表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絵空事イデオロギー  作者: 千枝幹音
第07章 回顧録メタノイア
124/213

118話 軛と楔

「説明してもらおうか。トオルと……アカリ、お前たちの家の事を」


 トオルの尾行の翌日、月曜日の夕刻。

 大学に行った後そのまま俺の家に寄ったアカリと、先日の取材内容についての情報整理の時間をとった。


 本来ならツワブキの本社あるいはカフェの個室などでやるべきなのだが、アカリがどうも俺の家が良いというものだから仕方なくウチでやることにしたのだ。顧客の要望は通しておいたほうが情報も引き出しやすい。


「あー……ウチのことってなにさ」

「とぼけるなよ。普通の家庭じゃないんだろ? お前達は恐らく……大企業の経営者の一族、違うか?」


 アカリが歯切れの悪い理由、名家の生まれには俺には想像だにしない苦労があるのかもしれない――が、今はそんな配慮はしていられない。


「そっ、それがキミの取材して得た情報なら、そうなんじゃないかな」

「残念ながら、どうやらお前達の出自はトオルの追ってるスクープの内容に直結する。とぼけていると兄を守れないぞ」


 アカリがハッとしたように目を見開く。権威ある家柄ならそれに付随し得るスクープの種のひとつやふたつ、心当たりがあるのだろう。

 しかし、それでもまだアカリの次の言葉は出てこない。困惑の表情を浮かべ、何を口にして良いのか迷っているような様子だ。


 なら、背中を押してやろう。

「アカリ、お前たちの父親の名は――日笠(ひがさ)正造(せいぞう)だろ?」



 トオルに対し、その使用人かのように振る舞っていたあの老紳士は、ホテリエに対しては上司のような振る舞いを見せていた。そして旦那様という表現がホテリエにも通じていたと考えると、自ずと答えは見えてくる。

 ホテルサンシェードが日笠グループの傘下であることは調べれば直ぐにわかった。ならば会長である日笠正造その人こそがトオルの父親の第一候補になる。


 しかし、それだけで決め付けるのは尚早だ。日笠と言えばかつては財閥と呼ばれ、戦後は徐々に力を落とすもなお巨大なグループ企業。お坊ちゃんと呼ばれる立場の者もひとりやふたりではないだろう。

 だから俺は日笠一族の家系図を洗ったのだ。名家の家系情報は比較的容易に得ることができる。


「日笠家には分家まで見渡しても20代の兄妹は居ないんだよ。お前たちが従兄妹同士の線も考えたけが、それでも該当する組み合わせは見当たらなかった」


 そしてその家系図には目を引く事実があった。

 当主にして齢59の日笠正造は、妻との間に子供を作っていないのだ。一族経営の当主が子宝に恵まれないのだとしたら、そこには数多の問題が発生する。

 それを紐解けば、あの老紳士とトオルのやり取りの輪郭が見えて来る。


「トオルは激昂してたよ。ご主人様とやらが必要としてるのは自分だけで、母親は捨てられたって」

「お兄ちゃん、そんな事を……!」


 アカリに、より詳しく昨日の経緯とやり取りを報告する。すると彼女にも兄の行動に合点がいくのか、あるいは驚きがあったのか、終始眉間に皺を寄せて聞いていた。


「……やっぱり、そうだったんだ」

「お前達は日笠正造の婚外子だな? 当主の愛人か妾か……その息子であるトオルは、正妻との間に跡目の生まれない日笠に必要な人材となった。でもそんな父親の態度にトオルは納得していない」


 トオルとアカリが日笠正造の婚外の子息である可能性、俺の中では精々3割程度だった。まだまだ裏取りが足りていないが、しかし目の前に当人がいるのであれば反応を伺える。

 だから俺は、デリカシーが無いのは承知の上で、カマをかけるつもりのハッタリで自信満々に言い切ったのだ。


「中々の取材力じゃん……たった一回でそこまで辿り着くなんて、キミをみくびってたぜ」

 頬に汗を垂らしながら、アカリは気丈ぶってそう言う。


 俺にとって、ズカズカと人のプライベートに踏み込む行為は決して心地の良いものではない。しかしこれは仕事であり、目の前にいるのは依頼人当人だ。遠慮はしていられない。

「認めるんだな。なら、そろそろちゃんと話してもらおうか」


 レースのカーテン越しの西日に照らされたアカリの瞳が、決心がついたかのような光を灯すと、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。



 トオルとアカリの母親は在日中国人と在日フィリピン人のハーフで、日本で生まれ育ったそうだ。戦後のこの国でそんな歪な出自に陥った経緯を考えれば、その苦労は想像に難くない。

 しかし裕福でない暮らしにある日、転機が訪れた。日本でも有数の経営者にして資産家の、日笠正造との出会いだ。


「母さんは当時スナックで働いてたんだけど、そこにお客としてアイツが来たらしい。場末のお店に何でそんな偉いヤツが立ち寄ったのかは知らないけど」


 言い寄ったのは正造の方からで、それから徐々に愛を深めていったという。間もなくして子を宿したが、所詮は身分違いの恋であった。2人目のアカリが生まれた後、正造は莫大な資金援助と引き換えに彼女に身を引くよう迫ったのだ。


「金にモノを言わせて、あの男は母さんを捨てた。だけど今更になってアイツらがまたウチにちょっかいを出してきて、だから兄さんはそれに怒ったんだ」


 正妻との間に子ができなかったことにより、正造は嫡男としてのトオルを必要とした。しかし経営者の跡継ぎなど興味の無かったトオルにとってそれは、許せない父親が自分都合を押し付けてきたに過ぎなかった。


「お前、トオルの言うスクープが日笠関連の事だと、本当は最初から気付いてたな?」

 ただの大学生であるトオルが、全国紙レベルのスキャンダルと大口を叩ける特ダネなどそう拾えるモノではない。そんなに簡単なら俺たちは苦労しない。

 でもトオルには身内というアテがあったのだ。そしてアカリはトオルから、自分にしか追求できないスクープとまで聞いていて、日笠の家の事を想像しなかったとは考えづらい。


「日本を代表する大企業の御家騒動。渦中のお前がそこに無頓着だった訳がない……!」


 日笠正造に嫡子が居ないなら、分家で跡継ぎを狙う輩もさぞかし多いだろう。隠し子の存在を知る今の俺相手なら、情報をくれる者もいる筈だ。俺がアカリに忖度せず取材に臨めば、対立構造に割って入って問題を深堀りするのは容易い。


「待って、ねぇ何か怒ってる……?」

「そりゃあな。事前に知ってればもっと有効な手段が使えたし……そもそも内輪の話じゃないか確認したよな。スケールがデカければ良いと思ったか? 悪戯に情報を隠されては依頼人との信頼関係にも関わるだろ。それに――」


 次に出そうになった言葉をすんでのところで飲み込んだ俺は、不安そうに俺の顔色を伺うアカリを見て、この無性な苛立ちの正体に気付いてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ