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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第08章 不退転インフォデミック
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139話 News Engine Optimization

 注文から10分程で、ルームサービスが届く。

 ソファテーブルを囲みコーヒーやら紅茶やらで各々が喉を潤した頃、次に口を開いたのは菖だった。


「でも、その小鳥遊丈……さんがどんなに証拠を持ってても、今の世の中は信じてくれないんじゃないかな。だって皆国党も民清党も、その事実を否定する立場なんですよね。ならレポートの写しを偽造だとか言い張っちゃえば良いんじゃないですか?」

「確かに皆国は勿論のこと、民清だって事実はどうあれパニックは望まないので、災害前の段階では否定せざるを得ません。その情報源がソラ色と悪名高いツワブキ出版の元社長なら尚更、世間は信じないでしょうね」


 しかし聡美さんの瞳は、それだけでこの話は終わらないと訴えている。それを見て、俺は自然と言葉を漏らしてしまう。

「……パンゲア、か」



 0次情報精錬システム『パンゲア』――

 ネットの海に無数に散らばる1次、2次情報のビッグデータから、機械学習を経たAIにより0次情報を抽出する。多角的な視点・立場の見聞を掬い上げ、デマなどの不純物を濾し取り、公平かつ信憑性の高い情報に精錬する報道システム。

 そのファクトチェック精度は実に99.9%と言われている。


 もし権力者たちがどんなに否定しても、パンゲアがその信憑性を認めてしまえばトピックが発信されてしまう。それこそがアオ派の望んだ透明性の高い報道の在り方であり、今の民衆はパンゲアに載れば信じるに足る情報だと知ってしまっている。


「AIが人類を滅ぼす――なんてもう聞き飽きた言説でしょう。でもだから皆国党政権はこれまでずっと、パンゲアの解析に注力してきました」

 聡美さんがまた説明に入る。


 かつて、通信社と呼ばれる巨大な組織がいくつもあった。

 それは各地に記者を配備して数多の情報を収集し、報道機関に提供する機関であったが、パンゲアの登場によりその存在意義を危ぶまれた。通信社の武器が自社の巨大な情報網といえど、一億総発信社会のビッグデータを高速ファクトチェックするパンゲアを相手にするのは分が悪かったのだ。


 現在では多くの通信社がその規模を縮小し、人員の一部は政府の出資を受けるシンクタンクに鞍替えをして生き延びている。そこで研究されていることこそが、パンゲアのアルゴリズム解析なのだそうだ。


「パンゲアは事実を掬い上げて影響力をランク付けして公開するシステムですが、それは複雑なアルゴリズムによって成されています。そこには国際的な社会倫理に則った制限も加えられており、それが信頼に足るものなので数多の国で受け入れられているのです。例えば……」


 聡美さんが言い切る前に、まるで生徒が知識を誇るかのように菖が手を挙げて口を挟む。

「個人情報! たとえ正しい情報だとしても、本名とか住所とか卒アルの写真とか、保護されるべきプライバシーはパンゲアには記載され辛いですよねっ。被害者側や未成年は特に」


 するとハオランも、それに乗っかって口を開く。

「軍事機密の漏洩とか国防に関わる情報についても、パンゲアでは規制されてるって聞いたコトがあるネ」


 最後にスンウも付け加える。

「立て篭もり現場での包囲状況みてぇな、報道自体が犯罪者の目的に加担しちまう事例でも制限がかかるだろ」


 この辺りの基準は“報道の自由”を掲げる上で、世界中のジャーナリストたちが長年積み上げてきた倫理観に則るものだ。当然パンゲアもそれを下地にしている。


「……よくできました」

 聡美さんはくすりと笑うと、説明を続ける。


「その様なルールにより公正が認められているからこそ、加盟各国は報道の透明性を謳いパンゲアを推進しています。しかしその裏では誰しもが自分たちで報道の手綱を握りたいと考えており、どの国も独自にアルゴリズムの解析を進めているのです」


 そしてそれはこの国も例外ではないのだ。


「信用スコアの噂は真実なんですね?」


 俺が口にしたそれは、まことしやかに囁かれる、情報ソースに対する内部評価指数だ。パンゲアではあらゆる情報源の信用度がAIにより評価され、一定以上のスコアを稼いだトピックのみが記載される。

 ニュースサイトから個人ブログ、動画チャンネルやSNSのアカウントひとつひとつに至るまでパンゲアに評価されている。平時より事実に則った投稿がされていれば評価は上がり、逆に嘘を吹聴すれば下がるのだ。

 大手のニュースメディアにとってパンゲアの評価を高く保つことは、現代におけるジャーナリズムの生命線だ。このお陰でかつてより飛ばし記事が格段に減ったと言われている。


「パンゲアのファクトチェック項目は無数にあります。記載内容に時系列の矛盾が無いか。写真が掲載されていたらその位置情報や天気などと周囲の状況は現実と一致しているか。画像に加工跡は無いか。他にSNS上で目撃情報があればそれと矛盾しないか。出来て日の浅いアカウントばかりが情報源でないか。記事タイトルと内容に乖離がないか。発言や論文の要約が恣意的ではないか。その分野の専門家として適切な者に意見を仰いでいるか。法律に抵触する振る舞いが隠匿されていないか……など、それらの積み重ねが信用スコアを増減させるのです」


 聡美さんが説明した内容も、件のシンクタンクが解析したほんの一部に過ぎないのだろう。それはまるで、検索エンジンに対するSEO対策のような、見えないアルゴリズムに対する試行錯誤の繰り返しに違いない。


「そいつは俺らピックスにも覚えがあるな……報道されないような体制に不利なタレコミをフォロワーから集めて拡散するタイプのインフルエンサーいるだろ。アオ派の義賊みたいな感じで初めの頃は人気だったんだが、素人からのタレコミなんて玉石混合で嘘のネタまで拡散しちまうから、あっという間にパンゲアの情報源としてのリンク順が落ちていってたな」


 パンゲアのトピックには、そのソース元となった記事や動画、SNSの書き込みがリンク先としてぶら下がっている。それらは信用スコアの高い順で掲載されているので、そのトップソースともなればアクセス数が稼げる上に情報の質に箔が付く。

 だからトピックストリーマーにとっても、自分の記事がトップソースとなってパンゲアに載る事はジャーナリスト冥利に尽きるのだ。この国におけるパンゲア加盟は、アオ派が報道革命を経て勝ち取った成果だと考える者が多いのだから。


「ワタシたち“は”パンゲアからの信頼も厚いヨ!」

 スンウとハオランの運営するNEXTopicsはまだ善良な部類で、パンゲアのソースとなる事を誠実に目指し活動している。

 しかしセンセーショナルなゴシップこそを是とするピックスもおり、そういった輩はパンゲアを軽視していた。それは清廉情報思想として筋の通らない態度であり、同思想で括られるハオランたちも迷惑していることだろう。


 俺はここまでの話を整理する。

「……話が遠回りしてますが、つまり小鳥遊丈が自分の発信を信じてもらうなら信用スコアを稼いでパンゲアに掲載させるしかない。真実を知りながらまだ発表せず潜伏してるのは、その準備の為だって事ですか?」

「ええ恐らくは。ただ、シンクタンクの見解によれば彼の発信がパンゲアに届きうる事は無い、と結論付けています」


 マスメディアや政府による発信の際は、パンゲアはその内容のファクトチェックが済んでいなくとも、“~が発表”という書式でトピックを掲載する。発信したという行為自体に社会への影響力が認められる証拠だ。

 しかし、前科の多いインフルエンサーや個人レベルの発信であるなら、ファクトチェックの済んでいないトピックはそもそも掲載されない。おやっさんの発信も後者の扱いになるだろう。


 太陽フレアによる磁気嵐は、デバイスジャック患者の身体に悪影響を及ぼす――おやっさんの持つソースは“破棄された報告書の写しを盗んだもの”のみという性質上、パンゲアの信用スコアを稼ぐのが難しい。研究チームの一員や厚労省の役人など関連性の高い人物の発信であればリークの信憑性も増すが、そういった人々は味方をしないだろう。


 すると、おやっさんの発信は例え事実でもパンゲアに掲載されない。

 AIは全能の真実発信機ではないのだ。



「だが、おやっさん……小鳥遊丈なら何かしらの方法で、必ず報道を実現させる」

 あの人の下で働いてきた俺には、その確信がある。


「私も貴方と同じ考えです。一刻でも早く小鳥遊丈の持っている情報を抑えないと、この国は大変なことになります。なので、彼を捕まえるのに協力して下さい」


 ついに、話が繋がった。


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