156話 【SIDE-都築甲斐斗】パワーエリート・パーティーナイト
「――ハヤト……さん?」
「オレのコト、知ってるんだね」
僕の反応を見て笑みを浮かべるその顔は、そのままファッション誌の表紙を飾れるくらいに整っていた。
郷田隼人。
皆国党契倫会の会長を務める郷田和義の息子にして、芸能界で頭角を現しはじめている有名人だ。モデル活動を起点に、現在は俳優業にまで手を伸ばしている。
「みんな父さんの太鼓持ちに明け暮れちゃって情けないなぁ」
父親のコネに加え、類稀なる容姿と芸能の才能。さしたる苦労をせずとも多くのものを手に入れたであろう彼にとって、この場に居る大人達はさぞ卑劣で矮小なものに見えていることだろう。しかし僕とて、この場で正面きって反論するほど軽率じゃない。
「手厳しいんですね。しかし皆、お父様の事を尊敬されておられるんでしょう」
「そうかな? 皆んな甘い汁を吸うために腹の探り合いをしてるだけでしょ。君だって、こいつらのスクープをすっぱ抜いて手柄を立てるのか、こいつらに気に入られて情報を貰うのが得か、天秤にかけてる最中って顔してるよ」
ハヤトは確か大学生で、大人社会を冷笑したくなる年頃。あの父の下で政界に触れてきたのなら尚更、朱に交わるまいと抵抗して強い言葉を使っていると推察できる。
幸い、周囲の記者たちはまだハヤトに気付いていない。
国交相の親族にして大物芸能人とサシで言葉を交わすのは、記者の僕としてもやぶさかではない。
「ご活躍は日頃から拝見させていただいております。お仕事の方、順調なようで何よりです。このような場にはよくいらっしゃるのですか?」
「たまには父さんの交友関係にも触れたいと思ってね。でもみんな、父さんに何を求めているのやら」
「……郷田国交相は次期総理とも目されるお方。皆それを期待しているんです」
「ふふっ、だとしたらみんなは何も判ってないんだね。今の父さんは総理大臣なんかに興味ないのに」
……かかった。
的外れでも良いので具体的な想像を口にして反応を伺う――という取材テクニック。父君の次なる動きは?などと質問すれば、その姿勢は取材然として警戒されてしまう。しかしこちらが知った風な口で間違いを言えば、真実を知っている者としては訂正したくなるのが性。
老獪な政治家たちならこの手には乗せられないけれど、この息子はそこら辺はまだまだのようだった。
「ハヤトさんはご存知なんですね。さぞお父様に信用されているのでしょう」
探られていると気付かせないため質問系にはせず、ただ相手に気持ち良くなってもらう。それはハヤトが馬鹿にした手段だけれど、しかし絶大な力があった。
「そうさ。父さんは国会で雁字搦めの国政なんかより、直接選挙で認められてこその自分の庭を欲しがって――」
そんなハヤトの言葉を遮るように、マイクのハウリング音がホールに響き渡る。もう少し彼の話を聞いていたかったけれど、壇上に目をやればあちらの方が重要事項であると気付く。
登壇したのはこの男の父、郷田和義だった。
『えー、本日は契倫会の主催する晩餐会に御出席いただき、心より感謝を申し上げます。これだけ多くの皆様と共にこの国の未来を語らえることを光栄に思う次第であり――』
太く、肚の底に響くような低音。
郷田大臣の声がホールにこだますれば、皆談笑を止め壇上の方へと向き直る。
『――さて、とは言うもののまだまだ途上にある我が野望でございますが……この度、新たな同志を迎えることができたので、シークレットゲストとして紹介させていただきたい』
郷田大臣に誘われ、格式高そうな和装に身を包んだ初老の男が、杖を突きながら壇上へと上がる。綺麗に整えられた白髪の混じる髪や髭、刻まれた深い皺から覗く昏い眼光と鷲鼻には見覚えがあった。
時価総額十兆円規模の会社を束ねるその男は――
『ご紹介にあずかりました。日笠グループの会長を務めさせていただいております、日笠正造です』
会場に緊張が走る。
このパーティーは記者懇談会のみを目的とするには規模が大きく、だからそれだけでない事は明らかだった。郷田大臣以外にも多くの契倫会の政治家が列席し、また政治家にも記者にも該当しない者の姿もあった。
それらはまさに郷田和義の今後の政局における同志となり得る者たちであり、その主たる例がこの日笠正造なのである――との種明かしが成されたかのようだった。
であるとしたら、この晩餐会の本当の顔は政治資金パーティー? それは不正会計で度々問題となる、裏金の温床のイメージが強い。けれど予めそう銘打っていない以上考えたくはない可能性だし、堂々と僕たち記者を招き入れての開催はまるで身の潔白を主張しているかのように見える。
『郷田氏との出会いはたった半年ほど前のことでした。しかし彼の見据える未来は以前より存じ上げており、それはいずれ我がグループと交わると予感しておりました。晴れてこの場で皆様にご報告できたことを誠に嬉しく思う次第であり――』
この晩餐会の全容は依然として掴めない。
今や得体の知れない怪物の巣に誘い込まれたような居心地だ。癒着、密約、談合――ゲストとして紹介されるということは、裏ではもうかなり話が進んでいるに違いない。思い返せばこのホテルの経営も日笠系列じゃないか。ならこれは日笠側からの接待の可能性すらもあり得る……?
辺りを見渡しても、何かを思案する顔色の同業が散見される。番記者には経験の浅い駆け出しの者が多く、僕を含め皆この状況に戸惑っていた。
日笠正造のスピーチが終わり、再びマイクが郷田大臣に戻る。
『さて、それでは報道関係者諸君』
そして名指しされたのは、場違い感を気取り始めていた僕たちだった。不意を突かれ、肩に力が入る。
『未来ある君たちと懇談に興じる場を用意させていただいた。さぁ、こちらの席へ着いてくれたまえ』
郷田大臣がそう口にすると、ホールの照明が落ちる。そして、今まで何に使うか不可解であった壇上前の空席の円卓、そこだけにスポットライトが当たり、俺たちを誘う。白いテーブルクロスの上には、先程までは無かったコース料理用のテーブルセッティングが成されている。
辺りを見渡すと、僕と同じような経緯でこの場に招待されたであろう他社の番記者たちが、皆恐る恐る円卓へと歩を進めようとしていた。
「いってらっしゃい」
後方から、ハヤトの茶化すような声が聞こえた。




