111話 新しい報道のカタチ
「乙郎、お前この案件追え」
アカリから一通りの説明を聞き終えたおやっさんは、悩む素振りも見せずに言い放った。不意を突かれた俺は、返す言葉を見つけられずにただただ疑問符を浮かべる。
「ありがとうございますっ!」
言質を取ったと言わんばかりに、アカリが声を張り上げる。
「待って下さい、おやっ……社長は、この案件に確かなスクープ性があると判断されるのですか?」
「それをお前が見極めろっちゅう話だ。ツワブキの門戸は常に開かれている。確かでないことを確かにするのが俺たちの仕事だろうが」
動転する俺におやっさんが捲し立てる。
「わぁ! 素晴らしいです! ツワブキさんに依頼に来て本当に良かったです!」
俺にはタメ口だったのにおやっさんには敬語なアカリの感嘆も、茶化されているかのように感じて苛立ちが募る。
この件を受けたら、俺は第七號島の件から正式に外されるだろう。自分が戦力にならないとは感じていたが、多少は現場に触れさせて貰える機会もあるのではないかと期待していた。けれど正式に外されてしまえば社内での守秘義務も伴い、もう結末を見届けるのは読者とほぼ変わらないタイミングになってしまう。
俺にはそれが悔しくてたまらず、だからおやっさんを睨みつけていたのかもしれない。
「乙郎、仕事の選び方なんて教えた覚えはねぇぞ」
視線を感じてか、短い言葉で俺を叱咤する。依頼人の手前、これ以上見苦しい所は見せるなという凄みを感じる。
「それにお前、この話を聞いて本当に何も感じなかったか?」
それが、おそらく俺の消沈具合を依頼人に見せるべきではないから出た言葉かもしれないと、そう気付いたのはもう少し落ち着いた後のことだった。だから今の俺の思考には、直接その言葉が突き刺さったのだ。
確かに、アカリの言葉には引っかかるものがあった。
トオルが提唱するこの国の報道を変える運動、それを行うトピックストリーマー。
興味の無い人にもジャーナリズムを届ける工夫をする事こそ報道する私たちの勤め――という桐谷先輩の言葉が脳裏を過ぎる。何か、ここ最近の憮然とした閉塞感の答えが見つかるような、そんな淡い期待をこの女性の依頼に寄せている自分には気付いていた。
それでも俺は第七號島の件から離れたくはなかったから、そこに目を瞑ろうとしていたのだ。そんな下心、おやっさんはとうに見抜いていた。
仕事を選ぶな、か。
俺は手に余る手柄をを立てて、少し浮き足立っていたのかもしれない。
「ほら、そこら辺はボクが時間をかけて口説くので……」
「――やります。やらせて下さい」
これ以上、ツワブキを信頼して仕事の話をくれた人の前で見苦しい姿は見せられなかった。
おやっさんは、後は好きにやれと言って部屋を出ていった。俺が出社してまで今日中に片付けようと思っていた業務の締め日も延ばしてくれた。
それはきっと、このアカリの案件の方が俺の経験になるとおやっさんが判断したからだ。ひとまずはそう信じ込むことにした。
「キミ、プライド高そうな割に自己評価は低いんだね」
問題はこの依頼人だ。
随分と身勝手なペースでしゃべり、仕事を請けてもらえると分かるやこの初対面とは思えないズケズケとした物言い。しかしおやっさんとのやりとりで見た俺への評価がそれなのならば、悔しいが否定しきれない。
「俺の名前は乙郎だ。変な分析はやめろ」
「いつろう? 変な名前。それに急にタメ口になるじゃん」
もういいだろう。
俺の次なる仕事の鍵を握るのなら、こちらも遠慮はしていられない。
「とりあえず、速水トオルとやらの普段の動画から見せてもらおうか」
「あ、また無視だ。まっ、いいか。ボクの持ってきたスクープでキミが手柄を立てれば、きっとボクに感謝してもしきれなくなって、ぞんざいには扱えなくなるんだからさ」
ぞんざいなのはどっちだ。
俺はペースを乱されぬよう、無言でノートPCに向かう。
速水トオルの動画チャンネル、それを新規投稿順に見ると、確かにその再生数は右肩上がりのようだ。二週間前の投稿が最大で20万再生ほど、内容は昨今の欧米で話題となっている0次情報抽出システム『パンゲア』の解説動画。
パンゲアとは、ネットの海に無数に散らばる情報のビッグデータから、機械学習を経たAIにより多角的な視点・立場の見聞を掬い上げ、デマなどの不純物を濾し取り、公平かつ信憑性の高い情報に精錬するシステム――だと言われている。
そんな魔法のような都合の良い報道、正直なところ眉唾にも程がある。
しかしながら、欧米諸国はこのパンゲアによる報道を国も認める信憑性の高いものとして扱う方針なのだ。けれど慎重姿勢の日本のテレビではほとんど報道されていないのが現状で、そういったトピックはネットで火が着きやすい。
「ほらっ早く見ようぜ、お兄ぃの動画っ」
いつの間にか対面から隣に座り直しているアカリに急かされ、ノートPCで動画を再生する。
『どうもっ、群青チャンネルの速水トオルですっ。今回は欧米で話題の報道システム、パンゲアについて分かりやすくまとめたので、解説していきたいと思いまーす』
そこでしゃべっていたのは、なんというか……アニメみたいなキャラクターの立ち絵だった。
「なんだこれ」
「これはねー、兄者が描いた絵を、声に合わせて口パクさせてるのさ! ねっ、凄いでしょ」
中性的なデザインのキャラクターに、加工されて年齢も性別も曖昧な声。なるほど、一瞬ふざけてるのかとも思ったが、これはトオルの防衛策なのだろう。
顔、年齢、性別、声に至るまで、素性の一切を明かさずに活動しているのだ。それは後ろ盾の無い素人1人が発信するのに身バレを防ぐことにもなるし、また視聴者に不要なバイアスをかけないことにも繋がるのかもしれない。
その『速水トオル』というキャラクターから語られるのは、パンゲアのかなり噛み砕いた説明だ。その風体はまるで、歴史を漫画化して覚え易くした教材を彷彿とさせる。
『――加工された画像……例えば最近流行りの、顔写真から性別や年齢を弄れちゃうモーフィングアプリなんか、皆んな騙されがちでしょう? でもAIは、そういった加工跡のある画像を見抜いて弾いてくれるんだよ』
若者の視点で、馴染みの深い事例を出しながらパンゲアの説明をしている。つい先日、SNSでバズった画像を加工されたものと知らずにニュース番組で取り扱ってしまい炎上した局がある手前、この話はキャッチーに届くだろう。
『――でも、今の日本のテレビはどうやらファクトチェックをAIに委ねるのは否定的みたいだね。だからパンゲアのことも全然ニュースでやらないでしょ? 欧米では一大ムーブメントなのに、何か不都合でもあるのかな?』
そして随所にトオルの推察が挟み込まれる。それは日本の現報道体制への非難ともとれるが、あくまで疑問を投げかける形で視聴者が主体的に考えることを煽っている。
俺はまだパンゲアを懐疑的に捉えている手前、トオルの誘導は聞いていて気持ちの良いものではない。しかし言っている事は最低限の筋が通っており、成る程これはお堅いニュースなんかより若者の思考にすんなり入り込むのかもしれない。
『――さて、今回もお付き合いありがとうございました。これからもより一層、新しい報道のカタチを目指して発信していくので、よろしければチャンネル登録よろしくお願いします!』




