表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第09章 形而上ダブルイフェクト
164/213

155話 【SIDE-都築甲斐斗】アクセスジャーナリズム

 ――6年前。



 9月も半ばながら未だ蒸し暑いとある午後。

 巨大なビルの建ち並ぶ西新宿の一角に僕は立っていた。眼前に聳えるホテルサンシェード、そのゲートへと続く大理石の階段に足をかける。


 そんな僕の正面によく知る友人の顔が現れたのは、完全に不意打ちだった。


乙郎(いつろう)……?」


 突然のことで無意識に呼びかけてしまったけど、直後にそれが迂闊だったと後悔する。


甲斐斗(かいと)……! どうしてここに?」

 足を止めた友人は、驚いた顔で僕の名を呼んだ。



 念願の新聞社に勤めて早3年と半年。

 大和新聞社は新橋に社屋を構える全国紙だ。僕は現在、政治部に配属され、国交相の番記者としてキャリアの下積みに努めている。

 番記者とは特定の人物に付いてその動静を追い、そこから情報やコメントを引き出す役割の記者だ。重要なポストの政治家には数多のマスコミが番記者を付けており、国民の代表として彼等を監視する役割も担っている。


 そんな僕が今日招かれたのは、高級ホテルのホールを貸し切ってのシークレットパーティー。ホストは国土交通大臣の郷田和義――それは僕が番記者として付いている対象でもある。


 監視する立場のマスコミをパーティーに招待する理由は、政治家も報道に友好的な姿勢をアピールしたいから? シークレットとか言って特別感を出しているのも建前で、駆け出しも多い番記者たちの選民思想と味方意識を育む狙いが透けている……とか考えるのは、少し穿った見方をし過ぎかもしれない。

 何れにせよ、良い気になって対象に入れ込んでしまい、結果公平な記事が書けなくなるようなことは避けなければ。



 そんな気構えでネクタイを締め直し、パーティー会場のエントランスへ向かう最中に、大学時代の同志とも言える親友と顔を合わせたのだった。……とは言ってもつい一昨日、同じく同窓の桐谷先輩と3人で飲んだばかりだけど。


 さて、乙郎は僕が郷田番であることを知っている。すなわち今日の僕がオフではないのなら、ここに郷田和義の影があるとの憶測が立ってしまい、それは望ましくない。幸いこちらは招待客であるので、平時の勤務中より華やかなスーツに身を包んでいた。なら結婚式という言い訳なら通る?


「あー悪い、俺も先を急ぐんでな」

 先に切り出したのは乙郎だった。


 彼がこの場にいる理由は定かではない。けど僕にとってこの場所は業務の延長かつ他言無用とされる現場で、それは詮索されたいものではない。同業相手なら尚更。

 だから乙郎は何かを察してくれたのかもしれないし、あるいは向こうも詮索されたくなかっなのかもしれない。


 僕は胸を撫で下ろす。


「あぁ、そう。……じゃあ、またね」

 すれ違い様にそう返して、僕は乙郎が降りてきた階段を登っていった。



 200人収容規模のホールを貸し切っての立食パーティー。

 そこは上にも広い空間で、遥か頭上から照明の光が爛々と降り注いでいる。中央にはビュッフェの長テーブルが置かれ、専属のシェフが取り分けてくれるようだ。招待客はグラスを片手に、周囲の丸テーブルに三々五々集まっていた。

 シークレットと言えどこの規模ならば、催しの存在自体は外にも漏れてしまっていそうに思える。


『さて、本日は契倫(けいりん)会のパーティーにお越しいただきありがとうございます! 座長を務めさせていただくのは――』


 壇上で仰々しい屏風を背にして乾杯の音頭を取ろうとしている男の声が、スピーカー越しに響く。

 主催の契倫会とは皆国党郷田派閥のことだ。党内では総理派の次に大きい派閥で、郷田和義の手腕により勢力拡大を続けていた。


『それでは、契倫会と我が国のより一層の繁栄を願い、今夜は親睦を深めましょう――あっ、本日の語らいはオフレコということで何卒!』


 わっ、とあちこちで白々しい笑い声と軽い拍手が上がる。

 壇上の前には立食パーティーに相応しくない巨大な円卓が鎮座していて、これも何かの催しを予感させる。今夜は僕の3年半のキャリアの中で最も豪勢な晩餐会になりそうで……流石に緊張が拭えない。



 このパーティーは記者懇談会の側面を持つと聞いていた。

 招待客には記者クラブを構成する他社の番記者も散見され、懇談会と言っても記者会見のような様相になる会話もあるかもしれない。けれど今夜はオフレコの席。政治家たちは記者を信頼し、腹を割って踏み込んだ本音を語らう。その過程で機密情報や失言が漏れたとしても、報道しないということと引き換えに。


 こんなのは癒着であるし忖度なく報道すべきだ――なんて即断言し激昂するほど、僕ももう青くはない。

 今後とも彼等から情報を引き出していくには、信頼関係の構築が不可欠。それに今夜の会話を直接報道はしなくとも、得られた知識によってこの先のスクープに出遅れずに済む。政治部の記者として政局の把握に努めることで、将来的により解像度の高い記事を書く事にも繋がる。


 ……でもそんな事は当然、政治家たちも承知している。

 だからこの場でだって本音で話している体で嘘を吹き込まれる可能性もあるし、懇意になろうと甘い言葉で距離を縮め、報道を手駒にしようとする者もきっといる。彼等は常に僕たち記者を品定めし、利用できる人材を探している。政治家など基本的に人たらしであることを忘れてはならない――と先輩に釘を刺されたことを思い出す。


 最終的にスクープの手綱を自分で握り、公平な記事が書けるか。それこそが我ら新聞記者に課された命題。



 僕も他社の番記者に倣って、テーブルを転々として契倫会の参加者から高説を賜った。

 秋口は基本的に国会が行わられず、だから時間に余裕があるのか、多くの政治家がこの会に参加している。僕はそんな彼等を時に持ち上げ、時に応えやすい質問で気分を良くさせ、警戒を解くと共に顔を覚えてもらうよう努める。


 そんな自身の姿は、学生時代に夢見た清廉潔白で誇り高い記者像とは離れてしまっていたけど、全国紙という大きな組織の中で我を通せないことは解ってた。過酷なサツ回りを経て僕は擦り切れて、足掻いて、滲んで、そして磨かれた自負は……ある。

 それで折り合いのついた自分と、まだ理想を捨て切れない自分。そんなものに苛まれながらも、同じように悩める同志との酒の席で交わした言葉に励まされながら、僕は今ここにいる。



「ふふっ、この国のワルいとこを煮詰めたようなパーティーだね」


 それが聞こえたのは、ひとしきりの談話を終えてお手洗いに行き、ホールへと帰ってきた直後だった。呟きのような声の方へと振り返ると、壁に寄り掛かる男が目に入る。


 スーツこそ着ているがあちらこちらに貴金属を覗かせ、TPOを弁えているとは言い難い。綺麗な鼻筋と大きな瞳、その整った顔付きはこの場の誰よりも若い。


 そして僕は、その顔に見覚えがあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ