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絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第07章 回顧録メタノイア
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127話 階下の光学密度

『――どうもっ、群青チャンネルの速水トオルですっ! 今日はいよいよ僕のトピックストリーマー企画第一弾! 既にその現場に着いてるよ!』


 加工された声がイヤホンから響く。屋外に持ち出す機材にもボイスチェンジャーが内蔵されているのだろう。配信画面を確認しようとスマホを覗き込むと、そこには一面の湖畔が広がっていた。

 映る景色の画角あるいは内藤の手引きがあってか、立ち入り禁止という第一関門はすでに突破したという訳だ。


 画面にトオルの姿は無い。

 今回に限ってはアバターのような口パクするキャラクターも映っていなかったが、音声も加工しているくらいなのだからトオルは顔出しをしないだろう。

 一方で俺は、既にアカリが隠し撮りしたトオルの顔写真を受け取っているので、対面する事になっても不要な迷いを生まずに済む算段だ。


 配信に視聴者のコメントも流れ出す。

 期待の声や、画面の場所を推察する声、冷やかしの声なんかも混じり、既に多くの注目が集まっていることが伺える。


『さーて、君たちには散々焦らしてここまで来たけど、いよいよ僕の追ってる特大のスクープを発表する時だ! この場所にはこれから、告発しようとしてる相手がやってくる!』


 そうだ。

 そこまでは俺が事前に想定しているシナリオと相違ない。


 反面、何も知らないコメント欄はあらゆる想像に沸き立つ。しかし今のトオルはここから先の話はまだ口にできない。何故なら具体名を出してしまい万が一それがこらから対峙する相手に届いてしまえば、彼等がこの場に現れないこともあり得るのだから。


 トオルは湖を映しながら、しばらく機材チェックやコメント読みなどをしていた。どこかに隠れているような様子も、声をひそめる様子もない。画面にテラス側が映らないので定かではないが、どうやら屋上に常駐の警備員はいないようだ。

 いくら最高責任者の視察であれど、自社施設の屋上テラスなどに特別な危険は想定していないだろう。



『――おや? どうやら主賓が来たみたいだ』

 放送開始から5分ほど経った頃、トオルはそう告げるとカメラをぐるりと回す。すると屋上隅の塔屋が映った。

 カフェテラスの飲食カウンターと反対に位置するそれは、昨日の下見の際に確認済みで、館内地図を照らし合わせると関係者用の通路であろうことが分かる。


 カメラが向けられて数秒後、塔屋の鉄扉のドアノブが傾く。

 中から先ず現れたのは、メガネをかけたスーツ姿の中年男性だった。男は扉を通過した後も、続いて通る人の足元を気遣う素振りを見せ、トオルの存在にはまだ気付いていない。

 そして、次にそいつが現れた。


 袴の上からその男を包む深い色の羽織りには、見る者を威圧する抱き紋があしらわれている。引き摺る足を庇うように杖をつく姿それにすら威厳があり、白髪に髭、鷲鼻、眼光その全てが、この人物が先程の展示で確認した日笠正造本人であると訴えていた。

 その双眸がぎょろりとカメラへ向く。いや、正確にはカメラを持っているトオルの方を見たのだろう。


『――日笠重工の者たちよ! この状況は全てリアルタイムで世界中へ配信されている! 今日はお前たちに問いただしたいことがあってここへ来た!』


 正造氏が口を開こうとした矢先、先ず言葉を放ったのはトオルだった。


 当然だ。トオルの一番の防御策は、不特定多数から見られていることを相手に意識させることなのだから。

 生配信中に実父に本名など呼ばれてしまえば即、身バレである。しかし正造氏とてトオルが正統後継者となるまでは隠し子の存在をいたずらに明かしたくはない筈で、だから生配信と銘打てば名前を呼ばれる事も血縁を仄めかされることもないと期待できる。

 そんな利害の一致まで読んで、トオルは先ずありったけに声を張り上げて牽制したのだ。


 正造氏以外の者たちもトオルの存在に気付き、ざわつく。

 最初に正造氏を案内した者も含め、付き人は4人。その中にはホテルサンシェードで出会った内藤氏の姿も確認できた。


 お前は誰だ、カメラを下ろせなどと怒鳴る者や、電話をかけようとする者。唯一この邂逅を事前に知っていたであろう内藤氏は、しかし想定外と言わんばかりの焦り顔を見せていた。


 内藤氏はやはり、トオルのトピックストリーマー活動を知らない。


 この親子の不仲を解消するきっかけ作り程度の認識でこの場をトオルに提供したのだとしたら、生配信は想定外に違いない。



『騒ぐな』


 ざわつく付き人を叱るように、正造が静かに言い放った。

 それだけで水を打ったように静かになるところを見ると、誰がこの場の長であるかは一目瞭然だ。


 正造は、しばらく静かにカメラの方を見つめていた。

 思慮を巡らせているのだろうが、その迫力はカメラ越しでも息を呑むものだった。


 コメント欄はより一層湧き立つ。

 映った顔が日笠正造であることに気付いた視聴者のコメントによって、またあらゆる推測が打ち込まれていく。


『日笠グループ代表、日笠正造。今日はお前に、国土交通省との癒着の件を説明してもらう!』


 トオルは遂に、言葉にした。

 そしてそれは、俺やアカリが想定した内容とも一致した。


 さて、先ず反応したのはコメント欄だ。もう目で追えないほどのスピードでコメントが流れていく。

 そしてそんな様子とは正反対に、正造は眉ひとつ動かさない。何かトオルの方へアクションを試みようとしている付き人に対しては、内藤が苦い表情で静止している。


『成程、そうか……どこで嗅ぎつけたのか知らんが――』


 正造の、低くしわがれた声が響く。


『――遊びは程々にせんとな』



 その声を聞き終えたかどうかという最中、音声が止まり、画面には無機質にくるくると回る読み込み中アイコンが映し出される。


 接続不良だろうか?

 スマホから視聴しているのである程度不安定なのは承知の上だが、重要なところを聞き逃してしまうのは痛い。焦って更新ボタンを何度か押して再接続を試みるが、相変わらずだ。

 コメント欄に目をやると、そこにも接続不良を訴える声が多数見受けられた。コメントが正常に流れているということはつまり、原因は受信側ではなく送信側。


 脳内を努めて冷静に保とうとするが、怒涛の視聴者コメントの流れを見つめていると嫌でも焦りが募る。時間が経つにつれ、トオルの身を案ずる書き込みが増えていく。



 気付けば、俺は警備員の目を盗んで立ち入り禁止の封鎖ロープを跨ぎ、屋上へ続くエスカレーターへと駆け出していた。


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