表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第09章 形而上ダブルイフェクト
156/213

147話 【SIDE-桐谷ひのえ】報道革命の舞台裏:現場に居合わせたリポーターのケース

 ――5ヶ月前。



 それはとある秋口のこと。

 そして私の生業においても、アナウンサー業より声優業に勤しむ時間の方が長くなり始めたくらいの頃だった。

 私――桐谷ひのえの仕事用アドレス宛に、一通のメールが届く。


 差し出し人は新垣治。

 2ヶ月前の参院選で遂に半数議席を勝ち取った民清党、その党首。今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、政権交代に王手をかけるゲームチェンジャー。

 そんな男からの、ディナーのお誘い。


 だからはじめはもちろん、イタズラを疑った。けれどそのメールアドレスはホームページに掲載されているものと相違ない。なら私に何の用?


 ……なんて、かまととぶる気はない。



 私は配信者転落死事件の目撃者だった。

 6年前のあの日、偶然そこでリポーターをしていたばっかりに、叫ぶ姿が生放送の電波に乗ってしまった。


 中継の繋がる前の打ち合わせ段階では、日笠のスタッフたちは懇切丁寧に工場のことを教えてくれた。人当たりが良く熱意のある仕事振りと、実現させた素晴らしい技術の数々。それをお茶の間に届ける大役を担う自分に、あらためて喝を入れたくなるような、そんなやりがいのある現場だと思っていた。


 けれど、それは叶わなかった。


 それでも事件直後はすぐに頭を切り替え、私は現場に居合わせた者として自分のジャーナリズムを遂行すべく動いた。人の死の瞬間に触れたショックもあったけど、その2週間前に会った後輩クンたちに触発されて奮起したのかもしれない……なんて、今思い出すと我ながら可愛げがある。


 カメラに映らず私の目にだけ焼き付いた、落下した人影。事故当時の周囲の人流や、警備員の対応。それらを伝えようと自社の報道部や時には警察にも掛け合ったりしたけど、しかしその対応は何故か一様におざなりだった。


 そしてその疑問に向き合う暇も無く、次の悲劇が訪れた。

 被害者の姿がカメラに映っていなかったこともあり、私の叫ぶ姿こそがあの事件を象徴する絵として繰り返し報道されるようになってしまった。この職に就いた時点で、どこかでそんな望まない拡散に遭う可能性は折り込み済みだったけど、でもそれは想像を超える苦痛だった。


 人間の質量が地面に叩きつけられる音。

 平時から驚愕、そして狼狽し崩れていく私の相貌。

 聞いたことのない、でも確かに自分の声帯から発せられる悲鳴。


 そんな醜態が繰り返し流される。名静テレビの親会社である局の全国区のワイドショーから、動画サイト、SNSに至るまで、目にするメディアのあらゆる場所で繰り返し再生される。テレビを消してもスマホを伏しても、今もこの国のどこかで誰かが流している。

 亡くなった人の事なんて、もう考えていられなかった。私の身に降りかかったものこそが私にとっての悲劇で、世間の誰にも配慮されないもうひとりの被害者。


 それはもう時間に解決して貰うしかなかった。

 アナウンサー業を休職し、やがて退職。自分の悲鳴に苛まれる日々を、およそ一年。

 いつしか世間の話題は清廉情報思想とやらにシフトし、自分の悲鳴を聞く頻度も落ちた。だから私も、何とか次の職を探そうという気になるまで立ち直れた。



 アナウンサーで培ったものを活かせるようにと行き着いたのが今の仕事。ナレーションとかイベントの進行役とかの声の仕事を、フリーで請け負う。しかしそこでも、上がり過ぎた私の知名度に捕まるのは時間の問題だった。


 一連の社会運動が報道革命と呼ばれ始めた頃。アオ派を表明した企業の、決起会や株主総会の司会進行――そんな仕事が舞い込むようになった。

 私に望むのは話題性なのか、あるいは経営者の覚悟に箔を付けたいのか。“報道革命の原点に立ち合い、その所為で業界から追放されてしまった悲劇のジャーナリスト”なんて、随分と勝手なレッテルを貼ってくれたものね。そんな肩書き目的の相手から仕事を貰うのは、傷を抉るようなプロパガンダ的消費だったけれど、でも私は請けることにした。


 そうして、世間のメディアには顔を出さないものの、清廉情報思想派の業界内で私の名前はそこそこ売れた。だから私もそれに応える。彼等の望む精神性を研究もした。

 あの事件の目撃者が他にも居たなんて言質を私から取ろうとする人に対してだけは、元ジャーナリストとして嘘は吐けなかったけれど。


 生きていかなきゃいけないから、仕事を選り好みなんかしてられない。アオをアピールしたい人たちの需要にあやかっているから、今の私はそこそこ裕福な暮らしができている。アオ派の顔色を窺うことが、私に安寧をもたらしている。

 そう考えるうちに、アオ派の人たちの思想に共感できる部分が私の中に芽生え始めていた。それが、彼等に迎合することで自分の尊厳を守ろうとする防衛本能だとか、無意識下の予期的社会化がどうかとかなんて、モラハラじみた説教は要らない。



 ――だから。


 清廉情報思想派の雄である新垣治からのコンタクトは、驚きこそあったけど理解できないものではなかった。さてどうしたものかと悩んでいると、スマホが光る。今度はメッセージアプリの通知。


悠真 :散歩してたらめっちゃ夕陽が綺麗だった

悠真 :【写真】


 それは付き合い始めてもうすぐ2年の、6つ下の彼氏だった。

 仕事のツテで知り合ったスタイリストで、悠真の私への感情は恋というより慕っているような感じ。強烈なアオの思想を持ち合わせているイマドキの若者だけど、私の中の複雑な心模様に気付いているのか、2人でいる時には思想色の深い話には触れないでいてくれる。私への憧憬の一側面は私がアオの界隈で一目置かれていることに由来するのだろうけど、それを表に出したら私が傷つくことをちゃんと判ってる。


 思いやりがあって人懐っこくて、たまに何考えてるか分からなくて、ちょっと頼りがいは無いかもしれないけど、中々に思慮深くて勘が鋭い。だから今、私が新垣さんの誘いに乗るか迷っているこの瞬間にメッセージをくれたのも、偶然ではないように思えてしまう。

 ここのところ仕事で会える機会も少なくなっていたし、だから気を遣ってこんな他愛の無い写真を送ってきてくれたのかもしれない。


「……綺麗」


ひのえ:本当、キレイだね

ひのえ:ねぇ、今から少し電話しても良い?


 相談したら、きっと彼は行ってきなよって背中を押してくれる。そんな事は判っていて、でも言葉に込めないと伝わらない事ってあるから。


 私は返事を待たず、彼のスマホへ発信した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ