140話 軍産複合体
「俺たちは納得してねぇからな。230万人を人質に取られて皆国のクソ共を糾弾できねぇこの状況も、衆議院を解散してわざと政権を譲ろうとしてるってザマも」
「でも全部許せないハズなのに、同じく許せないと考えてる小鳥遊丈を止めなきゃならないってのも分かるから、イライラして仕方がないヨ」
こんな状況、スンウもハオランも憤って当然だ。目の前にいる聡美さんを責められない事もまた、2人を苛つかせる要因なのかもしれない。
「お2人が優しい人で助かりました」
だから急に和やかな声色で殊勝な事を言う聡美さんに、たじろぎつつも毒気を抜かれそうになったのだろう。スンウは籠絡されてなるものかと言わんばかりに強い言葉で返す。
「ふざけんな。小鳥遊を捕らえたところで、磁気嵐が過ぎたら俺らが全部公表してやるから覚悟しとけや」
「ご自由にどうぞ。……それに貴方たちは、被災する前に祖国へ帰られても良いのですよ。ハオランさんは地下へ潜れば磁気嵐を防げる事を知りましたし、この国を見捨てても私は軽蔑しません」
聡美さんの言う通り、彼らは厳密にはこの国の人間ではないとも言える。むしろこの国の不条理に苦しめられて来た側なのだ。
「確かに御上が罰せられねぇ国はクソだ。私腹を肥やす事にだけ長けた連中が何をしても逃げおおせるのは、法も国民感情も軽視してやがる」
「それでも指導力のある者が引っ張ってくれるならまだ国は強くあれるのに、この国の元首には決断力もまるで無いネ」
それは八つ当たりのような非難であったかもしれないが、2人がこの国に愛想を尽かすには充分な理由だ。
しかしスンウは、更に言葉を続ける。
「だがな、俺たちは知っちまったんだ。あの速水トオルにも様々な血が流れていた事をな。そんなあいつの戦いがここまで続いてるんなら……俺らも逃げらんねぇよ」
あぁ――
それはまさしく不意打ちだったのだが、その言葉で俺はまた少しだけ救われた気がした。少なくない葛藤の末に、速水トオルの、アカリの事を彼等に伝えて良かったのだと、そう思わせてくれるのに充分だった。
「ありがとう」
「あ? 何でおめぇまで礼を言ってんだ気持ち悪ぃ」
しかめっ面をするスンウを、ハオランが穏やかな顔で眺めていた。
「色んな因果が橘さんに繋がっているみたいです。私がさせてもらった話もあるいは」
聡美さんも俺に向き直り、真剣な眼差しで語りかける。
「先程も説明しましたが、デバイスジャックの研究チームは私の加入を機に――あるいは父が一枚噛むことななったその折に、大量の予算が投入されました。そしてそれによりとある追加要件が課せられたのです」
聡美さんは一呼吸置き、覚悟を決めたかのように声を絞り出した。
「“電子戦におけるデバイスジャック患者の知覚反応推論”……そのレポートは日笠への提出を義務付けられています」
その物騒な響きに、皆息を飲む。
「そんな……日本は兵器としてデバイスジャック患者を使うつもり!? 電脳兵士計画ナノ……!?」
「流石にそんなSFチックな話じゃないだろうが……都政と関係あるとも思えねぇ、きな臭いにも程がある研究内容だな」
ハオランは不安を、スンウは不信を示す通り、それは隣国に所縁のある彼等にとって胸中穏やかではない内容に違いない。
「我々は要望通りのレポートを書いたに過ぎません。その目的は知らされてなかったですし……私は無責任にも知りたくないとさえ思っていました」
保守派の雄であり治安維持に精力的な郷田と、軍事産業でのし上がった日笠重工。嫌な予感の尽きない組み合わせだ。
不穏な空気を破りたいとでも言うかのように、ハオランが前のめりになって大袈裟に発言した。
「そういえば! 今の話を聞いて思い出したんだケド、浜松のアレってそういうコトだったんじゃないかナ?」
「あ? ……成程。確かに、日笠が関連してるってんなら話しといてやるか。ウチは透明性が高いんでな」
スンウはそんな風に皮肉を込めながら、俺がタクシーで送り届けたあの日――速水トオルの七回忌の話を始めた。
当時からピックスたちも私人Xを追っていた。
配信が切れた後に暴かれたと思しき癒着の真相も解き明かしたいし、アオ派は速水トオルが他殺と考えていたため私人Xからその言質を取る目的もあった。
そしてNEXTopicsの2人はアオの中でも在日外国人コミュニティに強いネットワークを持っており、地方にも多少は顔が効くそうだ。
「浜松はアジア系の他に在日ブラジル人も目立つ。ウチはあっちの連中にもパイプがあるんでな」
工場作業は単純ながら体力と気力の要る作業だ。その人手として出稼ぎに来る移民の受け入れが進んだのが、日笠重工のお膝元である浜松市の実情であった。
移民はその労働環境の改善を巡り、多少は日笠と衝突を起こすこともあった。しかし彼らは日笠に生かされている事を自覚もしており、その待遇も日本の平均としては高い方であったため、持ちつ持たれつでやれていたそうだ。
配信者転落死事件についての手掛かりを探る上で、日笠で役割を与えられている在日コミュニティの存在はNEXTopicsにとって都合が良かった。元を辿れば、当時屋上から引き摺り出された部外者――すなわち俺こと私人Xに関する目撃証言も、そこから得た情報だったらしい。
そして速水トオル七回忌のあの日、日笠へ抗議運動を兼ねた取材へと繰り出した2人は、当然現地の在日コミュニティとも接触していた。
「そん時に聞いたんだ。日笠ファクトリーミュージアムの警備員が総入れ替えになったってな」
そこの警備には長らく移民労働者が当てがわれていたが、3年ほど前に急な解雇が言い渡された。新たに配備されたのは現地人が見慣れぬ者たちで、人数は倍ほどに増え、その装備も強化されていたらしい。
博物館施設ならば、バックヤードに展示物以外の機密性の高い資料を保管していても不思議ではない。私人Xの存在を口外したのもプロ意識の低い警備員だったと考えるなら、日笠がセキュリティ向上のために人員整理をしたとしても頷ける。
「日笠に送られてたとかいう“電子戦におけるデバイスジャック患者の知覚反応推論”のレポート。そいつがミュージアムの裏倉庫なんかにまだ保管されてて、小鳥遊は信用スコア稼ぎの為にそれを狙ってるんじゃねぇか? 郷田と日笠が研究チームに関わり始めたのが3年前、ミュージアムの人員整理が3年前ってなら、タイミング的にも矛盾してねぇ」
「ツワブキが倒産したのも3年前……! 小鳥遊丈が個人で活動する決心をした結果だと考えると、これも時期的に頷けます」
点と点が繋がっていく、確かな手ごたえを感じた。
俺とスンウは、同時に聡美さんへも言葉を促す。
「……父は私に政治の話を殆どしません。私も知らなくて良い事まで知りたくはないと考えているので、残念ながらその答えは持ち合わせていませんね」
彼女は研究医だ。将来出馬するような野望があるようにも見えないし、父の政治に関して詮索していないのは本当なのだろう。
「行ってみます。浜松にもう一度。そこで真実が掴めるかもしれないし、おやっさんに接触できるかもしれない」
俺の次にすべき事は決まった。
もう一度、日笠の敷地に踏み入れる時が来たのだ。




