じゃない。


 しかし本質はそこではない筈。

 それを黙ってはいられず、僕はこの円卓で初めて口を開く。


「――パンゲアは事実を羅列する機能に過ぎません。平和なこの国は、そもそも情勢に興味を持たない人間に溢れています。そんな人々にとって真に有益な報道とは単なる情報ではなく、見識を広げられるような血の通った特集や社説なのではないでしょうか」

 これは、先日の乙郎や桐谷先輩との飲み会での議論により僕の中で浮上した、報道をひとつの公正機関に委ねた上で個のメディアが価値を示す術。


 僕は個人的に加盟国のパンゲア運用動向を追っていた。

 例えば殺人事件が起きたとして、犯人や被害者の名前や顔、死因や凶器などを複数メディアから素早く正確にまとめ上げるのはパンゲアにとってお手のものだ。犯行を仄めかす書き込みをしていた掲示板、SNS上での知人による印象、犯行当時の天気や交通情報や監視カメラ映像の照合、あるいは現場付近を通りかかった人の投稿などを洗い出して状況をいち早く浮き彫りにするその様は、報道を通り越して検察の域にまで届き得る。


 けど、それらはどこまでいっても“正しい資料”でしかない。

 事件が起きてしまった社会的背景の考察や、犯罪心理学的見地から再発を防ぐための議論、二次被害への有効な対策の考案――正解の無い複雑な理論を組み立てることは、現行のAIの性能では信頼性が低い。

 なら人の手で深く掘り下げることで価値を宿すそれこそが、報道に求められる機能。


 僕は恐る恐る郷田大臣の方へ視線を送る。


「結構結構。民衆に必要な知識を啓くのは、示唆に富んだ人の手による報道の為せる技である、と。……しかしどうかな、私の考えはそれとは少し違っている。何故なら私は、人々は啓蒙など望んでいないと考えているからだ」


 郷田大臣がまっすぐ僕の方を見ている。しかしその表情から何かが読み取れるほど、この男の底は浅くなかった。


「人が愚かなまま暮らせること、それこそが豊かさなのだ」



 コース料理も気付けばデザートが下げられるところだった。味を楽しむ余裕など無かったけど、円卓には容赦なく最後の品が運ばれてくる。

 すると郷田大臣が、満足気に口を開いた。


「さぁ、格別のコーヒーを召し上がりたまえ。優秀な諸君らの持てる知識を総動員し、健康的だと確信できた者だけ味わうと良い」


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