146話 アドボカシー・ジャーナリズム
活気溢れれる店内。やや雑な造りの机に触れれば、拭ききれていない油のベタつきを感じる。やはり都心のシュラスコのオシャレなイメージとは程遠い。
ドン、と机が揺れる。
香ばしい肉が連なるサーベルが、乱暴に机に乗せられたのだ。見上げると、ガタイの良い店員が大きなナイフで肉を削ぎ落としていく。
「チョーシはどうだい?」
「見てのとおりさ、景気は上々ヨ!」
ジュリアさんと店員は知り合いなのだろう。醸し出す雰囲気から察すれば、同じ在日ブラジル人コミュニティの仲間に違いない。
そして無粋な指摘をするのであれば、大声で話しながら肉を取り分ける店員は日本人ならばクレームものだ。しかし、お行儀の良い店ではお目にかかれないようなその厚切りの肉に目を奪われてしまえば、まるでここが異国かのような錯覚に陥る。日本の文化と異なるその豪快さもまた魅力として映る。
生活も文化も半分ずつ分け合うべき――そんな先程のジュリアさんの言葉を噛み締めながら、顎が外れそうになる程の肉をビールで流し込む。
さて、旅先での料理を堪能するのも良いが、そろそろ本題に入らねばならない。
「それで……3年前その景気の良い筈のお勤め先に、お気の毒なことに一斉解雇があったそうですね」
ジュリアさんのスタンスも対話により汲めてきた。だから解雇した日笠の横暴を批判するというよりは、雇用を失った人々を心配するニュアンスで話を振る。
相手も人間なのだから、その心情に寄り添わなければならない。聞き方ひとつで、拾える情報は如何様にも変わるのだから。
「そうデス。ワタシも配属されていた、ファクトリーミュージアムのスタッフ。ワタシのような清掃員から、旦那が就いていたガードマンまで、移民は全員が解雇されマシタ」
それはスンウの説明通り、プロフェッショナルな装備の者たちと総入れ替えになったという話。
「ワタシ含め解雇されたスタッフは、みんな別の仕事を斡旋してもらいマシタ。寮も追い出されずに済んだので家族もコトなきを得マシタが……」
ミュージアムの内部を知るジュリアさん曰く、やはりあそこは過去の展示物や展示を見送った資産などがバックヤードに保管されているそうだ。別にやましい理由が無くとも、セキュリティを上げる事に筋は通る。
「それなら、最近になってさらに機密性の高い資料が保管されるようになった、という可能性はないでしょうか」
「ドウデショウ。外国人労働者の世間での素行が良くないコトから、日笠もあらためてワタシたちを重要な仕事から遠ざけた……なんて、私たちの間では噂になってマス」
秋山の問いに、ジュリアさんは率直な意見を述べる。その言葉からは、彼女らが普段どんな目で見られているかという悲痛さも窺えた。
秋山はこちらに視線で確認をとるので、俺は頷く。すると懐から一枚の写真を差し出した。
「では、こちらの男性に見覚えはありませんか?」
「ンー、これ9月にスンウと会った時に彼が探してた人デスネ」
この反応を見るに、この人物が誰であり、どうして探されているのかジュリアさんは知らないようだ。
「あっ! ……イヤ、自信は無いですが、年末頃にこんな人を運んだような気がしてきマシタ」
「運んだ、と言いますと?」
「日笠が斡旋してくれた今のワタシの職、浜松のタクシードライバー。2種免許の取得から補助してくれて、しかも前よりも高収入デスヨ!」
郷田はタクドラを移民に奪われない職と位置付けていたが、驚いた事に彼女はその壁を乗り越えたようだ。いや、20年もこの国で過ごしているのだから、もうそこに国籍の壁など無いのかもしれない。
静岡県は首都経済圏構想の圏外だが、日笠製タクシーが運用されている県なので日笠からのサポートも手厚いに違いない。
「実は私も個タクのドライバーなんです」
「ワァ! 仲間デスネ!」
そんな意外な共通点の話に花を咲かせたりしつつ、おやっさんらしき人を乗せた時の詳細を聞いた。確証は得られなかったが、この辺りに出没している可能性だけでも得られたのは収穫だ。
「それで、この人は何なのデスか?」
ジュリアさんは訝しげな表情で、再び写真に目を落とす。
「この男を泳がせておくと日笠に不利益が及びます。それはこの街の景気にも悪影響を及ぼすでしょう。だから私たちは取材を元に彼を突き止めようとしているのです」
「トンデモナイ男ですね。ワタシもアナタたちの狙いが上手くいくのを願っていマス」
俺は、自分たちがここで生きる人々のために動いているのだと強調した。ギリギリ嘘は吐いていない。
そしてその後もジュリアさんは、ミュージアムについての思い当たる詳細やら、おやっさんをまた目撃した時に一報くれる為の連絡先などを教えてくれた。
2時間ほどで解散する運びとなったが、彼女は最後まで愛想良く、しかし一貫して俺たちにジャーナリストとしての役割を期待しているようだった。
予約していた浜名湖に面するホテルにチェックインすると、秋山は直ぐにノートPCを開く。取材内容を文章化しているのだろう、俺はしばらく邪魔しないようにそんな元後輩を眺めていた。
「……報道革命以降、局内でのドキュメンタリー人気がめっきり減ったんスよ」
秋山は視線をPCのままに、独り言のように話し始めた。
テレビ局は現在、パンゲアの信用スコアを他社より上げる事に躍起になっているそうだ。
清廉情報思想派から俗にシロ派と蔑まれるマスメディアだが、報道規制を容認しているとはいえ、決して公正な報道を軽視している訳ではない。
しかしパンゲア加盟当初は、日本のニュースでありながら海外メディアがトップソースになる事が多々あった。パンゲアとは加盟国を地続きの統一報道圏として扱う取り組みであり、海外のニュースメディアもソースとして等しく扱われるのだ。
自国のニュースについては自国のメディアが存在感を示せなければ、それは報道の透明性が低いと恥ずべき事態であり、政府から各マスメディアに指導が入ることで徐々に是正されてきた。
今の世の中で世間からの信頼を勝ち得るには、パンゲア掲載トピックのトップソースとなるのが最も有効であることは世界共通の価値観となり、スポンサーも指標として意識している。
となれば、社員はこぞってトップソースとなるようなスクープを目指し、スピードと正確性を両立した記事を書くために尽力する。それは報道機関としてとても健全な営み。
「――でも、それがここのところヒートアップしてて、もう社員みんながパンゲアの高影響ランクトピックのトップソースを狙ってるんスよ。昇給とか表彰とかもそこらへんが重視されるから、当然の流れなんスけど」
一方でドキュメンタリーはニュース性が低い。
例えば今晩の取材がどれだけ多くの弱者に寄り添うものであっても、またそれが社会問題を浮き彫りにするものだったとしても、余程の反響がない限りパンゲアでは取り扱われない。話題として瞬間的なニュース性のあるトピックばかりが並ぶのが、パンゲアのアルゴリズムなのだ。
そして、事件を掘り下げる特集であっても丁寧にやるには時間がかかる。話題の消費速度が加速する現代において、パンゲアのトピックになった瞬間に爆発的に注目を集めた事件も、ドキュメンタリーが放送される頃には飽きられてしまう。
もうまともに金と時間をかけてドキュメントを撮れるのは非営利の公共放送くらいのものだ。
その代わりに、どの局も討論番組が組まれる事が多くなっていた。
報道という形をとらない場で意見を表明する行為は、パンゲアの信用スコアを傷付けない。局のお気持ちを代弁する有識者を集め、パンゲアやアオ派にマウントを取るかのような討論は、マスメディアとしての自尊心を保つために歓迎されるのだろう。
だから会社的にドキュメンタリーは否定せずとも、やりたがる社員は減り続けているのだそうだ。
「それでも自分は、今日みたいな声だって拾って行きたいと思ってるっス」
秋山はずっと、この歪な仕事に対しての気持ちの入れどころを掴めずに悩んでいると思っていた。しかし、ジュリアさんがジャーナリストである秋山を見込んで、強く自分たちの境遇を訴えた事は彼の背中を押したのかもしれない。
それを秋山は想定していなかっただろうが、時にそんな出会いが新たな視点の報道に繋がる事もある。
「応援してるぜ。……そんなお前に、今回の『報道革命の前後/業界人は何を考えていたか』ってヤツ、明日はとっておきの人物にインタビューできるようセッティングした」
「えっ、サプライズっスか!?」
秋山が大仰に驚く。
取材の先にあるものが政府の不祥事だとしたら、この案件が身を結ぶことは難しいかもしれない。それでもできる事をしない理由にはならないと、秋山は知っている。
「ああ、明日は報道革命の発端に立ち会ったジャーナリスト……事件のあったあの場所で、誰しもが認める配信者転落死事件の目撃者に会いに行く」
秋山の喉仏が、唾を飲み込むように上下した。
「――元名静テレビ、桐谷アナの独占取材だ」




