151話 【SIDE-桐谷ひのえ】家の慣わしの呪い
あれからしばらくは、分銅祭の日のことが頭を離れなかった。橘クンは無事に解放されたと聞いたけど、それでも都築クンとの確執は抱えたままみたい。
そんな事にばかり想いを巡らせていた所為か、そのメッセージは私にとって紛れもない不意打ちだった。
悠真 :やっぱり色々考えたんだけど
悠真 :俺はひのえさんに相応しい人になれないと思う
悠真 :ごめん
今日から12月。テレビCMはクリスマスムードに彩られ、街路樹にもイルミネーションの準備が進みつつあった。
思い返せば去年のクリスマスは、私の我儘を通す形でデートコースから店選びまで私が決めたんだった。それで、来年はキミのプランを楽しみにしてるね、なんて言って笑いあったっけ。
だからそれは不意打ちだったけど、でもいつかこんな日が来るだろうことは薄々感じていた。
私はそのショックを客観視するため、意味もなく部屋を見渡す。
このマンションの一室は2人で住むにも充分な広さだし、都心へのアクセスも良い。一緒にこっちで住もうよなんて彼に何度か提案したけど、その度に何かと話を逸らされた。
「あー、よかった。同棲はじめないどいて」
強がりの言葉なのに語尾が震えてしまい、口に出した事を後悔する。
私だって気付いてたよ。
ここは悠真のアパートの3倍の家賃だから、彼の収入じゃ折半ですら厳しい。私は別に今まで通り家賃を払い続けるので良かったし、彼に居てくれるだけで満たされたんだけれど。
でも悠真はそうじゃなかった。物腰が柔らかい割に、男として頼られたいってプライドは見え隠れしてて、私と対等になりたいって想いを強く感じてた。だから転がり込むなんて許せなかったんだよね。
でも歳も離れてるし、私は悠真のそういう男の子な部分も可愛くて愛おしかった。彼の想いも汲んでるつもりだった。
私は自分の悩みとか弱みの分量を、何かと調節しながら彼に打ち明けていた。悠真が潰れてしまわないように、けれど頼りがいが無いなどと自尊心を傷付けてしまわないように。
でもそんな私の気遣いも全部気付いていて、そういうのがより悠真を苦しめていたんだななんて、ここまで気付かない振りを続けてしまった。そんなのの積み重ねで距離を感じて、耐えられなくなったんでしょう?
あなたが相応しくないとか感じるほど、私は立派な人間じゃないのにね。
最後の別れ話は、電話で済ませた。
会ったら辛くなるし、情に絆されてまたダラダラ関係を補修してしまうかもしれない。……そんなのは全部泣き顔を見せないための言い訳で、でも電話口で彼に伝えたかったことは伝えた。
電話を切ると、この部屋もいつもより数倍は静まり返っているように感じる。彩度もまるで足りていない。
だから頬を擦りながらソファに腰を下ろし、騒音を求めて弱々しい手つきでテレビを点ける。
『――では、抜本的な少子化対策とは?』
半円の卓にコメンテーターがズラりと並んだ、よく見る形式の討論番組。机上に立てられた札には、大学教授やら経済学者やら文化人やらの大層な肩書きが目に付く。
『どこぞの目立ちたがり屋さんが移民だなんだって言ってますが、それじゃ日本人は縮小するばかりですよ。売国なワケ、その考え方は。この国の文化を後世まで継承していける子供たちを育てなきゃ、政府がお金を出す意義は無いでしょう』
『今の時代さぁ、女を男と同じレールに乗せるの、あれの所為で婚期が遅れてんだよ。女性の社会進出は出生率低下とトレードオフだから、働き手不足の解決にならんのね。子は国にとっての宝なんだから、政府は全力で子育て支援の方に力を入れなきゃなんねぇの』
『子育ての前に結婚まで行かないんですよ、今の子たちは。不景気による金銭的不安が根底にあるなら、先ずはそこを何とかしなきゃ。家計を支えるんだから、男性社員が結婚したら出世させたり昇給させたり、企業はどんどんやるべきなのよ』
あぁ、ほんっっとに信じらんない。
それを耳にするタイミングが悪すぎたってこと、自分でも分かってる。シロ色が強いと名高い『国の器』と題されたその討論番組は、あまりにも私の神経を逆撫でした。
カッとなって、テレビに投げつけてやろうとリモコンを握る手を振り上げる。しかしすんでのところで、このテレビが安くなかったことを思い出し、力が抜けてしまう。
この怒りすらも値踏みするのかと、自分の情け無さにまた目が潤む。
マクロな視点で少子化の解決を考えるなら、奴等の言う事も間違ってないのかもしれない。でもそんな全体主義は1人ひとりの歩みを軽んじているし、少なくとも私はそう括られてしまうのがとても悔しい。
将来の働き手として、あるいは国の文化の担い手としての子供を作るのが正義で、人の営みはその為に最適化すべき……なんて価値観をぶっ壊してくれるなら、移民の人手に期待した方が――なんて不純も良いとこだけれど。今の私はそんな理由でまたシロに嫌悪し、アオに縋ろうとしている。
私ももうじき33。
結婚願望は人並みにあるけれど、多分もう機会は多くない。
「あー……ぁ…、最低」
呪詛のように出かかる言葉たちを抑えようと、クッションに顔を埋める。
あぁ、こんな感情であの子との別れを後悔したくなかったのに。
そんなつもりで、好きになった訳じゃなかったのに。




