098話 春節祭
春節祭初日の早朝。
まだ2月初旬で染み入る寒さだというのに、池袋西口公園には赤い提灯と屋台が並び、準備に励む外国人コミュニティの人々の活気に満ちていた。
昨晩、スンウは信頼できる仲間と協力し、派遣市民の疑いがある4人の内の3人を拘束した。俺は他所者なので立ち会わなかったが、バラバラに尋問した3人は自身が雇われの工作員であることを認めたという。
保身を第一に考えなければ、簡単に食い物にされてしまう者たち。彼等の口が軽いのは分かりきった事であり、派遣市民を送り込んできた黒幕も折り込み済みに違いない。
だから泳がせる1人の情報も3人が漏らしたとして黒幕がこの計画から退く判断をしたら、俺たちはその尻尾を掴み損ねるだろう。しかし、今のアオ派の勢いを何としてでも止めたいと考える勢力がいるのも事実なので、この程度で諦めるとも思えない。
奴らが計画の変更を指示する隙を見逃すまいと、俺とハオランはその最後の1人の監視に当たっていた。ハオランはジャンパースカートにコートという、いつもより目立たないスタイルだ。
俺は外国人コミュニティの人間ではないので、ターゲットにもスンウの仲間と気付かれにくい。しかし俺だけでは中国語や韓国語が判らないので、見た目で警戒されにくいハオランも共に監視役についている。
監視や尾行はツーマンセルで行うのがセオリーだ。
「なかなかに挙動不審ネ」
ハオランが俺に耳打ちをする。
ターゲットの男は池袋西口公園のど真ん中に建てられた運営本部のテントで、辺りをキョロキョロと見渡したり頻繁にスマホを確認するなどしている。
昨晩に拘束した3人は集団食中毒で寝込んでいると、残りの運営委員の者たちに告げられている。しかし3人と共に工作目的で委員に立候補したこのターゲットの男だけは、食中毒が嘘だと勘付いているだろう。
ターゲットが隣の中年女性に肩を叩かれ、大きな声の中国語で何か言われている。
すかさずハオランが翻訳してくれる。
「どうしても運営委員に入れてくれって言うから頼りにしてたのに、あの3人は情けない。お前はあの3人の分も頑張ってくれよ、……って言われてるネ」
ターゲットの男はビクビクと肩をすぼめながら、中年女性に愛想笑いを返していた。
しばらくしてその運営テントにもう1人の男が現れ、マイクを手にし春節祭の始まりを告げる祝辞のような言葉を放つ。彼が運営委員長なのだろう。その声は公園各所のスピーカーから反響し、その半分以上は中国語であった。辛うじて聞きとれた「謝謝」の言葉と銅鑼の音を皮切りに、花火が爆ぜて火薬の臭いが漂い、周囲は喝采に包まれる。
辺りの出店は当然中国人が商いをしているのが一番目につくが、日本人経営の料理店もいくらか出店しているようだ。
「祭の運営には日本人もいるのか?」
「何人かいるヨ。春節は中国人観光客もいっぱい来るかラ、日本人にとっても書き入れ時ってネ。それに東南アジアの人にとっても春節は大事。売る人も買う人も、色んな国の人が交流する大イベント、ネ!」
なるほど。
これは確かに、スンウの言う通り外国人コミュニティと日本人との親睦効果を見込めそうである。初日の今日は平日だというのに、既に日本の大学生と思しき若者も多く行き交っている。もしかしたら、移民を身近に感じようとするアオ派のトレンドとして拡散されているのかもしれない。
「ここのところ国籍を強調するような犯罪報道も増えてるネ。そんな姑息な印象操作に負けるワケにはいかないヨ」
正確な報道という枠の中ででも、マスメディアにできる世論誘導は無数にある。移民への関心が高まる中でニュースに取り上げられるごく一部の善行あるいは悪行は、いとも簡単に人々にバイアスをかけるだろう。
スンウやハオランはそういうものとも闘っているのだ。
『――移民の方々の日々の苦しみは、このような祝祭の熱気で誤魔化されるようなものでは無いはずです!』
不意に、拡声器を通した声が響く。
音の鳴る方を向くと、ノボリを掲げた7~8人程度の集団が目に入る。
『千差万別の悩みを抱えた移民の方々が、さも一枚岩かのようにひとつの思想に迎合するのは、果たして問題の解決と言えるのでしょうか――』
「AreaSKYのヤツらネ。空っぽのクセに声だけは大きい、恥知らずヤツら……!」
ハオランが耳打ちする。
AreaSKYはソラ色の立場を主張する活動団体だ。ここのところ精力的に動いており、SNSでもアオ派シロ派の双方から度々槍玉に上げられている。
そして、その拡声器を握る青年にはどこか見覚えがあった。
「鈴木麗央……アイツ、ウチの大学の一コ上の主席ネ。こんなトコまで来て、本当に迷惑な男」
ハオランの言葉で確信に変わる。
育ちの良さそうな無垢な瞳、清潔感のある服装や髪型に整った顔立ち、さも慈愛に満ちて啓蒙に励まんとする語り口。
彼は分銅祭においてもAreaSKYと名乗り演説をしていた帝東大生だ。
「知り合いですか?」
「そんなんじゃないネ。ただ、AreaSKY代表のアイツの活動もボクと同じくらい有名だから、大学ではよく引き合いに出されてムカつくヨ」
ハオランはいつになくイラついている様子だ。
鈴木麗央という青年は、ハオランの言いっぷりだとAreaSKYの幹部なのだろう。周りを囲う者は彼より歳上の者ばかりに見えるが、その中でもリーダーシップを発揮しているようだ。最近の学生はみんな自主性があるのだと、感心すらしてしまう。
しかし、いややはりと言うべきか、彼らの周囲には人は寄り付かず、皆白い目を向けていた。楽しい祭に水を差しているのだから、思想色云々を抜きにしてもこうなるのは頷ける。
鈴木麗央はそんな視線も意に介さずに、爽やかな表情と声色で続ける。
『――清廉情報思想派が謳う移民とは、裕福で有能な者たちしか指しません。しかし、この国の移民の大多数を占める、そうでない者たちに視線を向けなければならないのです!』
わざわざ見ずとも、隣からハオランの怒りが伝わってくる。
鈴木麗央が言わんとしていることは、ここまでならスンウの想いと相反してはいない。なのにどうして、こうも違って聞こえてしまうのか。どうして当事者たちを苛立たせてしまうのか。
『裕福でない移民の皆さんに私たちは寄り添います! 外国人コミュニティから前科者や不法滞在者を取り除き、自浄作用がある事を示そうではありませんか!』
その語気とは裏腹の涼しげな表情で言い放つ彼の演説は、祭の喧騒を掻き消すように響き渡っていた。




