100話 Cut to the chase
「AreaSKYも結局はシロに雇われた嫌がらせ要員だったネ!」
「クソみてぇなことしやがって……奴らの後ろ盾、ぜってぇ暴いてやる!」
運転席のスンウと助手席のハオランは、いずれも苛立ちを隠さずにいる。その荒々しい運転も、今は諌める気にはなれない。
「……でも、祭の方をあのままにして来て良かったんですか? あっちもパニックになりかけてたのに」
後部座席から、俺も言葉を投げる。
「信頼できる仲間を置いてきてる。今、俺がやらなきゃなんねぇのは、あの騒ぎの画を描いた連中を逃がさねぇ事だ。俺たちはジャーナリストだからな」
スンウは頬に汗を浮かべ、しかし力強くそう言った。
加害者となったターゲットの男は警官に連行されていった。
しかし奴が持つ情報は、前夜に拘束した3人と同じで大したものではないだろう。暴力沙汰も客観的に見れば無理のない筋書きであり、だから黒幕の存在を糾弾するにも限度がある。
一方で被害者となった者には、まだ疑問点が多い。
ソラ色活動団体までもがアオ派の縮小に動いているなら、それは中道などではなくシロ派と裏で繋がっている可能性があり、スキャンダルになり得る。
しかしAreaSKYをシロ派勢力と見るのは、今の段階ではまだ強引だ。確かにあの場でアオにとって不都合な劇場を作り上げたのは彼等だが、主張自体は不自然なものではないし、ターゲットの男との繋がりを確信できる材料は足りていない。
だからスンウは、被害者の方を追おうと考えたのだ。
本当にターゲットの男と示し合わせてあの騒動を起こしたのなら、見かけよりも軽傷で済んでいるだろう。救急車を呼んだのも事件性を高める為の茶番で、今頃元気にほくそ笑んでいるかもしれない。
「あっ、次赤信号ネ!」
救急車の追跡が楽なのは最初だけであった。
緊急車両の後ろに付けば、ノンストップで走れるように思える。しかし赤信号を無視して良いのは救急車だけであり、俺たちは停止せざるを得ない。
救急車の行方は想定も難しい。
何故なら救急の患者を受け入れるのには病院毎に限度があり、その状況如何では最短距離でない病院に回されることも珍しくないからだ。
信号待ちの間、スンウもハオランも何やらスマホを操作している。恐らくアオ派の情報網を利用して救急車の追跡を試みているのだろう。徐々に遠くなる救急車のサイレンを聴きながら、焦る気持ちが募っていく。
「……帝国研究病院だ」
2人に倣ってスマホ検索をしていた俺は、それが確信に変わる前に口に出していた。
帝国研究病院は、中枢先進医療センターの前身である国立病院だ。新宿区の北寄りに位置しておりここからそう遠くもない。もしそこが中枢先進医療センターと同じく、特権民や現体制に都合の良い運営が成されているとしたら。
軽傷の被害者に重症の診断書を出して、入院という形で匿うことだってできるかもしれない。
「成程……その見立ては悪くねぇ」
スンウの返事と重なるように、青信号になった。
そしてさらに5分ほど車を走らせ、次の角を曲がれば帝国研究病院という所にまで俺たちは来ていた。
「もう救急車はとっくに中だろうから、正門前を見張って出てくるところを抑えるしか無いネ」
「裏口も抑える為に仲間にも号令かける。……軽傷なら今日中に出てくるだろうが、重症を偽る気なら待ち伏せも長期戦になるかもしれねぇ」
奇しくも、あのハヤトを乗せた日と逆の立場になってしまった。ジャーナリストと共に行動するということは、やはりそういうことなのだと再認識させられる。
そんな事に思いを馳せ、ふと車窓に目をやった時だった。
対向車線のタクシーがセンターラインを乗り越えるのが見え――
「――危ないっ!」
衝撃。
シートベルトの形をくっきりと感じられるほど、自分の身体が前方へ圧され、首がしなる。前の座席からは、エアバッグに吸収されながらもスンウとハオランの呻き声が聞こえてきた。
数秒の硬直の後、前方の2人が声を上げる。
「っ……危ねぇな、どこ見て走ってやがる!」
「うぅ……みんな、怪我は無イ?」
ゆっくりと自分の感覚を確認すると、軽いむちうちのような症状を感じる。
再度車窓に目をやると、正面衝突したタクシーの運転手の方もエアバッグが作動していた。ボンネットは互いに凹んでいるが、煙などが上がっている気配はない。
「とりあえず……一度降りて警察を呼ぼう」
シートベルトを外し、歩道側のドアから車を降りる。やはり首周りに鈍い軋みを感じる。
辺りを見渡すと、帝国研究病院の守衛と思しき人が3名、こちらへ駆け足で寄ってくる。
その内の1人は、すぐに俺に話しかけてくれた。
「君たち大丈夫かい!? そこに病院があって連絡入れといたから、すぐに医者が来てくれるよ。それまでは安静にしておいた方がいい」
他の守衛も、警察に通報したり簡易的に交通を整理してくれたりと手際良く対応してくれている。
彼の言う通り、程なくして白衣の者も現れた。いつまでも出て来ないタクシーの運転手の話をすると、先ずそちらを確認しに行く。担架の指示出しをしている所を見るに、俺たちより重症なのかもしれない。
スンウとハオランは元気そうで、スマホで状況を撮影したり何か耳打ちし合ったりしている。
「お身体、どこか痛みますか?」
看護師が1人、路肩に腰を落としていた俺に、膝をついて目線を合わせながら声をかけてくれる。
そう聞かれ再度感触を確認くると、首の異変は徐々に引き始めているのを感じた。どう答えようかと思案している最中、スンウがアイコンタクトを送ってきたのを俺は見逃さなかった。
「……首に痛みを感じまして、念のため診ていただいてもよろしいでしょうか」
帝国研究病院に入れるなど、今の目的から考えればとてつもないチャンスだ。スンウの視線から、俺は確かにそんなメッセージを受け取った。
こうして、俺たち3人はそれぞれの外傷を訴えると、帝国医療研究センターへと招き入れられることとなったのだ。




