099話 クライシスアクター
池袋西口公園での春節祭はまだ始まったばかり。
しかし、早々に現れた空色活動家たちのロビー活動によって、その空気は重苦しいものに変わりつつあった。
出店に勤しみながらその演説に不快げに耳を傾けているのは、アジア系料理店の人々を中心とした外国人コミュニティだ。普段から飲食の経営をできている者は移民の中ではまだ良い方で、その隣人は違法風俗や白タク、転売業などを生業にする者も少なくない。そしてそんな人々も今日は祭の手伝いをしている。
彼等に今日のような表舞台を用意し、国民の興味と理解を経て権利を勝ち取り、徐々にグレーな行為から足を洗わせようと活動しているのがスンウである。その思想も行動も尊敬に値するものであると、今の俺は感じていた。
『――繰り返します。犯罪に手を染める者をコミュニティに匿うことは、自らをも貶めます。貴方たちに自浄作用がある事を示しましょう、我々も協力は惜しみません!』
しかし、AreaSKYの言い分はとても正しい。
権利を主張したいのなら、その前に自身の罪を濯がねばならない。それはあまりにも正しく、一人ひとりの背景を無視した手心の無い措置。
「それなラ! 外国人を喰いモノにしてるヤクザやブローカーを先に摘発すべきネ!」
気が付けばハオランはもう鈴木麗央の方へと歩を進めていた。拳を握り締め怒りを露わにしている。
『これはこれは、ハオラン氏。同窓として貴方とは一度、論戦を交わしたいと願っておりました』
相変わらず拡声器を通したまま受け応える鈴木麗央。だからその様はより一層の注目を浴び、スマホで撮り出す若者も散見されはじめる。
「望まずこの国に連れて来られた人も、騙されて望んだ結果と違う生活になった人もいル! 悪いのは彼らじゃない!!」
『仰る通り! 日本人が移民を犯罪者に仕立て上げているのならば罰せられるべきです。証言していただければ、是非とも告発に協力しましょう!』
「……そんな真っ直ぐな手段を用いても、告発した人が損をするだけで黒幕の尻尾は掴めないネ!」
待て――とハオランを静止する暇もなく、彼女はもう既に目的を見失っていた。それ程までにこの鈴木麗央という男の言葉は、聞く者の神経を逆撫でする。
『ならそんな黒幕など、貴方たちの幻想なのではないでしょうか? でも安心して下さい! 前科が付いても釈放後に就ける職を我々が斡旋します! 場合によっては送還費用だってカンパを募りましょう! そうしてコミュニティを改革しようではありませんか!』
ハオランは歯を食いしばり、すんでのところで反論を飲み込む。送還された在日外国人は祖国に居場所が無い――などの反論を繰り出せば、それはコミュニティに不法滞在者の存在を認める事に他ならず、相手の思う壺だ。
「……例えバ! 動物愛護の観点からペットショップを無くす為に不買しようって運動があるネ! それ自体は正しくても、じゃあ今売られてるペットたちはどうすべき!? その子たちは買われなければ殺処分されル運命。是正の為の犠牲ならそれが正しいノ!?」
ハオランは論戦らしく、例え話を展開した。
それは、改革の狭間に取り残された前環境の被害者たちを、誰が掬えるのかという問い。
『もちろん人の都合で売られる罪無き動物は、等しく救われるべきです! ……けれど人間は罪を犯せてしまう生き物でしょう? だからこそ人は、正しくあってはじめて耳を傾けられるに値するのです!』
「お前らが正しくあれるのは、相応の権利が与えられてるからってだけネ……ッ!」
一層の怒りに染まるハオランはそれだけ口にして、もう胸ぐらを掴みに行く程の勢いだった。
しかし俺の脳裏を過ぎるのは、今何の為にここに居るのかということ。
そうだ、一人泳がせている派遣市民の間者、あのターゲットから目を離し過ぎた。この騒ぎに乗じて動きがあるかもしれない。
奴が居た筈の運営テントの方へと振り向くと、まるでその動きと入れ違うように、俺の横をひとつの影が掠めた。
再び振り返りその影を眼で追う。
「你这畜生!」
中国語で罵声のような言葉を叫ぶその男――まさしく俺たちが見張っていたターゲットの男は、AreaSKYの方へと殴りかかっていた。
鈴木麗央の脇に居た男が彼を庇うように立ちはだかり、そして殴られた衝撃で大きく倒れる。
辺りに小さな悲鳴が上がり、側を離れようとする者で混乱が生じる。
「なっ……、何をするのです! 暴力は何も生みません! 落ち着いて下さいっ!」
鈴木麗央はこの時初めて焦り顔を見せていた。先に手を出させようと挑発していたかのようにすら見えていたが、その狼狽えようを見るに、まさか本気で在日外国人たちの味方をしようとあの発言をしていたのだろうか。
「演技に決まってル……!」
すんでのところでターゲットに先を越され、自分が渦中に呑まれずに済んだハオランが毒づく。
もしこれが彼女の言う通り演技なら――
警備で通りかかった警官が駆けつけ、殴りがかったターゲットの中国人を取り押さえたり、殴られたAreaSKYの青年の怪我の確認などをしている。加害者の方は中国語で叫び続けており、被害者の方は未だ起き上がれそうにないということをジェスチャーで伝えていた。倒れる男に寄り添う鈴木麗央の目に浮かぶ涙は、それだけでこの場で起きた悲劇を物語る。
そして辺りには、スマホで撮影を始める野次馬が寄ってきていた。
――もし、AreaSKYも派遣市民側だとしたら。
この一連の騒動も仕組まれたもので、外国人コミュニティの地位を貶しアオ派の結束を弱める為のものだとしたら?
「作戦……失敗だ」
俺はそう漏らしてしまった。
敗因は、空色の彼等をアオやシロと無関係の第三勢力と決め付け、派遣市民の件とは関連無いものとして考えていたこと。そのバイアスが判断を遅らせ、ターゲットとの接触を許してしまった。
運営テントから救急箱を持った人が駆けつけていたが、どう処置をすれば良いか判らずあたふたしている。そしてそんな光景も束の間、大袈裟にも救急車のサイレンが鳴り始めた。
「ヤダ……こんなのダメ……」
ハオランが弱々しく手で顔を覆う。
救急車の光と音がより多くの人を引きつけ、日本語ではない罵声を浴びせ合う集団にスマホをかざす人も増えてきた。その中にはアオ派の若者も少なくないだろうが、しかし移民のイメージ損失まで考えを巡らせて野次馬精神を抑える者は僅かだろう。デジタルネイティブ世代にとってSNSでの事件の拡散欲は、ごく自然な心理なのだから。
その先はきっと、移民が無法者で対話のできない印象が拡散され、アオ派が離れていってしまう。世論が在日外国人排除へと傾くかもしれない。
「――あの救急車、追うぞ」
不意に、背後から声がした。
声のする方へと振り向くと、青のSUVの運転席から身を乗り出すスンウの姿がある。思考が止まりかけていた俺とハオランは、言われるがままにその車に乗り込んだ。




