112話 没論評原則の為の希釈
「んーまぁまぁかな。テレビに対してはちょっと嫌味ったらしいけど、今の若年層にはこんくらいの方がウケが良いからね」
動画が終わるや否や、隣に座るアカリが評論家ぶって実兄のそれにコメントする。
「解説としちゃ良くできてるとは思うが、この活動の延長が身を危険に晒す事態になるようには思えないな」
俺はトオルの活動に興味を持ちつつも、これを仕事として追いかけるのならそのスクープ性で評価せざるを得ない。だからトオルがこれから自主的に取材するという案件、その話へと誘導する。
「SNS見てみて、お兄ちゃんの」
アカリに促され、動画チャンネルに貼られているリンクからトオルのSNSアカウントへ飛ぶ。するとトップに固定された投稿には次のようなことが書かれていた。
『皆様の応援のおかげで速水トオルはこの度、活動の幅を広げます!これからは生配信にも力を入れ、自力の取材に基づいた発信も精力的に行っていく所存です。肩書を #トピックストリーマー と改め、より皆様に価値のある情報を届けたいと思います! #群青チャンネル』
7日前のこの投稿が、どうやらトピックストリーマーという造語の初出のようだ。そしてアカリがこの投稿を俺に見せたということは――
「――トオルは初の取材案件ってことで張り切って、身の丈を超えた事件に首を突っ込もうとしてる……と、お前は思ってるワケか」
アカリはトオルの掴んでいるスクープの内容を知らないと言っていた。ならば、それが危険でかつツワブキにとっても特ダネになり得ると考える根拠を聞かなければならない。
「次の取材は特別なものになるから、配信終わるまではお前にも話せないって言われたのさ。それでちょっと兄貴とケンカになっちゃって……それ以来、ボクを遠ざけようとしてるんだよね。外出する時とかも、ボクが隠れて着いてきてないか凄く神経質になってる感じなんだよ」
兄妹の温度感はわからないが、アカリには兄の取材が逼迫したものだと確信できるやりとりだったのだろう。それにトオルがアカリを警戒しているというのは、彼女が自身で尾行を行わずツワブキに依頼した話にも繋がり合点がいく。
「わかった。俺も腹を決めた。トオルを尾行調査してみよう。それで彼に迫る危険も、その先の特ダネも、全部暴く」
スクープなどつまるところ足で稼ぐしかない。おやっさんからの勅命でもあるこの案件に全力を尽くそう。
アカリから一通りの説明を受けながら、俺はトオルの過去の動画を見漁った。彼の言葉は節々に今の報道に対する不満が滲み出ていたが、だからこそ報道の新しい在り方を探らんとする熱意は伝わってくる。
『――政治や経済は難しくて煩わしいモノだって、僕らは私生活から遠ざけてきた。どうせ何も変わりはしないって諦めと、複雑過ぎる社会の仕組みから目を逸らしてね』
その言葉はいつだって若者に、弱者に寄り添っている。
『――でもそれは権力者が長い年月をかけて敷いた既得権益を守るのに都合がいい。支配層を潤わせるには、国民には不勉強でいてもらうのが一番だからね。日本の報道なんか酷いもので、ニュースはどんどんワイドショー化してスポーツやら芸能人の熱愛報道やらに時間を割いてる』
立ち向かうべき巨悪が誰なのか、視聴者に刷り込んでいく。
『――だから僕たちは、今の日本を牛耳る権力者やその配下たる報道と戦わなきゃならない。そのための武器こそが“知ること”であると、僕は強く伝えたい。この国の構造を知って行動すれば、もっと住みやすくて豊かな国にできるはずなのだから』
まるで選挙演説でもするかのような気迫だ。
確かに危うさは感じる。
アカリの兄なら大学生か院生くらいの年齢だろう。この手の若いウチから政治的な発信力がある者は、野党勢力や活動家に抱き込まれ利用されやすい。現在の無垢過ぎる主張からは、恐らくまだそういった人間の息はかかっていなそうではあるが、時間の問題だ。
そう、トオルは無垢なのだ。
主張は概ね正しい。故に脆い。
俺もかつてはトオルのようだったかもしれない。しかし世の中は正しいものが正しいとされるほど、単純に出来ていない。そんな事を社会に出て嫌というほど思い知った。
『今のテレビでは報道されない真実も、この群青チャンネルでなら報道できる! みんながここを見てくれれば、きっといつかテレビの影響力を超えられる! だから僕に着いて来て!』
それではダメだ。
アンチマスメディアの報道にはなるかもしれないが、それが真実にはなるわけではない。人ひとりが主導する報道など、主観の檻からは逃れられないのだから。
「兄貴みたいな人が増えれば、世界はきっと良くなってくね」
「――! それは、トオルだけでは新しい報道のカタチとやらは完成しない、と?」
何かを期待したのか。
俺はアカリの言葉が引っかかり、反射的に訊いてしまう。
「兄サマは自分のチャンネルがテレビに取って代わる価値になることを目指してるみたいだけど、それはなんていうかムズいと思うんだ。人間って間違うことが前提みたいなトコあるしね」
俺は常々、もっと多くの人々が公開された場で意見を重ねてこそ、健全な報道が成されると考えていた。それを見聞きした国民が各々の判断で正しいと思う報道を信じるべきだ、と。
「でも兄上に続いてトピックストリーマーが増えていけば、きっと皆んなの意識も変わってくと思うぜっ」
「そうだ、そうやって数多の報道を見渡すことで、平均して公平な物の見方が根付く。それはこの国に必要な――!」
笑えるほど不完全で未熟な絵空事だ。でも俺はまだ、この世界の報道の在り方というテーマへの熱を捨ててなんかいない。そんな自分の奥底に仕舞っていた感情が漏れ出し、それが途端に恥ずかしくなり言葉に詰まる。
「……なにそれ。急にアツくなるじゃんか」
アカリは白い歯を見せ、ニヤリと笑った。




