142話 繋がりの支度たち
衆議院の解散から4日が経った。
俺も、ハオランとスンウも、帝国研究病院を拠点として活動する事が聡美さんにより許されていたため、未だに病室生活を続けている。そして相変わらず、各々が目的のための準備を進めていた。
今日は朝から菖が定期検診で聡美さんに連れられていったため、部屋で1人になった俺はパンゲアを確認する。
【C】『第XX回衆議院選挙が公示 各地で街頭演説始まる』
【C】『党首討論会の様子が公開 《段階的外国人参政権》を掲げる民清党に対し、皆国党の争点は経済政策と治安』
【C】『米宇宙研究局は太陽フレア発生予測時期を再修正 早ければ今月中の発生も』
【D】『興津千代元皆国党議員、民清党から出馬宣言 他党からの鞍替え出馬も相次ぎ、民清党は計214名の公認候補者を擁立』
【D】『厚生労働大臣、引退を表明 56年の政治家人生に幕』
俺たちが長らく話し込んでいた間に、世間でも相応の時間が流れていた。しかしこれらも全て裏で皆国党上層部の思惑通りの展開である事を、俺たちは知ってしまっている。
そして解散の話題で読み飛ばしてしまいそうになるが、太陽フレア災害の時期が日に日に早まっている。最悪の場合には選挙期間中に被る可能性すら出てきていたのだから、皆国の上層部はさぞ肝を冷やしているだろう。
デバイスジャックの件を抜きにしても、本来ならば選挙を中止して大事を取るべきとの議論が起こり得るべきであったかもしれない。しかし皆国は裏がある災害対応から逃げ切りたい一心で、民清やアオ派は政権交代への勢いを殺したくない想いで、そしてこの国の防災能力は高いという正常性バイアスにより、選挙続行に意義を唱える者は意外なほど少なかった。
さて俺はというと、現在は日笠へ向かいおやっさんと接触するための道筋を考えている。
浜松の日笠関連施設へ向かえばおやっさんに接触できるかもしれないという話だが、正直なところスンウの推理だけではまだ弱かった。
今明らかなのは、おやっさんの握る報告書の研究内容に郷田と日笠が関わっていること、追加のソースとなり得るレポートを日笠が破棄していないかもしれないということ、そして日笠ファクトリーミュージアムで不自然な配備変更があったこと。それだけなのだ。
ミュージアムに件のレポートが眠っており、それをおやっさんがパンゲアの信用スコア稼ぎの為に狙っているから警備が厳重化した――というのがスンウの読みなのだが、どうにも日笠を敵視するアオ派のバイアスがかかっているように思えてならない。
しかし、俺にはひとつの確信があった。
菖の実家で薊さんに見せてもらったボイスレコーダー。あれはまさしく、俺が湖畔のテラスに持ち込んだものだったのだ。資産管理番号も記憶と一致している。
あの日、日笠のSPに取り上げられた筈のそれには、日笠と国交省の癒着についての問答が録音されている。それがこちらの手の内にあるということは、俺の突撃取材の後におやっさんが日笠と接触していたという証拠ではないだろうか。
録音されたあの取材自体は、正造氏に言いくるめられて失敗した――少なくともあの瞬間の俺の中ではそんな感触であった。しかし速水トオルの死によって強烈な事件性を帯びた今、あのボイスレコーダーは聞く者によりどんな解釈が成されてもおかしくないほど危険なもの。
ならば、おやっさんは日笠の相当根深いところにまで取材の手を伸ばしているのだ。内通者を作りくすねたのか、何かしら交渉の末に取り返したのか、いずれにせよ簡単な事とは思えない。あるいは……
そんな要素を考慮していくと、浜松へ行けばおやっさんにも近づけるという可能性には賭ける価値があった。
「――おう、秋山。今時間大丈夫か?」
一通りの計画を立てた俺は、同じくおやっさんに縁のある後輩に電話をかけていた。
『いやー暇でしょうがないっスよ。周りはみんな衆院選の取材で寝ずに駆け回ってるってのに、自分だけ相変わらずダミー案件のおもりで……出世街道から外れちゃったんスかねぇ、自分は』
俺の声を聞くや否や、秋山は畳みかけるような愚痴を披露してくれる。どうやら例の案件に縛られて腐っているようだ。
「そんなお前に良い話がある。……今1人か?」
『ん? ……えぇ、大丈夫っス』
察しの良い秋山は、直ぐに返事をくれる。
今、彼のすぐ側に公安はいない。
「おやっさんの居場所の目星がついた。取材に行かないか?」
秋山は現在、公安6課に見張られながら『報道革命の舞台裏/業界人は何を考えていたか』というドキュメンタリー番組にアサインされている。表向きにはそこで成果を上げねばならず、俺の誘いは局員としての秋山の現状を打破し得る話だ。
『マジっすか! ……でも、自分には公安の監視が付いてますし、乙郎サン1人で行った方が良いんじゃないっスか?』
電話口の秋山は声を潜めながらそう言う。局員としての手柄より、おやっさんの身を案じているようだ。
「いや、お前の力が必要なその時が来たんだ」
俺は今までに得た情報を総動員し、計画を立てていた。
「だから、またウチで配車の手配を頼めるか? どうせ曙テレビの社用車は選挙の取材で出払っちまってるんだろ?」
『営業が上手いっスね~、イイっスよ。いつにします?』
秋山は少しワクワクしているかのような声色で問う。思い返せばツワブキ時代に良く聞いた覚えのあるそれに、心地よい懐かしさを感じる。
「こっちもまだかなり準備しなきゃならない事があるからな。10日後の夕方に発とう。詳しい手立ては行きのタクシー内で話す。それでいいか?」
秋山が先程声を潜めたところから察するに、やはり仕事中には付近に公安が居るかもしれないという不安が拭えないのだろう。だから俺にとっても、ここで込み入った内容を秋山に伝える訳にはいかなかった。
『了解っス。こっちも想像し得る範囲で備えとくっスよ』
ちょうど秋山との電話を切ったタイミングで菖が定期検診から帰ってきた。
「ただいま。誰かと電話してた?」
「あぁ、秋山とな。次のアクションも決まりそうだし、そろそろ俺はここを出ようと思う」
「……そっか」
これでまた、しばらく会えなくなるかもしれない。
次に会うときはおやっさんこと菖の父親を見つけて、できる事なら2人にもう一度会って欲しいとも思っている。
けれどその前に――
「お昼食べた? まだなら一緒に注文するけど……」
「菖、もうひとつだけ聞いて欲しい事がある」
あれから4日。菖はアカリの件についてどう接して良いのか分からない様子で、まだ俺たちの間にはどこかよそよそしさが尾を引いていた。それもこれも、踏み込もうとしてくれた彼女の勇気に対して煮え切らなかった俺の態度の所為だ。
菖は俺の真剣さを察したようで、何も言わずソファの向かい側に腰を下ろした。
俺は、5年前のとある夏の日の事を話し始めた。




